コソボは米ロの代理紛争地に

「民族の火薬庫」と恐れられてきたバルカンで再び、不穏な動きが見え出した。セルビアと同国から2008年2月に離脱して独立したコソボとの間で民族紛争の再発の動きが出てきた。オーストリア国営放送は「コソボとセルビアの間の状況は日に日に悪化してきた」と報じている。

▲コソボ北部のセルビア系住民地域の道路封鎖(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

セルビアのヴチッチ大統領は軍に厳戒態勢を敷くように命令する一方、コソボ国境近くのラシュカの町にある軍の兵舎を訪問した。そして訪問に関するInstagramの投稿で、同大統領は、「コソボのセルビア人を保護するためにセルビア軍はできる限りのことをする」と書いている。

今月初めには、セルビアのアナ・ブルナビッチ首相は、コソボのアルビン・クルティ首相がコソボのセルビア人を危険にさらし、この地域の武力紛争を危機に陥れたと非難し、公然と警告している。一方、コソボ側はセルビアへの最大の国境検問所を閉鎖するなど、セルビア人少数民族の本拠地であるコソボ北部の緊張は12月以来、夜間の警察官への発砲、多数の道路封鎖などで懸念が高まってきた。

セルビアとコソボ間の紛争がエスカレートしたきっかけは、車のナンバープレートをめぐる争いだ。コソボ政府は、国の領土内の交通を完全に制御するために、国の北部に住むセルビア人の少数派のメンバーに、セルビア人のナンバープレートをコソボのものに交換するよう強制した。欧州連合(EU)の調停を受け、コソボ政府が11月、EUへの加盟申請も視野に入れて、ナンバープレートの改革を断念し、延期したことで一応幕を閉じたかのようみえた。

しかし、北部地域の何百人ものセルビア人の警察官、裁判官、その他の役人が、プリシュティナの政府に抗議し、セルビアの主要政党は、12月18日にコソボ北部のセルビア人が多数を占める地域で予定されていた地方選挙のボイコットを発表した。

約2週間前から、セルビア人はコソボ北部の重要な田舎道にバリケードを築いた。これまで銃撃事件が3件発生している。ヴチッチ大統領はその直後、セルビア人の少数派に対する故意の差別についてクルティ政権を非難した。一方、コソボ政府は、ブチッチ大統領がコソボのセルビア人を扇動し、状況を不安定化させようとしていると反論した、といった具合だ。

ただ、セルビアのヴチッチ大統領は29日、コソボとの紛争の契機となったコソボ北部でのセルビア系住民による道路封鎖を解除することでセルビア系住民との間で合意し、解除作業が同日にも開始するという。実行されるかは現時点では不明だ。

セルビアとコソボの両政府は2013年、EUの仲介により正常化協定に合意したが、それ以来、これほど対立が激化したことはない。ベオグラードとプリシュティナの間の通信経路は現在、明らかにブロックされている。ただ、バルカンウオッチャーは、「プリシュティナの政府もベオグラードの政府も、状況が軍事的にエスカレートする危険を冒すことはないだろうが、現在の展開を非常に注意深く観察する必要がある」と受け取っている。北大西洋条約機構(NATO)の管轄下のコソボ治安維持部隊(Kfor)は現在、3400人の兵士がコソボに駐留し、紛争の防止に当たっている。

コソボは90%以上がアルバニア系住民だが、同国北部には約5万人のセルビア人が住んでいる。セルビアは2008年に独立を宣言したコソボを認知せず、コソボを離脱領土と見なし、その領土の権利を主張してきた。

EUはセルビアとコソボ両国に対し、関係の正常化をEU加盟の最大の条件としてヴチッチ大統領とコソボのアルビン・クルティ首相に圧力をかけてきた。具体的には、セルビアに対してはコソボの独立の認知、その見返りにEUからの財政支援だ。参考までに、コソボの主権認知をしている国は目下110カ国余りだ。ロシアや中国は拒否し、EU加盟国でも国内の少数問題もあって認知を拒否している国がある。

米国はバルカン半島ではコソボを重視し、昨年からコソボ問題に通じた外交官、クリストファー・ヒル氏をベオグラードの米国大使に送っている。ヒル氏は1999年のコソボ交渉のコンタクト・グループのメンバーだった。

一方、ロシアはセルビアとは伝統的な友好関係を維持してきている。クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官は、「われわれは歴史的にも精神的にも、セルビアと同盟国として非常に緊密な関係を築いている。わが国はベオグラードがとる全ての措置を支持する」と述べている。それに対し、コソボ政府は「ロシアはセルビアに影響を与え、コソボの不安定化を図っている」と受け取っている。

ヴチッチ大統領は12月初旬の西バルカン首脳会議で、ウクライナ戦争でロシアの味方だったという事実をきっぱりと否定し、「私たちはEUに対する義務を認識している。セルビアは独立国であり、国益を重視する。コソボ問題では、ロシアはセルビアにとって特に重要だ。拒否権を持つロシアは、コソボの国連加盟を阻止することができるからだ」と述べ、欧米とロシアの両陣営に対して国益重視の外交を強調している。

セルビアは最大の貿易相手であるEUへの加盟を目指しているが、NATO加盟は望んでいない。NATO軍が1999年、コソボ戦争の時、ベオグラードなどを空爆した際に多くの被害を受けたトラウマが払しょくできないこともあって、セルビアはNATOに強い反発を有している。ただし、NATOの「平和のためのパートナーシップ」(PfP)プログラムには参加している。

旧ソ連共産党時代からバルカンはロシアの勢力圏と受け取られてきた。ウクライナ戦争下のロシアはバルカンの盟主セルビアをロシア支持に留めておくためにプロパガンダ工作を増強し、コソボ問題では故意に火に油を注いでいる面がある。

プーチン大統領は、EUとNATOによる西バルカン半島のさらなる統合を阻止するために緊張を高く保ちた狙いがある。その最前線がセルビアとコソボ間の紛争だ。ロシアは万一に備えてセルビアへの支援を既に約束している。

セルビアとコソボ間の問題は米国とロシアの小さな代理紛争のような様相がある。そして米ロ間の狭間にあって、EUはセルビアとコソボに欧州統合というカードを駆使して両国関係の正常化を推し進めるために圧力を行使している、といった構図だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。