停滞する日本の突破口はこれだ!「シン日本列島改造論」

企業を中心とした地域復活を通じた分散型社会構築

0.青山社中設立12周年の感慨・決意

約2週間前にはなるが、今年も坂本龍馬の命日であり誕生日でもある11月15日がやってきた。特別なメモリアルイヤー、というわけでもない会社設立12周年。その感慨に浸る間もなく、今月も、宮崎・群馬などを訪問し、今、富山県(魚津市)で締切りに追われつつ、新潟県(妙高市)に入るためのこの文章を書いている。

思えば、この12年、毎年のように想像もしなかったことが発生し続けている。12年前に会社設立をしてその4カ月後に東日本大震災が発生し、今年は、ロシアがウクライナを侵略したり、安倍元総理が銃弾に倒れたりしている。昨年は、まさかの形で菅総理(当時)が退陣して岸田政権が発足し、一昨年は想像もしなかったパンデミック(新型コロナウイルスの蔓延)が起こって生活が一変。今なお、その影響は大きい。

社会的にも、個人的にも、人生は「まさか」の連続である。母が今年2月に突然他界するなど、信じられない出来事が起こり、しかしそれがやがて当たり前の前提、すなわち「当然のこと」となり、そしてまた考えられない出来事が起こる。

例えば10年後の夢や目標を描き、現在からその地点までの道のりを計算・逆算して、今すべきことをやる、というバックキャスト思考が大事だと人は言う。確かに説得的である。しかし、実際には予想もできないことが人生には起こり続ける。とても計算などできないことが目まぐるしく発生する。変わりゆく事態・状況に柔軟に対応しつつ、遠い目標、北極星を見失わずに如何に人生を生き抜くか。来年の50歳を前に、そんなことをふと思う。

12年前に産声を上げた青山社中の社是は、「世界に誇れ、世界で戦える日本」を作ることであり、その北極星は変わっていない。会社設立後すぐに始めた政策支援事業(政策のサポートを通じて日本を活性化する)や、教育事業(リーダー=始動者育成を通じて日本を活性化する)などは、ずっとやり続けている一方、想像もしなかった形で、今、私は日本各地を飛び回っている(地域活性を通じた日本の活性化)。

初心を大切に“北極星”に向けて心棒を貫くことと、時々刻々と発生する出来事や状況、それに伴う考え方や心境の変化に柔軟に対応すること。そのバランスの難しさと心地よさを感じながら、今、私も会社もここにいる。大地を踏みしめている実感がある。しかし、北極星は北極星のまま、なかなか近づいてくれないもどかしさも同時にある。

1.日本の「改革」が遅々として進まないわけ ~3つの“革命”軸と、地域という可能性~

青山社中という社名(坂本龍馬の亀山社中、を意識)を改めて参照するまでもなく、幕末・維新期のことは常に頭にある。日本の改革が大きく進んだ時期だ。そんな日本の改革を夢見て発足した会社も設立から、あっという間に12年。その頃言われていた「失われた20年」という言葉も色あせ(「失われた30年」とは、誰も言わず、むしろこれが定常状態)、日本の国力は益々凋落し、自分に何が出来たのかと内心忸怩たる思いを禁じ得ない。

改革を大きく前進させるためには、社会のうねりのような巨大なエネルギーが必要で、極論すれば大きな対立軸が求められる。現在の社会を眺めるに、そのような対立軸起点で真っ先に思い浮かぶのは「貧富の差」から来る改革エネルギーの創出だ。乱暴にまとめれば、米国におけるトランプ現象、欧州における極右政党の台頭など、社会の分断から発生しているエネルギーの源は、経済不安などをベースとした貧困層の怒り、である。

我が国では、実はジニ係数(格差を表す指数)はじわじわと上がり続けていて、相対的貧困率(所得が中央値の半分以下の世帯)の高さは、OECD諸国内でも平均をはるかに超えており、割と不平等な社会となりつつある。つまりは、本来は、経済的に恵まれない層による「革命」が起こっても不思議ではない状態ともいえる。

「革命」というには大げさだが、実際、日本経済が絶頂から転落する過程において、①80年代末~、②90年代末~、③2000年代末~と、それぞれ、8~10年周期のような形で、経済的ショックから社会不安が生じ、それが政治的うねりに繋がる、という流れは実は起こっていた感じがある。

