新型コロナは2019年末から「隠れた流行」が始まっていた?

池田 信夫

東大医科学研究所の論文が話題を呼んでいる。この「ツインデミックスは起こっているか?」と題するプレプリントは、各国のインフルエンザと新型コロナの感染状況を比較し、COVID-19とインフルエンザは、同じ地域において同じ時期に同じ規模では流行していないと結論した。

インフルの流行が止まったのは「ウイルス干渉」か

次の図は日本のインフル(青)と新型コロナ(赤)の陽性者数を比較したものだ。インフルの患者はきわめて少ないので、1500倍(左軸)になっているが、2019年には例年どおり45週(11月上旬)ごろから流行が始まり、初期には最近で最大の流行といわれた。

東大医科学研究所の論文より

ところが年末に流行が止まり、例年は最大に流行する正月明けから減り始め、12週(3月末)にはゼロになった。これは「インフルの検査をしなくなったからだ」とか「日本人がマスクをしたからだ」といわれたが、次の図のように世界中でほぼ一致して、コロナの流行が始まった12週にゼロになっている。

これが何を意味しているのか、この論文は書いていないが、コロナとインフルのウイルス干渉が起こったという仮説も成り立つ。これは医学的な機序は不明だが、経験的には在来型コロナウイルス(風邪)でもみられ、日本で2009年の新型インフル(H1N1)が流行しなかった原因もこれだといわれた。

この仮説は、2019年末までは普通にインフルが流行していたが、2020年初めからコロナの隠れた大流行が起こり、インフルの流行を抑制したというもので、私も2020年3月の記事で紹介した。

上久保靖彦氏などは、この仮説を2020年3月のプレプリントで出した。新型コロナウイルスにはS型、K型、G型の3種類があり、比較的軽いS型とK型のウイルスが2019年末までに日本に入り、日本人にはすでにコロナに対する集団免疫ができていたと推定している。

コロナは2019年末まで「ただの風邪」だった

当時この仮説に無理があると思われたのは、インフルに干渉して集団免疫になるには、かなり早い時期からコロナが大流行している必要があり、その証拠が見られないためだった。

だがイタリアの下水に2019年12月に新型コロナウイルスの遺伝子の痕跡が見つかり、その後も世界各地で2019年の下水に新型コロナウイルスの痕跡が見つかった。

新型コロナは2020年2月にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で集団感染が起こったため、世界的に注目されたが、それまでは中国政府が大流行を隠していたため、誰もそんな新しい感染症が流行しているとは思わず、検査もしなかった。

これまでコロナの感染経路は武漢(2019年末)→日本(2020年2月)→ヨーロッパ(3月)の順番だと思われていたが、もっと早く世界に広がった可能性がある。

2月には抗体検査の結果から「日本にはほとんど新型コロナウイルスは存在しない」といわれたが、1月までに大流行が終わっていたとすれば、その痕跡を見つけるのはむずかしい。

ウイルス干渉説が正しいとすれば、流行は次のような順序だった。

  1. 2019年秋:武漢で大流行が起こる
  2. 同12月:世界に新型コロナの隠れた流行が広がる
  3. 2020年1月:ウイルス干渉でインフルが消える
  4. 同2月:WHOがCOVID-19と命名
  5. 同3月:ヨーロッパで大流行が始まる

新しいウイルスが騒がれ始めたのは、ダイヤモンド・プリンセス事件の起こった1月末だった。それまではただの風邪として見過ごされていた。症状は普通の風邪より重く、私も2019年12月に38℃の熱が出たことがあるが、風邪薬を飲むだけで終わった。

2月にアジアで流行したときも大した問題にはならなかったが、3月にイタリアで変異した(と思われる)ウイルスは、白人の致死率が上がったため注目された。

これが3月末に日本にも入ってきたが、日本人は(それまでの軽いウイルスで集団免疫ができていたためか)死者はほとんどなく、インフルが減ったため、2020年は約3万人の過少死亡になった。

日本ではコロナは大騒ぎする病気ではなかった

ウイルス干渉説が正しいとすると、2021年(デルタ株)までの新型コロナウイルスは日本では集団免疫ができていたため、ほとんど無害だったが、2022年(オミクロン株)になって感染が激増し、死者が増えた(致死率は下がった)。

感染が激増した原因は、単にウイルスが変異した(日本人の免疫がきかないタイプになった)とも考えられるが、第3回ワクチン接種のあと感染が激増したことから考えると、ワクチンの悪影響(ADE、抗原原罪など)も考えられる。

2020年の過少死亡が高齢者の寿命の先送りだったとすれば、昨年の超過死亡はその清算だが、3年間を通算した超過死亡数は約12万人。先進国では群を抜いて少ない(アメリカの超過死亡数は100万人を超えている)。

最終的なボトムラインは、平均寿命である。第8波の死者の97%は60歳以上で、平均死亡年齢は83.1歳。日本人の平均寿命は、ほとんど縮まっていない。これはアメリカ人の平均寿命がコロナで2歳以上縮まったのとは、大きな違いである。

G7諸国の平均寿命(Our World in Data)

コロナの死者が増えた分、毎年1万人以上いたインフルの死者が減ったので、全体としての平均寿命はほとんど縮まっていない。死亡した高齢者のほとんどは天寿をまっとうしたのであり、新型コロナは100兆円以上も国家予算を注ぎ込むような感染症ではなかったのだ。

【追記】上久保氏から「仮説を出したのは2020年3月のプレプリントだった」という指摘をいただいたので訂正した。