6日は東方正教のクリスマスだが、ロシアのプーチン大統領は5日、翌6日正午から7日24時までに36時間停戦を実施すると表明した。それに先立ち、ロシア正教会最高指導者モスクワ総主教のキリル1世は、「主の降臨を祝うために当事者の停戦が望ましい」と述べ、クリスマス停戦をロシア軍に求めている。すなわち、クリスマス停戦はロシアの精神的指導者キリル1世からプーチン大統領に要請が届き、それを受け、プーチン氏がロシア軍に36時間の停戦を指示したかたちを取っている。実際は、プーチン大統領の要請を受け、キリル1世が大統領の停戦発表前に信者たちの前で停戦を要求したもので、その逆ではないだろう。
もう少し憶測するならば、プーチン大統領のウクライナ戦争を全面的に支援しているキリル1世がロシア正教会ばかりか、世界の正教会から批判を受けていることから、プーチン氏は正教指導者としてのキリル1世の立場を考慮し、停戦案を先ずキリル1世がイニシャチブを取った型で発表させたのだろう。その意味で、停戦発表は、プーチン大統領とキリル1世の連携プレーとみてほぼ間違いない。
興味深い点は、キリル1世の停戦要求の前、トルコのエルドアン大統領が5日、プーチン大統領との電話会談で、プーチン氏に一方的な停戦を要請していることだ。トルコはプーチン氏がウクライナ戦争の仲介者として唯一認めている国だ。プーチン氏は停戦を公表する前に、エルドアン大統領に停戦意向をそれとなく伝えていたのではないか。エルドアン氏に外交ポイントを与えたともいえるわけだ。
いずれにしても、問題は、どちらが最初に停戦を言い出したかではない。なぜプーチン大統領は短時間とはいえ36時間の停戦をロシア軍に指令したかだ。考えられる理由は戦場で守勢を強いられているロシア軍の再編成だ。武器や食料の補給のためには戦闘中は難しいので、停戦を申し出、その間に実施するという純粋な戦略的な計算が働いているという見方だ。
もう一つの理由は、5歳の時に洗礼を受けて以来、敬虔な正教徒を自認するプーチン氏は停戦を指令することで平和を説くキリスト教の教えを重視する姿勢を国民に見せる狙いがあったのだろう。プーチン氏の停戦案は第1にウクライナとその同盟国の欧米向けではなく、あくまでも国内向けだ。同時に、プーチン氏が国内の動向を無視できなくなったということは、ウクライナ軍の攻勢で多くの犠牲が出ていることにロシア軍幹部ばかりか、大統領への批判が燻ってきていることを裏付けることにもなる。
予想通り、ウクライナ側はロシア側の一方的な36時間停戦を拒否している。ゼレンスキー大統領は、「ロシアとの停戦交渉はあくまでもロシアが占領した全領土を奪い返した後であって、その前は考えられない」と述べている。バイデン米大統領は5日、「プーチン氏は酸素を探そうとしているだけだ。ロシアは手を緩めていない」と指摘、ロシア側の停戦は戦略的なものに過ぎないと一蹴している。北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は「ロシアを侮ってはならない」と欧米諸国に警告を発しているほどだ。
はっきりしている点は、プーチン氏はウクライナ側が停戦案を拒否することを織り込み済みだということだ。すなわち、停戦案の発表で国内の国民をなだめる一方、ウクライナ側がその提案を拒否すれば、戦争の責任はウクライナ側にあることを世界に向けてアピールできるチャンスという2つの意図があるはずだ。プーチン氏にとって36時間停戦は損をすることが少ないオファーだ。換言すれば、停戦発表は、ウクライナ戦争の動向は自分が握っているという独裁者らしい「権力の誇示」だ。
プーチン氏が小事に腐心している一方、ウクライナとその同盟国は初春のロシア軍の攻勢を予想し、着実に軍事力のアップなどウクライナ支援を強化している。ドイツのショルツ首相は5日、バイデン大統領との電話会談後、独製歩兵戦闘車「マルダー」をウクライナに供与する意向を表明した。米国も戦闘車「ブラッドレー」の供与を明らかにしている。仏のマクロン大統領が4日、ゼレンスキー大統領との会談後、軽戦車をウクライナに提供する方針を明らかにしたばかりだが、米独両国はそれに倣ったわけだ。米国は地対空ミサイルシステム「パトリオット」のウクライナ供与を既に発表済みだ。
残念だが、正教のクリスマスの祝日後、ロシア軍はミサイル攻撃、無人爆撃機などを駆使し、これまで以上に激しい戦闘に出てくることが予想される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。