アメリカ中間選挙後にハンター・バイデン事件が燃える(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

日本でも関心がきわめて高かったアメリカの中間選挙が終わった。さてその結果とはなんだったのか。

日本の主要メディアでは「民主党の善戦」という総括がほとんどのようだ。だが現実には民主党は連邦議会下院の多数派の座を失うという敗北を喫したのだ。共和党側のその勝利が予想ほどは大きくなかったために、あたかも共和党が負けたかのように総括する向きが多い。だが共和党はこの選挙でバイデン政権の議会と連携しての一党支配を崩したのだ。その結果、まずバイデン大統領にとって息子のハンター氏の不正疑惑を下院で追及されるという苦しい展望が確実となった。

11月8日に投開票が実施されたアメリカの中間選挙の主体はあくまで連邦議会上下両院の議員改選である。同時に州知事や州議会議員の選挙も実施されたが、アメリカの国政にとってのこの選挙の意味という点では連邦議会両院の勢力図がどうなるかが最大の重要点なのだ。

その最大の関心事として下院の勢力図が逆転した。民主党のバイデン政権にとってこれまでの1年10ヵ月ほど、ワシントンの国政は一党支配だといえた。議会の上下両院がともに民主党多数だったからだ。だが今回の中間選挙でそのうちの下院が共和党多数となってしまった。これこそ今回の選挙での最大の変化だった。

下院の議員定数は435だから、そのうちの218以上を得た政党が多数派となる。上院では改選議員計35人のうち民主党14、共和党21だったが、中間選挙の結果では民主党14、共和党20、再選挙1、と現状維持だといえる。国政の場では共和党の下院での勝利だけが目立ったのだ。

私はいま民主党の一党支配の時代が終わったことを誇りをもって宣言する。

下院の共和党院内総務ケビン・マッカーシー議員が高らかに述べた。11月17日のワシントンでの記者会見だった。下院選挙の開票で野党の共和党がそれまでの多数派の与党の民主党を破り、過半数の218議席を獲得したことが決まった直後だった。

私たちは下院議長のナンシー・ペロシ氏を解任した。

マッカーシー議員は下院の次期議長就任を確実視される共和党代表として民主党側の指導者ペロシ議長への勝利を宣言したのだった。

長身で頑健な体躯のマッカーシー議員は州全体では民主党支持層の多いカリフォルニア州の第20区の選出、州南部のロスアンジェルスに近いベイカーズフィールド市を中心とする地域で2006年以来、下院選での当選を重ねてきた。今回の選挙では民主党の対抗馬を2倍近い得票数で破り、9回目の連続当選を果たした。

マッカーシー議員は政治的には堅固な保守である。ドナルド・トランプ氏を2016年の同氏の大統領選初出馬から熱心に支持してきた。2020年の大統領選挙後もトランプ氏の「不正選挙」の主張に同調し、FBI(連邦捜査局)によるトランプ氏の別邸への家宅捜索にも「不当捜査」として反対してきた。

そんなトランプ支持の議員が下院での共和党の勝利を宣言したのだ。しかも民主党側でトランプ氏へのすべての面での反対を叫んできたペロシ下院議長を敗者と断じたのである。この現実は日本の主要メディアが描く「民主党の善戦」とか「トランプ氏の敗北」という構図とは異なっていた。

アメリカの連邦議会は上院でも下院でも過半数を1議席でも越えて多数派の地位を得た政党の側が議事運営のほぼ全権を手中に握れるという特徴がある。この点への認識は超重要である。

2023年1月3日からの第118会期の新議会の下院では議長がまず共和党となる。そして下院に存在する外交、軍事など広範囲の議案や決議案を審議する合計20の委員会、インテリジェンスや気候変動などと取り組む合計5つの特別委員会の委員長もすべて共和党議員が占める。

要するに下院全体の運営の主導権が多数派の共和党の手に入るのだ。共和党が下院全体としてどんな課題を審議するかを決めて、バイデン政権が出す法案にも下院全体としての反対を打ち出すこともできる。

その連邦議会での多数派の権限には法的拘束力も含まれる。聴聞会への証人を呼ぶ召喚の権限、それらの証人に宣誓証言を求める権限などである。その召喚や証言の規則に違反する場、刑事責任を問われる。

だからこそ下院の多数派となった共和党はそんな権限をも基礎として民主党のバイデン政権を攻めることになるのだ。ではなにを攻めるのか。

新議会で下院共和党の中枢となる司法委員会のジム・ジョーダン議員と政府改革監査委員会のジェームズ・コマー議員は今回の中間選挙での共和党の下院制覇が決まった直後の記者会見で新議会で追及する課題の筆頭にハンター・バイデン事件をあげた。つまりバイデン大統領の次男ハンター氏をめぐる不正疑惑を新議で追及する方針を明示したのである。

ハンター氏に関する疑惑はすでにその一部が司法当局の捜査の対象となったから「事件」と呼んでも不適切ではない。

ではこのハンター氏にからむ不正疑惑とはなんのか。改めて報告しておこう。その全体像をつかむにはアメリカ議会上院の共和党側が2020年9月に発表した公式報告書の内容をみることが最短だろう。

その情報は以下の骨子だった。

  • 2014年5月、ハンター氏はウクライナのガス企業、ブリスマ・ホールディングス社の取締役に就任し、月額5万ドルの報酬を得るようになった。同社の創業者ミコラ・ズロチェフスキー氏はウクライナ国内や国際的に汚職事件にかかわり、2014年4月にはイギリス当局からも合計2,300万ドルの資産を汚職とのかかわりで押収された。
  • ハンター氏の父親の当時のバイデン副大統領は2014年4月にウクライナを公式に訪問し、ウクライナへの軍事援助を協議した。ブリスマ側はハンター氏が現職の米国副大統領の息子だという点を利用し、汚職の目的にも使っていた。この点、バイデン父子側には刑法違反ともなる「利害相反」の疑いが生まれた。
  • ハンター氏は2013年12月に副大統領として中国を訪問した父親に同行し、中国側の投資企業「中国華信能源公司」とのコネを築いた。同華信能源の社長の葉簡明氏は中国共産党や人民解放軍の最高幹部らとの絆が太いとされたが、その後、汚職の嫌疑も伝えられた。
  • ハンター氏は2016年に「中国華信能源公司」傘下の「華信インフラ」と連携し、共同でアメリカに投資企業「ハドソン・ウェスト」を設立した。2017年8月から2018年9月までの間に「華信インフラ」はハンター氏に「相談料」の名目で総額480万ドルほどを支払った。

以上のようなハンター氏のウクライナと中国の企業への密着はみな父親の公的な立場を利用しての巨額の不正利得行為だと、上院委員会の報告書は指摘するのだった。バイデン氏側は不正はないと反論した。

しかし今回の中間選挙の結果、バイデン父子へのこのような疑惑が連邦議会の下院によって本格的に再調査されるという見通しが生まれてきたのである。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。