日銀総裁10年の節目、任期満了まであと4カ月。就任早々の大規模緩和、黒田バズーカ砲、2%のインフレ目標…。あの頃の黒田氏の写真を見るとまだ若々しかったですが、最近はしわの数が増え、おじいちゃんになった気もします。
昨日のサプライズとなった日銀の大規模金融緩和の修正を受けて多くのメディアは批判的トーンとなっています。理由は専門家のほぼ誰も今回の軌道修正を予想していなかったことに対する「怒り」であろうと察します。が、海外勢はいつか来るこの道をずっと期待して国債を売り持ちにしていました。日経には投資家が中央銀行を負かせたのはソロス氏が英国の中央銀行を打ち破って以来ではないか、と記しています。これはいくら何でも大げさすぎだと思います。むしろ、私には負けたのは日銀ではなく、日本の市場関係者と専門家だったのではないか、と思っています。
黒田氏の今回の決定についてずっと考えていたのですが、黒田氏を敢えて擁護するならば2つポイントがあります。一つは頑固一徹、ほぼ10年間貫いた大規模緩和政策について自分の役割はもうすぐ終わるのだから次の総裁がやりやすいように準備しておくこと。もう一つは内容はともあれ、インフレになりつつある、そして黒田氏はこのインフレは一時的と称していますが、案外、こびりつくようなインフレになるかもしれないと口には出さないけれど若干の懸念を持ち始めていること。そのために将来のフレキシビリティを持たせるため、早めの軌道修正したのだとすればこれは高評価です。
一方、私が不満だったのは市場との対話度がゼロだったことです。とても悪い言葉で言えば「欺瞞に満ちた日本銀行」であります。先日の為替介入も財務省は投資家や市場の裏をかき、サプライズ感満載で勝ち抜いたと思っていますが、日本は卑怯であったことに当局は全然気が付いていないのです。これでは真珠湾攻撃と同じです。正攻法とは市場との対話であり、市場と共に歩むことなのです。
私がパウエル議長のインタビューは欠かさず見ているのは極めてクリアなFRBの姿勢と議長の考え方、またわかる範囲での先行きの予想を披露し、市場の力を利用し味方につけながら自らの立場を固めていくという手法でわかりやすいのです。その点、日銀は分かりにくさに於いてアジアの国だな、と思わざるを得ないのです。ちっとも国際化していないし、国際金融市場でリーダーシップを取れるような状況にはありません。
さて、今回の修正はテクニカルには非常に小さな変更です。長期金利はイールドカーブコントロールという手法でほぼゼロ%に貼り付かせているのですが、その振れ幅0.25%を0.50%にするというものです。大規模緩和の根本は揺らいでおらず、もちろん、金利がすぐに急上昇するわけでもありません。ただ、市場はその先を読むものです。新総裁が着任後、このイールドカーブコントロールの撤廃、そして徐々に大規模緩和の縮小が起こりうるのではないか、と先読みが始まるでしょう。
その前提はインフレの行方です。10月のインフレ率は総合が3.7%、コアが3.6%上昇です。私は以前、このブログで日本のインフレは欧米に遅行してまだしばらく続くと申し上げました。理由は企業などが我慢をするからです。北米の我慢度はゼロで、政策金利が上がれば物価に即座に響きますが、日本は企業が値上げを吸収しようと努力し、経営陣が値上げをためらい、同業他社とにらめっこをするので反応に時間がかかるのです。
私が23年には円ドルは120円を切るところまで行くかもしれない、と申し上げたのもこれが一つの理由です。政策と実勢に大きな時間的ギャップが生じているのです。これが日本の特徴です。株価にも良い影響を与えないでしょう。私は既にある雑誌には入稿済みですが、23年度の日経平均の中心帯は27000円と見込んでいます。
では実際の生活にはどういう影響が出るでしょうか?まず、住宅ローンですが、固定金利は若干上がると思います。が、それが北米で報じられているように生活に響くほどに上がることはないでしょう。企業の借入金利も上昇バイアスはあってもそれが企業業績に影響するものではありません。なぜなら、そもそもの水準がタダみたいなレベルだからです。むしろ、気を付けるべきはコロナ対策の無利息無担保融資の返済に行き詰まる中小企業の方で、こちらは今回の政策変更とは何ら関係のない話です。
私はマスコミが逆に騒ぎすぎていると思います。煽る、というのが正しい表現です。日銀の金融政策など一般層がほとんど無縁であることにつけ込み「金利が上がりそうだ」「実質利上げ」と言えばおびえるに決まっています。そしてそのサプライズ感と街の反応が大きければ大きいほど、マスコミはニヤッとしながらもっと刺激的なことを報じるのです。そもそもニュースキャスターも理解していないこの内容を「まぁ!」という口調で報じるのはお願いだから勘弁してほしいと思っております。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年12月21日の記事より転載させていただきました。