簡単に書けば、①の時期はバブル崩壊後の日本への危機感から、日本新党ブームが起こり、気づけば熊本県知事が総理大臣になっていたわけで、②の時期は、山一証券やら長銀やら拓銀など名だたる金融機関が破綻し、金融の大再編も起こる中で、小泉ブームが起こり、気づけば党内の一匹オオカミで常に泡沫の総裁候補だった小泉純一郎氏が、「自民党をぶっ壊す」と叫んで総理大臣になっていた。③の時期は、サブプライム・リーマンショックによる経済の落ち込みの中で、社会保障への不安などから戦後初の選挙による政権交代が発生して民主党ブームが起こり、鳩山政権は支持率約9割という信じられない船出をした。

しかし、①~③のいずれも、日本の本格的・本質的改革には結びつかなかったことは論を待たないところで、むしろ、国民の間に、政治への諦めや無力感を生み出したと言っても過言ではない。本来は、周期として考えれば、③の時期から8~10年後の2010年代以降でも同様に、例えばコロナ発生からの経済ショックを起因としての政治的うねりが起こっても不思議はないが、もはやその気力は国民的に存在しない。あだ花のように、維新ブームや都民ファーストブームが発生し、今もその残り香があるが、日本の本質的・本格的改革に向けた大きなエネルギーを生み出すには至らないであろう。

経済ショックに端を発する改革、すなわち、貧富の差からくる社会不安に着目して社会のうねりを起こすことが困難となると、次に出てくるのが「世代間への格差」への注目である。世界的には、上記の「経済的格差」と密接につながっている部分もあるが、高騰する学費のために借金を強いられているミレニアル世代の反発や政治的動きなどが典型である。多くの国や社会で、大きな社会的インパクトを生んでいて政変や改革への原動力となっている。

我が国においては、年金受給への不公平感(高齢者に比べて、若い世代ほどアップサイドの取り分が少ない)もあって、かつて若干の盛り上がりの兆しも無きにしも非ずであったが、結局は、さほどの社会的インパクトもなく、若者世代への援助・支援を、との種火が沸々と一部でくすぶり続けている程度である。安保闘争当時などの学生運動の盛り上がりは望むべくもないが、いわゆるロストジェネレーションと言われた筆者の世代も含め、社会改革の原動力となるようなエネルギーの放出を若手に求めるのは、もやは酷である。

無菌室で飼いならすことを是としてきた戦後教育の問題、世代間の人口数の絶対的違いからくる無力感(シルバー民主主義への絶望)などの要因があるが、いずれにせよ、この世代間格差に端を発する若者世代の反発、というものは、日本社会に大きく改革を促すエネルギー源には、もはやなり得ないであろう。

余談にはなるが、中国共産党大会を題材に、国際社会の状況を描いた筆者の前回の論考(『エネルギッシュな“ワル系”叩き上げか、ひ弱な“良い人系”エリートか』)を読んでくれた北京大卒(米国の著名外資系企業で幹部を務め続けている中国人の友人によれば(英語自動翻訳版に加え、最近、彼が学び始めたという日本語版)、中国の若手も、日本人同様にかなり最近は草食化しているようで、この若手の「大人化」(大人しくなる、の意味)現象はもう、経済成長を続けて停滞期に入る社会の宿命なのかもしれない。

一般論として世界的に、社会改革を促す原動力になりやすい「経済的格差」「世代間格差」が、日本社会においては改革の原動力になり得ないとすると、もはや残る軸は、「都市と地域の格差」くらいである。と、やや消去法的に書いたが、実は、これこそが、日本における改革への大きな可能性を秘めていると個人的には確信している。

その理由を略述すれば、①明治維新の際も、戦後の企業の躍進も、地域が生み出した人材が革命や改革のエンジンとなってきたのが日本の歴史であること、②大阪維新の盛り上がりなどが記憶に新しいところだが、東京圏(区切り方にもよるが3000~4000万人)以外は、基本的に「VS東京」(かつて徳島県が掲げていた標語)側である。そうなると、多勢に無勢とはならないこと、などがあげられる。

が、最大の理由は、③東京すら国(国家行政)に対しては「地域」側であり、また、東京圏に住む人口の多くが、元々は地域出身者だったり、地域出身者を親や祖父母に持つことを考えたりすると、相当数が地域へのシンパシーを有していることである。

