中東「砂漠の地」でW杯開催される時:終末か、中東の新しい夜明けか

イエスは2000年前、イチジクの木を例に挙げて、「イチジクの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」第24章)と語り、時の訪れを知れと諭した。宇宙、森羅万象の動きから季節の移り変わりを知ることが出来るように、歴史の「時」も分かるというのだ。

第22回W杯開会式を告げるカタールのタミム・ビン・ハマド・サーニ首長(2022年11月20日、オーストリア国営放送の中継から撮影)

中東では興味深い話を聞く。曰く「遊牧民が放浪生活を止め、定着し、砂漠の地に高い塔を建設する時、人類は終末を迎える」というのだ。中東のカタールで今、国際サッカー連盟(FIFA)主催の第22回サッカー世界選手権が開催中で、グループ戦が始っている。テレビで試合を観戦中、突然、その話を思い出した。

大会3日目の22日、中東の盟主サウジアラビアのチームが世界の強豪アルゼンチンを2対1で破るという大ハプニングが起きた。ブックメーカーも困っただろう。先述した「砂漠の地で……」の話が俄然、生き生きとして思い出された。メッシはなぜサウジに敗北したのか合点がいかない戸惑いを見せていたが、サウジを代表とするイスラム圏の国民たちはこの時ばかりは国を超え、選手の勝利を喜び、まるで「イスラム国家圏の勝利」のように踊り出した。

オーストリア国営放送でW杯を解説していた元サッカー選手は、「フランスのW杯の時、欧州で開催されているといった特別な感慨は選手たちにはなかったが、カタールW杯の場合、中東の人々はイスラム教国で初めてW杯が開催されたことに誇りを感じている」としみじみと語っていた。

カタールのW杯開催が人類の終末の到来の徴(しるし)か否かは分からないが、カタールのW杯ほど西側メディアから批判され続けている大会は珍しい。開催前、カタールがW杯開催の誘致に成功すると「金で買った大会」と誹謗され、砂漠の地に新しい6つのサッカー競技場を建設すると、「外国人労働者が過酷な労働を強いられ、6500人以上の外国労働者が亡くなった」と言われ、国際人権グループから批判にさらされている。同時に、カタールでは女性の権利が蹂躙されていることで女性の権利擁護団体から厳しいお叱りを受け、カタールでは性的少数派が激しい迫害を受けているとして、LGBTグループから「カタールは石器時代の古い伝統にしがみついた国」と中傷されている、といった具合だ。

W杯に参加した32カ国のチームの中にはドイツチームの選手たちがカタールの人権問題やLGBT差別に抗議する腕章をつけようとして、FIFAから「ピッチではそのような行為は認められていない」という理由で厳重注意を受けたばかりだ。また、イランでは女性の権利が迫害されているが、同国のチーム選手が試合開始前の国歌斉唱を拒否し、連帯を表明した。

スポーツの祭典、五輪大会の憲章には政治的、宗教的、人種的な意思表明を禁じている。1968年メキシコシティ五輪大会で200m競走の覇者トミー・スミスと3位のジョン・カーロスがメダル授与の表彰台でブラックパワー・サリュート(拳を高く掲げ黒人差別に抗議する示威行為)をしたことは有名だ。両選手はその直後、処罰を受けている。

サッカーの世界でも同じだ。ピッチでイスラム教徒の選手がゴールした時、アラーに感謝する仕草が見られたが、ピッチ上では本来、宗教的言動は禁止されている。キリスト教徒の選手でも同様だ。ブラジルのナショナルチームが勝利した時、多くの選手が十字架を切り、天を仰いで祈りを捧げる姿が過去、多く見られた。政治だけではなく、宗教的な言動も禁止されている。

カタールのW杯について、看過できないニュースが流れてきた。イタリアの調査ジャーナリストグループ「Irpi Media」によると、カタールとFIFAは「カタールW杯大会が気候中立な最初の大会」と宣言してきたが、事実はそうではないというのだ。

衛星画像からカタールでは過去10年間にW杯用の新たなスタジアムを建設するために少なくとも800万平方メートルがアスファルトで舗装され、コンクリートが敷かれたことが明かになった。サッカー場1140面分に相当する。6つのスタジアムがコンクリートの表面にゼロから建設され、2つの既存のスタジアムが改装された。また、8つの会場間で人々を移動させるために、何千もの新しい道路と駐車場が建設された。ドーハ空港が拡張され、スタジアムを冷却するためなど、多数の補助的な建物が建設され、7つの取り外し可能なシェルターも建設された。淡水化プラントを使用する砂漠での水処理だけでもエネルギー集約的だ。カタールはほぼ化石燃料のみを使用している。FIFAとカタールは、建設段階から大会全体の解体までCO2換算で360万トンの温室効果ガスが大気中に放出されると計算していたが、実際ははるかに多いわけだ。

話は最初に戻る。砂漠の地で多くの高層ビルが聳え、砂漠にはコンクリートが敷かれ、6つの新しい競技用スタジアムが建設された。カタールではラクダレースしか知らない昔の遊牧民がボールを必死に追いかけるサッカー試合を観て、なんと思うだろうか。終末だろうか、それとも中東の新しい夜明けだろうか。

hasan zaidi/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。