殺人か、遺伝的要因による突然死か?:最悪の連続殺人犯の顛末の衝撃

「Trials of the Heart」というタイトルの記事が11月10日号のNature誌に掲載されている。「オーストラリアの最悪の連続殺人犯」と称された女性が無実の罪かもしれないというかなり衝撃的な話だ。

この女性は4人の子供を突然死で失っている。乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)ははっきりとした原因がわからず、乳幼児が突然死する病気だ。しかし、英国の児童虐待の専門家が、「一人の子供が突然死すれば悲劇だが、二人の子供が突然死すれば疑わしく、三人が突然死すれば殺人だ」という考えを公表している。確率論で簡単には片づけられないと思うが、仮説は大胆で、シンプルな方が信じやすい。

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この女性ははっきりとした証拠がないままに、状況証拠だけで4人(法的には3人)もの子供が突然死したのは殺人に違いないと判断され、2003年に懲役40年の刑を宣告されて服役中だ。確率論的に4人も続けて突然死するのはありえないという、児童虐待の論理が適用されたようだ。証拠なき殺人罪だ。

しかし、読者の皆さんがご存じのように、事件が起こったのは20世紀が終わろうとしていたころで、人のゲノム解析も終わっていなかった。十数年と数千億円を費やして一人分に相当する人のゲノム解析が完了したのは21世紀に入って間もなくだ。

その後、人のゲノム解析技術は急速に進み、今や10万円もかからない時代となった。そして、この母親と突然死した子供たちの試料のゲノム解析が行われた。その結果、この女性と子供にカルモデュリン遺伝子に異常が見つかった。このカルモデュリン遺伝子異常は心電図異常(QT延長症候群―不整脈を起こしやすい)の原因や若年性に動悸を起こす原因として知られているし、原因が特定できない突然死の原因である可能性も報告されている。

しかし、問題は複雑だ。亡くなった子供たちには同じ変異が見つかっているが、この母親も同じ変異遺伝子を持っていることから、この子供たちの突然死の原因ではないとの反論があがっている。この母親が無罪と主張するグループは、突然死する前に子供たちの体調は悪かったので、それが相乗的に働いたと主張している。

病気の原因遺伝子を持っていても、必ずしも病気になるわけでないことは、遺伝性乳がんの研究からも明らかだ。遺伝学的には浸透率と呼び、浸透率1は原因遺伝子を持つと100%の確率で病気を発症することを意味する。遺伝性乳がんは、多くの調査からは、浸透率は0.7前後であり、やはり環境要因も大きく影響する。この家族に見つかったような、これまでに報告されていないアミノ酸を変えるような遺伝子変異は、その重大性の評価が難しい。これからの大きな科学的課題だ。

しかし、4人もの自分の子供を殺すような母親がいないと信じたい。同じ病気の遺伝子が4人の子供に受け継がれる確率は(2分の1)の4乗で、16分の1(約6%)である。確率的には低いが、人生では驚くほどありえない確率ではない。科学の審判を待ちたい。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年11月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。