改めて述べるまでもないが、日本は、聖徳太子の十七条の憲法以来の「和」の国であり、良くも悪くも、先鋭的対立や、血を流しての革命を好まない社会である。一説によれば、「やまと」を「大和」と、当て字的に表記するのも、まさに「和」の国を象徴するためとのことだが、その精神は脈々と受け継がれている。

明治維新も、当時の人口から見れば、せいぜい0.1~1%ほどの「志士」(維新時の日本の人口が3000万人強である説が前提)が起こしたもので、戊辰戦争や西南戦争などの「血」は見たものの、江戸城の無血開城が典型だが、極力、血を流さないで引き起こされた「革命」だと言える。

英語で明治維新は、revolution (革命)ではなく、 Meiji “Restoration”(快復)と表記されるとおり、変革したというより、「昔に戻す(王政復古)」と喧伝したとおり、日本人は、革命より「安心」「和」を求める。

良し悪しは別として、日本で「改革」を進めるには、「地域軸」をベースにしていくこと、皆がシンパシーを持つ「地域」に対して、よりリソースを振り向けてこの国の形を変えていくこと、が実は現実的ではなかろうか。

F3al2/iStock

2.『すずめの戸締り』にみる地域への郷愁と希望

上記のような可能性、を象徴的に感じさせてくれるのが、公開(11月11日)からわずか17日で460万人を動員し、興行収入が既に約63億円となっている『すずめの戸締り』という新海誠監督・川村元気プロデューサーの新作映画である。

この映画は、上記の二人のコンビとしては、『君の名は。』『天気の子』に次ぐ3作目となるが、表面的には「いつものパターン」に見えて、私見では、実は前二作に比べてかなり前面に地域への郷愁と希望を前面に出しているのが特徴的だ。

あまり書くとネタバレになるので最小限に止めるが、「いつものパターン」とは、「災害・天災などの犠牲者は決して犬死ではなく、尊い犠牲であること」、「それはマクロには仕方がないことだけれど、ミクロには、どうしても会いたい、取り返したい愛すべき人がいて、それは何としても取り戻す」という多くの人に響く物語の部分である。

そして、今回、かなり前面に出ているのが地域への郷愁と希望、という前二作と異なる点であるが、まず、今回は、かなりはっきりとしたロードムービーであることが挙げられる。主人公たちが、宮崎→愛媛→神戸→東京→東北(被災地)と旅をする中で、地域の名産品(愛媛のミカンや海産物が典型)や行く先々の土地土地で人情に触れるシーンが多々出てくる。

もちろん前二作、特に『君の名は。』では、地域性、地域の文化が濃密に表現されている部分もあったが、今回は、更に、震災などの災害が、人々に忘れ去られつつある「廃墟」の扉からの怒りの化体ような「ミミズ」に起因していて、大切な想い出と共に主人公たちが扉を封印すると災害が収まるという設定が加わっていて、よりストレートに、地域への郷愁と希望が表現されている。

尊敬する知人でもある川村氏は、かつて、青山社中フォーラムに登壇して語って頂いた際に、映画をプロデュースする際に強く意識するものとして、社会に広がる「集合的無意識」をどう捕まえて表現するかだ、と強調していた。私に言わせれば、今回の「集合的無意識」とは、社会に広がる、地域を捨ててしまった、という罪悪感・贖罪したいとの意識であると思う。

自ら地域の実家を出て都会に住む層は当然のことながら、祖父や祖母の住む田舎、という形で地域に触れ、そこが荒廃していくという事実を認識しつつ、見て見ぬふりをしてきた東京生まれ育ちの若年層も含め、かなり多くの国民が、直接・間接に、「地域を見捨てて来た」という「無意識の意識」を有しているものと思われる。

拠点は東京に置きつつも、全国を回って戸締りをする「草太」(主役級の登場人物)に、勝手に自己を重ねつつ視聴したが、日本の活性化に向けた大改革を進める切り口としての「地域活性」に可能性と希望を感じる映画であった。お勧めの作品である。

3.分散型社会構築の必要性(シン日本列島改造論)

