保守派優位の米国連邦最高裁が次に狙うのは積極的差別是正策

アメリカ合衆国最高裁判所は、6月24日人工妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判例」を覆し、中絶権を認めるか否かは各州に委ねられるとの判断を示した。この破棄には9人の判事のうち保守派6人が賛成票を投じたが、6人中3人はトランプ前大統領が指名した人物である。

最高裁の判事たちsupremecourt.govより(編集部)

保守派優位の最高裁が次に俎上に載せたのは、同じくリベラルな判例とされる大学入学における黒人やヒスパニックの志願者への積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)である。10月31日、最高裁はハーバード大学とノースカロライナ大学が実施する措置の違憲性について審議を始めた。

積極的差別是正措置は、1961年にケネディが人種間の不平等緩和を目的に導入し、政府の請負業者に黒人従業員の増加を命じた。これをより具体的な措置に発展させたのは1969年に政権に就いたニクソンで、達成すべき目標と達成時期の明示を命じる大統領令を出した。達成目標という数値を求めるニクソンの方針は、「クオータ」制度に等しく、ゆえに実効性も高まることになった。本措置は雇用から教育まで様ざまな現場で採用され、対象も人種から女性、障がい者、少数民族へと拡大された。

高等教育現場にも浸透し、入学許可制度にこれを取り入れる大学が増え、そのなかには公立や私立の名門校が多数含まれていた。しかし、人種枠を設けることは白人受験生の激しい反発を招き、人種差別を禁じる公民権法と憲法が保障する機会の平等を侵害するとして憲法訴訟が起こされた。1978年のカリフォルニア大学理事会対バッキー事件である。

最高裁判事の判断は分かれたものの、人種枠は公民権法と憲法に違反する一方、人種的少数派への積極的差別是正措置は容認できるとの結論を出した。つまり、厳格な数値設定は退けられたが、人種を入学可否の判定基準にすることは認めたのである(Oyez, 1979)。

さらに、2003年のグラッター対ボリンジャーの訴訟では、人種を考慮に入れる入学基準は憲法違反に当たらないばかりか、人種的多様性は本件の舞台となったミシガン大学法学部にとっても有意義だとする画期的な判断が下された(Oyez, 2002)。

今日、本措置は積極的差別是正よりも「人種を意識した」あるいは「人種を優遇する」入学(許可)と呼ばれることが多い。アリゾナ、カリフォルニア、フロリダなど8州が当該公立大学の実施を禁止したが、有名私立大学は採用に積極的である(State data on colleges considering race in admission)。規模の大きい私立大学100校を調査したバロットペディアによると、2015年12月時点で、アイビーリーグ(名門8校)を含む59校が本措置を採用していた(Consideration of race in private college admissions)。

本措置を擁護する理由として先ず挙げられるのが、その主要な対象者である黒人の置かれた歴史的な経緯である。奴隷を祖先に持つ彼らは、抑圧と差別を受けてきた。優遇措置は一つにはこうした過去への補償だと言われる。

しかし、より重要な理由は、黒人やヒスパニックは白人やアジア系よりも貧困や厳しい境遇に置かれる割合が有意に高く、高等教育はこうした状況を抜け出す機会になるからである。貧しい黒人やヒスパニックの家庭は子どもの教育への熱意が乏しく、そうした地域の学校の教育水準も低い。かれらは白人やアジア系よりも不利な教育環境に取り残されており、本措置は不利な条件を補強できる。

教育現場にも学生の多様性というメリットがもたらされる。キャンパスに様ざまな人種や民族が集うことは「人種のるつぼ」アメリカ社会を実感することになる。特権的な境遇にある裕福な白人家庭の子どもは黒人やヒスパニックの人びとと接する機会が少なく、キャンパスの多様性はかれらにアメリカ社会の現実を学ぶ機会を与える。エリート大学がこぞって優遇措置を採用するのはこのためである。また、集団構成員の多様性が高まるほど、新しいアイデア、ユニークな発想が生まれやすい。

しかも、この措置は入学に求められる能力を無視して黒人やヒスパニックの受験生を優先するものではない。アメリカの大学には日本のような入試制度はなく、高校時代の成績、エッセイ、推薦状、課外活動、共通テストの結果、面接の6項目を総合的に評価して合否が決められる。人種もしくは少数民族というバックグラウンドはこれらに加えられる1項目に過ぎないのである。

だが、一般のアメリカ人の支持は低い傾向にある。ワシントンポスト紙が10月7日〜10日に実施した世論調査によると、63%がこの措置を禁止すべきだと回答した(The Washington Post, Oct. 22, 2022)。この世論の動向は保守派判事の追い風になるだろう。裁定は来年初夏の予定である。