決算書を見せたくない人。見たい人。

関谷 信之

上場企業の決算情報の速報版「決算短信」。この提出義務を「年4回」から「年1回」に減らすことが検討されている。

四半期決算短信を任意に 金融庁案、適時開示は拡充|日本経済新聞

四半期決算短信を任意に 金融庁案、適時開示は拡充 - 日本経済新聞
金融庁は証券取引所が3カ月ごとに上場企業に提出を求める「四半期決算短信」について、開示するかどうかを将来的に企業の判断に任せる検討を始める。代わりに、投資家の判断に影響を与えるような重要事項が発生した時にその都度公表する「適時開示制度」を充実させる。企業の負担を軽減する一方、開示情報の質を落とさないようにする。見直しに...

理由は、

「長期的な視点で経営できなくなるから」
決算業務が大変だから」

だそう。前者は賛否両論ある。後者は理解できる(決算は確かに大変だ)。

「来てくれたら分かる。経理に」
「365日 決算の仕事ばかりしている。そんなのありえない」
(テレビ東京 ワールドビジネスサテライト 12月1日放送より)

強い口調で話すのは、関西経済連合会会長 松本正義氏だ。住友電気工業株式会社代表取締役会長でもあられる。会長自らが、これほど経理部門を心配してくださる。こんな経営者だったら、どれだけ幸せだったことか。かつて経理部門で決算業務に追われていた身からすると、心からそう思う。

でも違うのだ。「毎日決算」こそ経理の仕事なのだ。なぜか? 経営者が、それを求めるからだ。リアルタイムに状況を把握したい。問題にすぐ対処したい。できれば毎日でも最新の決算書が見たい。そういう思いが経営者にはある。

自分は頻繁に見たい。しかし、投資家に見せる頻度は減らしたい。出資してくださる投資家に対し、この対応はいかがなものか。

企業が開示する情報は「減らす」のではなく、むしろ「増やす」べきだと思う。

「ビギナー(初心者)」投資家が増える可能性が高いからだ。

1,055万人のビギナー

政府が推進する「貯蓄から投資へ」の一環で導入した「NISA」の買付額はすでに27兆円。口座数は1,700万口座に達している(2022年3月末時点)。うち、株式を購入できる「一般NISA」は1,055万口座。今後5年間で倍増を目指すという。

つまり、さらに1,055万人の「ビギナー」が、個人投資家として株式市場にデビューすることになる。

彼ら(彼女ら)が主に利用するのは、年に4回開示される決算短信だ。これに掲載されている「業績予想」を参考にすることも多い。決算短信の開示頻度を減らすと、情報量が減るばかりでなく、「業績予想」の精度も低下する。投資家ビギナーを、最初からつまづかせ、「貯蓄から投資へ」の流れを阻害することになりかねない。

もとより、個人投資家と機関投資家(プロ)は、情報収集・分析力に大きな差がある。決算短信に、セグメント情報やキャッシュフロー情報を掲載すべきとの意見もある。これ以上の情報格差拡大を防ぐ意味でも、公開情報は増やすべきだ。

現在の議論は、「年4回の開示は、法律としては任意化するが、東京証券取引所のルールとして義務化を残す」方向に向かっているらしい。法で定められていなくても、年4回の決算開示は継続してほしい。

年に一回も決算開示しない企業

一方、法で定められているにもかかわらず、決算情報開示を全くしない企業がある。非上場の株式会社だ(※)

非上場の株式会社は、決算情報を開示する「決算公告」が義務付けられている。怠ったら、「100万円以下の過料」という罰則規定もある。だが、罰則が適用されることが、ほとんどないため、全体256万社のうち、98.5%にあたる「252万社」が決算公告を行っていない(※東京商工リサーチ調べ)。

この252万社には、実質的に経営破綻している「ゾンビ企業」も含まれている。

ゾンビ企業との「信用」取引

帝国データバンクの調査によると、ゾンビ企業は「16万5千社」にのぼるという(※国際決済銀行規準=利子よりも利益が少ない企業)。上述の「252万社」とは母数も定義も異なるため、単純比較はできないが、取引するうえでゾンビ企業と遭遇する可能性は「結構高い」。

現代のビジネスは、基本的に、商品・サービスの提供が先、入金は後の「信用取引」だ。だが、決算公告がなされないため、相手の状況がわからないまま、恐る恐る「信用」し、取引しているのが実態だ。

非上場企業は、上場企業よりはるかに数が多い。罰則を厳格化し、安心して取引できる環境を作っていただきたいものだ。

目的を阻害しないか熟考を

そもそも、有価証券報告書は、株式市場から集めたお金を、どのように使っているか開示すること。決算短信は、情報を「より早く」開示すること。決算公告は、取引の安全性を確保すること、が目的だ。

ルールを変更するのであれば、その変更が目的を阻害しないか熟考いただきたい。ルールが守られていないのであれば、守るための対策を施してほしい、と思う。

【参考・注釈】
※ 有価証券報告書提出義務のある株式会社を除く
※ 東京商工リサーチ調べ
[官報]決算公告の実施会社「わずか1.5%」 : 東京商工リサーチ
※ 国際決済銀行規準利払いの負担を事業利益で賄えない「ゾンビ企業」の現状分析| 株式会社 帝国データバンク[TDB]