「長期的な視点で経営できなくなるから」
「決算業務が大変だから」
だそう。前者は賛否両論ある。後者は理解できる(決算は確かに大変だ)。
「来てくれたら分かる。経理に」
「365日 決算の仕事ばかりしている。そんなのありえない」
(テレビ東京 ワールドビジネスサテライト 12月1日放送より)
強い口調で話すのは、関西経済連合会会長 松本正義氏だ。住友電気工業株式会社代表取締役会長でもあられる。会長自らが、これほど経理部門を心配してくださる。こんな経営者だったら、どれだけ幸せだったことか。かつて経理部門で決算業務に追われていた身からすると、心からそう思う。
でも違うのだ。「毎日決算」こそ経理の仕事なのだ。なぜか? 経営者が、それを求めるからだ。リアルタイムに状況を把握したい。問題にすぐ対処したい。できれば毎日でも最新の決算書が見たい。そういう思いが経営者にはある。
自分は頻繁に見たい。しかし、投資家に見せる頻度は減らしたい。出資してくださる投資家に対し、この対応はいかがなものか。
企業が開示する情報は「減らす」のではなく、むしろ「増やす」べきだと思う。
「ビギナー(初心者)」投資家が増える可能性が高いからだ。
1,055万人のビギナー
政府が推進する「貯蓄から投資へ」の一環で導入した「NISA」の買付額はすでに27兆円。口座数は1,700万口座に達している(2022年3月末時点)。うち、株式を購入できる「一般NISA」は1,055万口座。今後5年間で倍増を目指すという。
つまり、さらに1,055万人の「ビギナー」が、個人投資家として株式市場にデビューすることになる。
彼ら(彼女ら)が主に利用するのは、年に4回開示される決算短信だ。これに掲載されている「業績予想」を参考にすることも多い。決算短信の開示頻度を減らすと、情報量が減るばかりでなく、「業績予想」の精度も低下する。投資家ビギナーを、最初からつまづかせ、「貯蓄から投資へ」の流れを阻害することになりかねない。
もとより、個人投資家と機関投資家(プロ)は、情報収集・分析力に大きな差がある。決算短信に、セグメント情報やキャッシュフロー情報を掲載すべきとの意見もある。これ以上の情報格差拡大を防ぐ意味でも、公開情報は増やすべきだ。
現在の議論は、「年4回の開示は、法律としては任意化するが、東京証券取引所のルールとして義務化を残す」方向に向かっているらしい。法で定められていなくても、年4回の決算開示は継続してほしい。
年に一回も決算開示しない企業
一方、法で定められているにもかかわらず、決算情報開示を全くしない企業がある。非上場の株式会社だ(※)。
非上場の株式会社は、決算情報を開示する「決算公告」が義務付けられている。怠ったら、「100万円以下の過料」という罰則規定もある。だが、罰則が適用されることが、ほとんどないため、全体256万社のうち、98.5%にあたる「252万社」が決算公告を行っていない(※東京商工リサーチ調べ)。
この252万社には、実質的に経営破綻している「ゾンビ企業」も含まれている。
ゾンビ企業との「信用」取引
帝国データバンクの調査によると、ゾンビ企業は「16万5千社」にのぼるという(※国際決済銀行規準=利子よりも利益が少ない企業)。上述の「252万社」とは母数も定義も異なるため、単純比較はできないが、取引するうえでゾンビ企業と遭遇する可能性は「結構高い」。
現代のビジネスは、基本的に、商品・サービスの提供が先、入金は後の「信用取引」だ。だが、決算公告がなされないため、相手の状況がわからないまま、恐る恐る「信用」し、取引しているのが実態だ。
非上場企業は、上場企業よりはるかに数が多い。罰則を厳格化し、安心して取引できる環境を作っていただきたいものだ。
目的を阻害しないか熟考を
そもそも、有価証券報告書は、株式市場から集めたお金を、どのように使っているか開示すること。決算短信は、情報を「より早く」開示すること。決算公告は、取引の安全性を確保すること、が目的だ。
ルールを変更するのであれば、その変更が目的を阻害しないか熟考いただきたい。ルールが守られていないのであれば、守るための対策を施してほしい、と思う。
【参考・注釈】
※ 有価証券報告書提出義務のある株式会社を除く
※ 東京商工リサーチ調べ
[官報]決算公告の実施会社「わずか1.5%」 : 東京商工リサーチ
※ 国際決済銀行規準利払いの負担を事業利益で賄えない「ゾンビ企業」の現状分析| 株式会社 帝国データバンク[TDB]