1回5億円、目玉が飛び出しそうな金額の治療薬が承認される

最も高額な治療薬Hemgenix:第9因子欠損型血友病治療薬

11月22日に、血液凝固に関わる第9因子の欠損で起こる血友病に対する遺伝子治療薬Hemgenixが米国FDAによって承認された。

血友病は薬害エイズの際に注目されたが、血液を凝固する因子の遺伝子異常によって起こる病気で、第8因子欠損型が最も多い。これまでは血液製剤から凝固因子を精製して治療したものが、第9因子を作る遺伝子治療に置き換えられたものだ。しかし、この治療薬は1回3.5百万ドル=1ドル135円で換算すると4.7億円となる。目が点になるどころか、目玉が飛び出しそうな金額だ。

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対象となる患者さんが少ない場合には、研究開発費を回収するためにこんな価格になってしまう。治らない病気を治すことは重要なことだし、血液製剤を利用する場合のエイズのような感染症リスクを減らすことにも役立つ。医学研究の観点では重要なことだが、誰がどのようにこの金額を支払うのか?疑問は残る。

前にも触れたことがあるが、第9因子欠損症には、救急医をしていたころに、苦い思い出がある。胸を刺された患者さんが搬送され、到着時に「私には血友病がある」と一言言った後、意識がなくなったというか、心臓が止まった。心肺停止で運ばれるケースはあったが、こんなケースは初めてだった。

搬送直後の頻脈が、徐脈になり、心電図が平坦になった(心停止が起こった)。大量の出血で心臓へ血液が供給されなくなると徐脈となり、一気に心停止が起こるのだ(もちろん初めての経験だった)。わずか1-2分での急変だった。

輸血するルートを複数確保して、血液バックを手で押して血液を送りこむのと同時に、外来で開胸手術だ。もちろん、第8凝固因子を薬剤部に依頼して注射する。単に血友病としか告げなかったので、第8因子と思い込んだし、確認する手立ても、時間もなかった。とにかく、直ちに肺の出血部位を縫合して、止血するしか助ける方法はない。血友病+刺傷の組み合わせなど、まずは、遭遇しないだろう。

看護師さんたちも冷静さを失い、若手看護師は患者さんを覆う清潔な布を素手で取り出し(緊急時とはいえ、素手で触れるのはNGだ)、私に渡そうとしたので、私から「アホか、誰かに代わってもらえ!」と罵声を浴びる(今ならパワハラでアウトかもしれないが、目の前で心臓が止まったので、優しく言っている余裕などなかった)。その後、創傷部からの出血が止まり、手術は無事に終わった。

ただし、翌朝に看護師長から、「中村先生、もっと優しく声をかけてくださいね、若い人には。」とおしかりを受けた。しかし、当時血気盛んだった25歳の私は(今でも血気盛んと思われているかもしれないが、当時は今の100倍くらい血気盛んだった)、「まさに人の生死がかかっている時には、新米ではなく、ベテランを外来によこしてください(こんな丁寧な標準語ではなく、過激な大阪弁で)」と反論した。

師長さん、看護師さん、生意気で失礼だったと反省しています。でも、同じ場面に遭遇すれば、やっぱり、「ボケッとするな!」と発すると思う。本気で医療に従事している人には、その気持ちはわかってもらえると信じている。

そして、最大の山場は、患者さんが意識を取り戻した後だ。「・・・さん、わかりますか?血友病はA型ですよね。」との私の問いに、「第9因子です」との答え。全身から汗が吹き出し、すぐに薬剤部に第9因子を依頼する。主治医にも問い合わせたが、第9因子で間違いなかった。手術が終わる頃には血液が凝固していたし、術創からの出血もなかったので、安心していたが、まさに、危機一髪だった。

謎解きは簡単だ。血液がすべて置き換わるくらいに輸血していたので、そこから十分に第9因子が供給されていたのだった。あと5分でも搬送が遅れていれば、輸血が十分に確保されていない病院に運ばれていれば、対応できなかったと思っている。

第9因子が話題に上るたびに、この患者さんを思い出すと共に、救急医療は難しいと思う。救急医療に携わっている医療従事者には頑張ってもらいたいと心から願っている。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。