「難しいことを分かりやすく説明」出来る?:池上解説を身に着ける方法(中嶋 よしふみ)

wakashi1515/iStock

「記事を書く上では池上彰さんを参考にすると良い」
「池上解説は執筆の役に立つ」

普段こんな風に執筆指導をすることがある。「要するに池上解説みたいに難しいことを分かりやすく説明しろって意味でしょ」と思った人も多いだろう。

もちろんその通りなのだが「難しいことを分かりやすく説明する」を実践するのはかなり難しい。TVで池上彰さんのような人が他に居ないことを考えるとその難易度は理解して頂けるだろう。そして「難しいことを分かりやすく」は難しいだけではなく、誤解もかなり含んでいる。

「池上解説」の番組がゴールデンタイムで流れていることを考えれば、難しいことを分かりやすく説明できた場合、そのコンテンツはテレビであろうとウェブであろうと極めて高い価値を生む。池上解説のような記事を書くにはどうしたら良いか? その本質に迫ってみたい。

「池上解説」という専門性

池上彰氏
Wikipediaより

池上さんが有名になったきっかけはNHK教育で放送されていた「週刊こどもニュース」だ。子ども向けにニュースを解説する番組を11年間も続けたことで「難しいことを分かりやすく解説する」ノウハウを獲得し、同時にその高い価値に気づいたのではないかと思う。

池上さんがNHKを退職したきっかけは、解説委員になりたかったが専門分野を持っていないから無理と上司に言われたことであるとインタビューで答えている。しかし池上さんは難しいことを分かりやすく解説するという「専門性」を持っていた。それが池上解説だ。

「難しいことを分かりやすく解説する」。一言で終わってしまうようなスキルだが、その意味する所は実は極めて深い。当初、執筆指導で池上さんのように難しいことを分かりやすく書くように、とアドバイスをしたところ、アドバイスの意味を誤解して“簡単な話”を書いてしまう人もいた。

自分が執筆指導をするのは税理士や社労士、司法書士、FPなど、マネーやビジネス系の専門家だ。一般読者向けに情報発信をするのであれば、分かりやすく書くのは当たり前と言えば当たり前だが、ここで「分かりやすく」ではなく「簡単な話」を書いてしまうとどうなるか。

簡単な話とは、わざわざ聞くまでもない話、専門家に解説してもらうまでもない話だ。もしそういった内容を一生懸命書いている税理士とか社労士が居たらどう思うか。「この人は簡単な話しか出来ない人」「難しいことを理解してないからこんな低レベルな話を書いている」と思われてしまう。簡単な記事を書いてしまうと(子ども向けを除けば)わざわざ手間をかけて情報発信をする意味がないどころか、マイナスの効果しか生まない。つまり「分かりやすい」と「簡単」は全く意味が違うということだ。

「難しいこと」に意味がある

専門家であれば「難しい話」を取り上げるべきだ。そうでなければ専門家が存在する意味が全くない。そして分かりやすく説明できるのであれば、取り上げるネタは難しければ難しいほどいい。「難しいことを分かりやすく」はその落差が大きいほど意味がある。池上さんもその時々で最も話題になっている政治や経済など「難しいネタ」を扱い、それがゴールデンタイムに放送される。

読者が理解できるか?と心配する必要は全くない。読者は決してバカではない。加えて、ウェブであればその記事を読むのはネタに興味を持つ読者だけだ。ネタに興味がある人であれば分かりやすく解説をすれば必ず読んでくれる。もちろん興味を持ってもらえるネタかどうかはよく考えるべきだが、難しいからという理由で面白いネタを放棄する必要は全くない。かえって難しいネタは積極的に扱うべきだ。

一方で、分かりやすくの意味を理解していても、過剰に丁寧な説明をしてしまう書き手もいた。テレビでもウェブの記事でも、適切な長さがある。丁寧に説明をし過ぎると遠回しになってしまい読みやすさを損なう。原則として、文章は短いほど読みやすい。

例えば一つの話を理解してもらうために5か所の説明しなければならないポイントがあったとする。「消費税の仕組み」でも「新入社員が覚えるべき労働基準法」でも「生命保険の選び方」でも何でもいいが、5つのポイントの重要度がどれも等しいということはない。重要なポイントもあれば、そこまで重要ではないけど最低限触れなければ意味が分からなくなる、といった程度のポイントもあるはずだ。つまりそれぞれの重要度に合わせて「過不足なく」解説をする必要がある。

アメリカ大統領選挙をどのように解説するか

「過不足なく」も実は案外難しい。文章を書いている本人は記事の内容をすでに理解しているので、説明不足の文章を書いていても、不足している箇所は脳内で補完してしまう。結果的に分かりにくい文章になる。一言でアドバイスすれば読者の目線に立てということになるが、これは頭の良い人ほど、つまりネタの内容を深く理解している専門家ほど陥りやすい罠だ。

文章を自身で見直す際には一晩おくと良い、といった話は実際に執筆を仕事にしているプロからも度々聞かれるアドバイスだ。これは頭が完全に「執筆モード」になってしまって、自動的に脳内補完されてしまう状況を一度リセットするためのテクニックともいえる。

もちろん、どれ位噛み砕いて説明するかは読者・視聴者によって変わる。例えばアメリカの大統領選でトランプとヒラリーがそれぞれ候補として戦っている際に、「池上彰のニュースそうだったのか!!」で最初に取り上げたのはアメリカ大統領の任期は何年でしょう? というクイズだった。ネットを検索すれば瞬時に出てくるような「簡単な話」だが、それは大人にとっての話だ。親子で見るケースや大統領選に全く興味がない視聴者に説明するのであれば、これが正解だろう。

そして簡単なクイズのような内容ながら、過去の大統領選がどのように行われてきたか、ケネディとニクソンが初めてテレビ討論を行って勝負を決定づけた要因など、授業のような内容ではなく「面白い」内容も入れ込んで行く。正しいことを伝えればそれだけで読まれる、見てもらえるというほど簡単ではない。

「面白い」からこそ最後まで読まれ、結果として勉強になった、というのがマネーやビジネスなどの真面目系コンテンツの理想形となる。テレビやネットの記事で勉強しようと思う人はいないからだ。

「難しいことを分かりやすく説明する」。

こんなありふれたアドバイスですら落とし穴はたくさんある。ぜひ参考にして頂ければと思う。

中嶋 よしふみ(シェアーズカフェオンライン編集長・FP ビジネスライティング勉強会講師)

※こちらの記事は「ビジネスライティング勉強会」のサイトから転載しました。

【ビジネスライティング勉強会について】
士業やコンサルタントなど、差別化・ブランディングを図り集客につなげたい専門家のための執筆オンラインサロン。メイン講師の中嶋よしふみは、2011年にFPとして開業して以来、記事執筆のみでFP相談を集客し続け、出版やテレビ・ラジオへの出演・取材協力、経済紙等での取材・執筆業務を獲得してきた。また自ら運営する経済WEBメディア「シェアーズカフェ・オンライン」の編集長として、専門家・士業へ執筆指導を行い、執筆をきっかけに業務拡大を成功させた書き手を多数育ててきた。ビジネスライティング勉強会では、サロン会員に中嶋の執筆ノウハウを余すところなく提供している。

【関連記事】


編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年11月8日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。