どこまで頼れる?アルツハイマーのクスリ:日本の高齢者ライフの問題点

エーザイとアメリカのバイオジェン社が開発していたアルツハイマーのクスリ「レカネマブ(LEQEMBI)」がアメリカの食品医薬品局(FDA)から迅速承認を受けました。これは素晴らしいことです。特にエーザイは1980年代から内藤晴夫代表執行役CEOが主導し、エーザイのこだわりとしてアルツハイマー研究してきました。本件について日経ビジネスが詳報を出していますのでそれを参考にしながら考えをまとめてみました。

アルツハイマーを含む認知症を患う人は世界で4-5000万人程度、日本だけ見ても700万人程度とされます。世界全体と比べて日本の比率が高いのは認知症が高齢になればなるほど発症しやすいため、平均寿命が長く、高齢者の絶対数も多い日本は人数としては多くなりやすいためかもしれません。ただ、香港など平均寿命が長い他の国や地域などとの国際比較をもう少し見たいところではあります。

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私が考えるもう一つの可能性は日本は平和で比較的刺激が少ない余生を過ごす方も多いため、これが引き金になる公算があると思います。認知症にならない方法は無いと思いますが、なりにくくする算段として刺激あるライフを送ること、とされます。この刺激が少ないのが日本の高齢者のライフだとみています。その背景の一つに家計の経済的自由度の制約はあると思います。

例えば年金暮らしとなればつつましさが最優先されます。そうなれば家でじっとしている、せいぜい近所に散歩に行くという程度で日々の刺激はほとんどなくなります。私は医者でも研究者でもないので断言することはできませんが、さまざまな読み物を拝見する限り刺激や多少のストレス(=負荷)をかけること、そして思考する癖も重要です。故に脳トレが日本で活発に行われるわけです。

日本の昔の笑い話ではないですが、老夫婦が「おい、あれどうした?」「おとうさん、それはそこよ」という家庭内言語による会話が時たまあるだけというご家庭もあるでしょう。あとは一種の夫婦のテレパシー的な阿吽の呼吸で24時間過ごせることが実は最もよくないのだと思います。本来であれば、もっと議論し、話をし、考えることも重要です。一緒に見たテレビの感想を述べあうのでもよいと思います。

さて、エーザイ/バイオジェン社が開発したアルツハイマーのクスリ。さて、どれだけ期待できるのか、ですが、私が理解する限りはエーザイ社は研究開発者の努力の賜物として十分に称えるに値する結果を生み出しましたが、業績には目先ほとんど響かないとみています。また患者がそれを服用することで進行が遅延したということを実感するには5-10年以上かかるかもしれないと考えています。

アルツハイマー症の原因はまだ不明であり、医学界でもいくつかの仮説を前提に実験を繰り返しています。その中の一つが老人斑(アミロイド斑)と称されるものでこれが神経細胞外に沈着したものが引き起こす可能性が指摘されています。このアミロイド斑の主成分がアミロイドβ(Aβ)と称されるもので今回、エーザイのクスリはこのアミロイドβを減らすことをその目的としています。

私が理解する問題点はこのアミロイドβの蓄積は数十年にわたって徐々に行われるため、明白な発症をした時には十分に蓄積されてしまっていることです。エーザイのクスリはあくまでも認知症の進行を遅らせることであり、その効果は18カ月投与すれば27%程度あるとされます。しかし損傷した神経細胞を直すわけではないのです。つまり、このクスリは明白な症状が出る前に投薬をする必要があるのです。

事実、同社のプレスリリースには「…AD (アルツハイマー症)による軽度認知障害または軽度認知症の患者において開始する必要があり…」とあり、リリース後半に「重要な安全性情報」として「これらの病期よりも早期または後期段階での治療開始に関する安全性と有効性に関するデータはない」とあります。

ではアミロイドβが神経細胞に蓄積しているかどうか、どうやって調べるのか、と言えば極めて限定されているとされます。逆に言えば今まで有効なクスリが開発されなかったのは治験者が見つけられなかったともいえるのでしょう。PETや血液検査の方法もなくはないようですが、あくまでも研究レベルの段階であり、治療の検査としての横展開ができる状態にあるとは思えません。

エーザイは21年にアデュカヌマブという同様の医薬品も開発したのですが、アメリカで条件付き承認を受けただけで日欧では承認されませんでした。その売り上げは22年1-9月でわずか5億円程度にとどまっています。当時メディアでは大々的に取り上げられましたが、ビジネス展開にまで至りませんでした。だからと言ってエーザイには諦めてもらいたくないのです。世界的大手の医薬品メーカーがほぼ全滅だったアルツハイマーのクスリが承認までこぎつけられたのは長い将来、必ず、その解明とよりよい薬の開発への一歩となるはずです。今後、迅速承認からフル承認に向けて動くとありますので期待したいところです。

ところで日本の認知症患者は700万人程度いるとされますが、アルツハイマー型の認知症を患っている人はその半分とされます。それ以外の人はレビー小体型認知症など他の原因とされます。つまり、今回のクスリは認知症の全ての人に効くのではなく、認知症の全体の約半分ぐらいのアルツハイマー型の人が対象になります。

こう考えるとクスリの開発への期待は高まりますが、当面は我々は自己防衛する必要があること、そしてアミロイドβが2-30年かけて蓄積されていくということはたぶん50代になったら認知症予防を心がける必要があるのです。65歳での認知症発症は16%、85歳で30-40%、95歳50-80%が認知症になるとされます。そして75歳から上は男性より女性が認知症になりやすいという有意なデータがあります。

以前にも指摘しましたが、スマホに頼る社会、おひとり様社会は刺激度が少ないですからコミュニティへの参加など積極的な社会との共生がより重要だということになります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年1月9日の記事より転載させていただきました。