現在の岸田政権がかつての大平正芳総理が掲げた「田園都市国家構想」をリメイクして、「デジタル田園都市国家構想」を掲げる中、あまり注目されているとは言えないが、2022年は、田中角栄総理が提唱した「日本列島改造論」の発表からちょうど50年の節目の年である。

列島改造論が、狂乱物価や土建国家を築いてしまったとの批判には、首肯させられる点も少なくないが、個人的には、全国的な高速道路整備や架橋を通じた交通網の整備、各地と世界の接点構築(原油などのエネルギー源のレシービング・ターミナル建設など)を図った点など、この構想のエッセンスは、高く評価すべきであると考えている。いわば、いざとなれば首都などにすぐアクセスできる前提で、分散型の国家構築を図ったわけで、これは現在にも通じる古くて新しい考えではなかろうか。

この列島改造論を現代的に応用する形での「シン日本列島改造論」が、日本社会の根本的かつ必要な改革に向けて求められている気がしてならない。交通や通信技術の発達を前提とした、新たな形での分散型社会の構築である。

最近の「地方創生」ブームを横目に、この「シン日本列島改造」(地域分散型の社会構築)について考察すると、まず、理念面から3つの転換が必要になると思われる。別稿で詳述したことがあるが、大まかにまとめると以下の3つとなる。

①密や災害リスクから逃れるという意味での“freedom”的(~からの自由)なワーケーション1.0から、地域課題に関わり、地域の人と共に楽しむという意味での“liberty”的(~への自由。~に関わる自由)なワーケーション2.0への転換、

②単に人口減少を嘆いて、無理ゲー(解決不能なゲーム)とも言える各地の人口増を目標とする地域再生計画に拘泥する地方創生1.0から、交通や通信技術の発達を活用して、多くの人に複数の住民票を与えるなどして関与者を増やす地方創生2.0への転換、

③GDP(GRP)中心の貨幣的価値を軸とした資本主義(資本主義1.0)から、コミュニティへの関与度や心身の健康などを主軸とした新しい資本主義(資本主義2.0)への転換、である。

特に②に関しては、上記の映画中の各地を会渡り歩く草太や、草太は冗談としても、手前味噌ではあるが、これまで11の市町でアドバイザーを務めてきた私などには、複数の住民票が与えられても良いかもしれない。各地が掲げる目標人口は、実際に関わる人をどう増やすか、に転換すべきであろう。

これら上記①~③を実現するには、さらに具体的に、①地域の中核となるリーダー人材、②地域を構築していくコミュニティ、③各地の食い扶持、が不可欠だ。

これらをより具体的に書けば、①首長など、鍵となる中核人材の育成や派遣、②は、各地における民主的プロセスの強化、ということだ。すなわち、地域にコミットする人材、首長や議員のみならず、各種活動を行う人材を育成したり派遣したりすることがまず不可欠だが、彼ら・彼女らが、地域社会の構築に関与できるように、様々なアクターが様々な形で地域に関われる仕組みづくりが大切、ということになる。そして、更に、具体的にとても大切になるのが、③地域の食い扶持を作り、すなわち、地域の維持発展に貢献する企業の関与である。

もはや国家行政や各地の行政だけでは、地域を賄うだけの人も金も圧倒的に足りない。そんな中、注目されるべきは、地域を支える企業の存在である。先般、前橋市を知人のJINS(メガネ)の田中仁社長にご案内頂き、田中さんが精魂込めて建て直した白井屋ホテルに宿泊させてもらって夕食を共にしたが、ご自身は借家に暮らしながら、多くの私財や時間を費やして前橋をよみがえらせつつあるお姿に感銘を受けた。

長崎におけるジャパネットの関与、水戸におけるグロービス堀氏の関与などが最近は注目に値する。考えてみれば、鳴門市には大塚製薬が不可欠であるし(雇用を支えているのはもちろん、陶板で世界の名画を再現した美術館やスポーツチーム運営(インディゴソックス)など)、三条市ではスノーピーク社(キャンプ用品)やコロナ社(暖房器具)が有名であるし、小松市はコマツが、黒部市はYKKが支えている面もある。枚挙にいとまがない。

これらの企業は、もちろん「地域貢献」をするわけだが、地域と共生することにより、逆にエネルギーをもらったり、会社のミッションが明らかになったりと、逆に貢献してもらっている面も少なくないと聞く。各地の食い扶持を、民間企業が作り、共に伸びていく。こうした企業を各地に作って行くことこそが、政権が進めるスタートアップ育成政策などとも関連して重要になって行くものと考えられる。

