台湾武力侵攻は本当にあり得るのか?:なぜか日本の防衛の話にすり替わる背景

時折メディアなどで目にするこの話題、そして安倍元首相のその危機感をうけて議論となった防衛費の増額は岸田首相がするっと実行しつつあります。

台湾の話なのになぜか日本の防衛の話にすり替わっているのは台湾を中国が武力による侵攻をすればその際に火の粉が飛んでくるという点とアメリカが台湾の現在の地位を維持するために中国の武力介入を許さない意思を見せ、それには日本の協力は不可欠であるというストーリーが作り上げられているものと察します。

seungyeon kim

ではこのストーリーは誰が作ったのでしょうか?直接的きっかけは2021年にアメリカのインド太平洋軍のフィリップ デビッドソン前司令官の「2027年までに侵攻がある」という証言が直接的な理由かと思います(この論拠はアメリカ議会では否定的だったと記憶しています)。

1997年に香港が英国から中国に移管される直前に香港で爆発的移民ブームが起きました。背景は「誰も中国を信じていない」「一夜にして変わる政策」でありました。その陰に隠れて目立ちませんでしたが、台湾でもその当時、移民ブームは起きていました。よって当地、バンクーバーにも台湾系の移民は大挙して押し寄せているわけです。「一夜にして変わる政策」は直近ではコロナ対策の180度転換が好例だと思います。

近年では中国が香港を取り込んだ際、「次は台湾」と言われていました。よって台湾人の危機感は昨日、今日に始まったわけではなく、対策の一環として時間をかけて海外移住が進んでいるわけです。

私が確認したやや古い2016年の台湾の統計では海外移住者は191万人となっています。現在では200万人は優に超えていると思います。その過半数はアメリカ、カナダへの移住です。台湾人口が2300万人程度ですので人口の1割弱が既に海外に出ている計算になります。日本の人口が1億2500万人で海外移住者が140万人程度と比率にして1%強ですので人口分布の違いがお分かりいただけると思います。

その点では中国脅威論が昨日今日に始まった話ではないことにまず着目すべきです。

次いで、台湾が中国との関係をどう思っているのかですが、日本やアメリカがいう懸念と温度差があるように感じるのです。日米は自国の事情で台湾を護ると言っているように聞こえなくもないのです。それは中国が侵攻したら日本にも物理的被害が及ぶ、太平洋の第一列島線が破られ軍事的脅威が起きる、更には主たる貿易相手としての経済的影響を懸念するものです。当然ながら「力による現状変更」もあります。

これらの声を上げている多くの専門家は軍事評論家と称する人たちです。つまり軍事という一側面からの評論です。これをベースに日本政府も様々な動きをしているわけです。

では、台湾が比較的平和裏に中国と統一するシナリオの可能性を研究した記事はありましたでしょうか?私はまだ拝見しておりません。確かに習近平氏は3期目の就任にあたり台湾統一は悲願であり「必要なあらゆる手段を取る選択肢を保持する」と述べています。が、それは手段の一つであり、すわ武力侵攻というシナリオにはならないはずです。

私がやや斜に構えている理由は次の2つの観点です。1つは台湾国内政治において中国とそこまで対立する勢いが見えないこと、2つ目は台湾と中国の経済的結びつきはより強固になっている点です。

ご承知の通り昨年11月の台湾地方選挙で中国と距離を置く民進党が大敗、祭英文総統の支持率は急落で蔡氏は民進党党首を辞任し、頼氏が党首になっています。その頼氏はそもそも台湾独立思想を持っているとされますが、現時点では封印しています。11月の選挙で歯車が狂った民進党内部統制もいまだ十分ではないとされます。この状態で果たして24年1月に民進党が政権を維持できるのか、といえば現時点では疑問符がつきます。

地方選挙と総統選は関係ないとされます。2018年の地方選での国民党の圧勝と2020年の総統選での民進党の勝利のケースもあります。ただ、今回は単純に国内政治の問題に限らず中国との外交問題と台湾の将来という観点が議論の中心になるように見えます。

総統選は接戦も予想されます。どちらから選出されるにせよ、私はこの時こそ中国が一気に交渉を仕掛けてくるとみているのです。選挙は24年1月。ですが、実際に新政権がスタートするのは5月なのです。この時間的ブランクが肝だとみています。現職の祭英文氏も新総統も動きが取れない4か月間こそ中国が新政権、それが仮に国民党であれば抱き込み工作をするだろうと予想しています。

台湾人は武力による対立を望んでいるとは思えません。理由は経済的結びつきです。2022年1-6月の台湾による中国本土への投資額は前年比19%増の18億ドル。台湾から見る投資先としては中国本土が全体の3割を占めています。

中国との対立感やリスクをみるなら対中投資はもっと減らなくてはいけませんが、実際には伸びているのです。TSMCが熊本に半導体工場を建設するのはいかにも台湾リスクの回避にも見えますが、私はそうではなくて日米が半導体不足のリスク回避を行いたかったのではないかと思っています。

経済面だけを見るとアメリカが中国に対して先端技術の締め付け継続により、有事の際に半導体の安定供給が出来なくなるリスクを考慮し、投資先を分散させているわけです。

これらを考え合わせると個人的には武力衝突がおきるシナリオは現時点では私には描けないのです。台湾は中国と切っても切れない関係があるし、なるようにしかならないと思うのです。台湾の人もそれはある程度覚悟のうえで上手に生き伸びる手段を取っているのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年1月18日の記事より転載させていただきました。