東工大入試の女子枠は悩ましい①

衛藤 幹子

東京工業大学 大岡山キャンパス本館
出典:Wikipedia

東京工業大学が女子学生比率の加速的な上昇を目的に2024年度の学部入試から「女子枠」を設ける。

同大では一般選抜のほかに総合型(AO)・学校推薦型(推薦入試)による選抜を行っているが、この総合/学校推薦選抜を「一般枠」と「女子枠」に分け、24年度の募集人員を一般枠118、女子枠58に、25年度以降はそれぞれ84、143にする。女子枠出願者は一般枠と併願ができ、両方合格した場合には女子枠にカウントされる(東京工業大学、2022年11月10日)。

東京工業大学が総合型・学校推薦型選抜で143人の「女子枠」を導入 ダイバーシティ&インクルージョンの推進を目指して2024年度入試から順次実施
東京工業大学は、2024(令和6)年4月入学の学士課程入試から、総合型選抜および学校推薦型選抜において女性を対象とした「女子枠」を導入します。2024年4月入学者の入試では4学院(物質理工学院、情報理工学院、生命理工学院、環境・社会理工学院)で新選抜を開始し58人の女子枠を導入、2025年4月入学者の入試では、残りの2...

女子枠には、当然のことながら、「女性の受験生の方が有利」、「女性の社会進出にはならない」と、受験の公平性や効果を疑問視する声が上った(IT media NEWS、2022年11月17日)。

東工大が入試に新設する「女子枠」がネットで物議に 今後の入試への影響は? 話を聞いた
東京工業大学が2024年度入試から新設する「女子枠」が議論を醸している。導入に際し、既存の推薦入試などの一般枠を削減することから、Twitter上では「女性の方が受験に有利になるのではないか」など疑問の声が上がっている。

公平性とは、受験の機会が平等に担保されることであり、前回の投稿で述べたように米国の積極的差別是正措置において憲法訴訟になった問題である。連邦最高裁判所は、人種枠のような目標数値の設定は平等原則に反するとの見解を示した。

実は日本でも、女性議員の速やかな増加を目的に多くの国が実施する女性候補者クオータの導入が議論された際、反対派の主要な論点が憲法14条「法の下の平等」違反であった。選挙候補者の一定比率を女性に配分するのは女性以外の人の立候補の機会を奪うというのである。

女性候補者クオータが果たして日本国憲法に抵触するのか。残念ながら、辻村みよ子東北大学名誉教授を除いて、この問題を憲法学者が正面から議論し、検証した形跡はない。ジェンダー法学の権威の辻村氏は、平等を法律上(de jure)と事実上(de facto)に区別する。前者が文字通り法による保障であるのに対し、後者はその法の運用によって受益者が実際に受け取る果実である。

辻村氏は、この両者の間に著しい差異、すなわち法によって平等は担保されているにもかかわらず、平等は実現せず、法と現実の間に大きな乖離がある場合には、その乖離を縮めるためにクオータのような積極的な平等措置が容認できると考える。

東工大の女子枠、辻村氏の見解に従うと、同校の女子学生比率は13%と低く、教育機会の平等は事実上実現していない。ただ、この問題、フェミニスト政治学者の間ではもう少し突っ込んだ議論がなされている。法の定めとその実践の間に著しい差異の要因、すなわちそれが個人の能力や努力を超えたものなのか、という点に注目する。

たとえば、米国でアフリカ系アメリカ人に対する優遇措置が認められるのは、かれらが被る構造的な差別ゆえである。人種がかれらの家庭環境、住む場所、教育や雇用の機会などを左右し、白人との差異は個人の力だけでは埋め難い性質のものだ。かれらは出発点においてすでに遅れをとっており、優遇措置は白人と同じスタートラインに立つために必要だと考えるのである。

私が若い頃(何十年も前!)、女性の頭脳は自然科学向きではないという神話が真しやかに流布していた。男性脳、女性脳などと性別による脳機能の違いを強調する研究も流行った。脳に性差は確かにあるらしい。だが、それは能力の差ではなく、特徴的な違いにすぎず、しかも性差よりも個人差のほうが大きいというのが近年の有力説である。男女に知的能力の差はないのである。

とはいえ、未だに女子受験生を理系よりも文系に誘導する風潮は根強い。家庭から学校、地域社会まで少女を取り囲む環境のなかで、彼女たちに昆虫・動物、自然現象や科学的探究に関心を持つ機会がどれほど与えられているのだろう。少年よりもずっと少ないはずだ。そう考えると、東工大の女子学生比の低迷は、日本の社会、文化に埋め込まれた構造的な問題に行き着き、それを早急に解決するには女子枠を設けるほかないという論理も故なしとしない。

しかし、そうだとしても、私は女性を別枠で取り扱う考え方にはやはり釈然としない。東工大が丁寧に説明しているように、女子枠合格者の学力は決して劣るわけではないに違いない。にもかかわらず、この特別枠で入学したことが彼女たちにスティグマ(汚名)を与えはしないだろうか。

さらに、女子は、一般入試はもとより「一般枠」との併願もでき、一見すると男子よりも受験の機会が広がるように思われるが、実際はどうか。暗に女子は「女子枠」で受験しろといったような圧力がかけられることはないだろうか。例えは悪いが、女性専用車両に感じる居心地の悪さに似ている。専用車両に乗りたくないと思っていても、一般車両の男性の目が気になり(私の被害妄想かも)、意に反して専用車に乗ってしまう。

女性というジェンダーステレオタイプが強調されるのも気になるところだ。この点は次回論じることにしたい。

(次回につづく)