人材の育成や地域における議会支援、更には行政と一緒になっての街づくり支援などについては、青山社中もこの12年でかなり実績を重ねてきた。一つの証左に過ぎないが、来春の統一地方選にも塾生が複数名、各地で挑戦する見込みである。ただ、地域の食い扶持を作る・つなぐ企業の創設や、そうした企業による地域へのコミット支援・慫慂となると、まだ手つかずに近い。これまで培った人脈ネットワークも駆使しつつ、今後はこうした分野にもウィングを広げたいし、広げるべきだと考える今日この頃である。

そして、言うまでもないが、こうした「シン日本列島改造」(地域分散型の社会構築)に向けては、政府にもやること・出来ることが多い。首都機能移転などが典型だ。

私は、別稿などで、東京から関西圏までを全て「首都圏」としてしまう構想を掲げたことがあるが、リニアが実現したら約1時間となる東京大阪間などを考えれば、観光庁は軽井沢、デジタル庁は名古屋、経産省は浜松、環境省は那須塩原、などにあっても全く支障はなく、景気浮揚・デジタル化の本格推進・地方創生・パンデミックリスクや震災リスクの分散・人心の一新、などメリットは大きい。

政治側も、この分散型社会構築に呼応して、各地に地域政党が誕生しても良いかも知れない。かつて、大阪維新の会が最も元気で、都民ファーストの会が盛り上がった頃など、東京と大阪が手を組んで、国に対抗する、という可能性なども考えられなくはなかった。神戸や長崎など、その他の地域でも市民の政党という流れが出来つつあった。

現在は、元明石市長が地域政党を立ち上げたりはしているが、一般的にこうしたローカル政党についての機運がやや後退してしまっているのは誠に残念である。こうしたダイナミズムが、冒頭に述べたような日本改革への機運を醸成し、結果としての改革に繋がると考える。

これを後押しするために、繰り返しにはなるが、青山社中としても私としても、これまでの人材育成やそうした人材の地域での活躍の支援、更には地方議会の支援や地域でのソフト面も含めた街づくり支援を益々強化し、更には企業による地域支援の慫慂も行いたいと考えているが、もう一つ重要な切り口が農業(林業・水産業)の支援である。

言うまでもないが、都心を除き、否、多くの都心であってもだが、日本中どこに行っても、わが国は、農業・林業・水産業が、長年積み重ねてきた文化の土壌と共にある。そして、残念ながら荒廃し、限界を迎えつつあるところも少なくないのもまた現実だ。

世界が例えば食料難にある中、日本ではその可能性を伸ばす動きは、一部の若手農業者などによる尽力を別にして、一般的には低調である。戦後の農地改革の中で、小作農を自立させることが優先されたこともあり、日本の農家は零細系・小規模農業が太宗を占めていた。それを救うために大量の補助金が投入され、それがまた競争力を削ぐ、という悪循環から抜け出す必要がある。本来は、農地を大規模化し、輸出に更に力を入れることで、地域の「食い扶持」作りの可能性がある。

今月、まさに創立記念日に、青山社中も農業の勉強会をはじめた。気鋭の与党国会議員にメンバーになってもらい、これはという方に講義をしてもらうことなどを通じて、新しい農業の可能性を切り拓いて行こう、というものだ。

初回の講演者は、農水大臣として改革を推進していた齋藤健衆議院議員にお願いしていたが、嬉しい悲鳴ながら法務大臣に直前に就任され、ご予定が難しくなったこともあり、齋藤農林大臣(当時)の下で改革を推進しておられた奥原元農水次官に素晴らしいご講義をいただいた。

さて、上記で様々に述べてきたが、13年目となる青山社中も私も、「地域活性・分散型の日本社会の構築」を掲げて、これからも挑戦を続けて行きたいと考えているところである。

とはいえ、我々もまだまだ未熟で、日々迷いの中で議論や行動を重ねながら少しずつ進んでいるというのが現状である。そんな中、こうした「シン日本列島改造」などについての方向性や考えについて、読者諸賢のご感想・ご意見などを頂ければ大変有難いところであり、是非、[email protected]などに、お考えについてお知らせ頂ければ幸いである。