ロシア出身の在仏政治学者、ロシアの政治分析センター「R・Politik」の創設者タチャナ・スタノバヤ氏(Tatjana Stanowaja)はドイツの民間ニュース専門局ntvとのインタビュー(1月22日)に応じ、「クレムリンが欧米の制裁や反ロシア政策で恩恵を受けていること」、「プーチン大統領が政権を握っている限り、戦争の終結は期待できない」と強調する一方、「ロシアの体制が徐々に内部浸食に直面し、国家の任務が遂行不能な状況下に陥ってきている」と指摘する。
興味深い点は、ロシア国民の4分の3がプーチン氏を支持し、ウクライナ戦争を支援しているというレバタ・センター(Lewada-Zentrums)の世論調査結果について、スタノバヤ氏は、「私自身の経験からみても、同調査結果を信じる。問題はプーチン個人に対する態度と彼の地政学的決定に対する態度を区別することが重要だ。多くの場合、プーチン個人に対する否定的な態度と、彼の地政学的決定に対する理解と支持が混在している。ロシア人は、米国と北大西洋条約機構(NATO)が何十年にもわたってロシアを弱体化させ、崩壊させるために積極的に取り組んできた、という政府の説明を信じている。市民的および政治的制度が未発展の社会では、国家、政府は外界の脅威から国民を保護する擁護者と受け取られる。同時に、それはプーチンとその側近に対する非常に批判的な態度と共存できる可能性が出てくる」と説明する。
具体的には、クレムリンは欧米諸国の対ロシア制裁、反ロシア政策の恩恵を受けているという理屈になるわけだ。国民は政府に反対し、反ロシア政策を取る欧米側の主張に耳を傾ける事が難しくなるのだ。その一方、欧米の制裁はロシアに膨大なダメージを与えている。クレムリンとしては、制裁の恩恵と経済的損害の間のバランスを取りながら国家を維持するために腐心しなければならない。その意味で制裁の効果は出ているわけだ。
ウクライナ戦争の停戦の見通しについて、「プーチンが政権を握っている限り、戦争が終結する可能性は低い。政権交代の場合、さらに急進的な勢力が権力を握った場合、状況は平和とはならない。例えば、ワグネル・グループの指導者エフゲニー・プリゴジンだ。しかし、ウクライナをめぐる状況から抜け出す方法は、ロシアの国内政策が変化しない限り難しい」と説明する。
スタノバヤ氏は、「野党だけでなく、プーチンの側近ですら、プーチンがどこを目指しているのか、計画は何か、ロシアは戦争に勝つつもりか、少なくとも負けないようにするのか、誰も理解していない。戦場での軍の退却と死傷者が増えるほど、それらの問いはより深刻になる。私たちは高速で移動する列車に乗っている。どこに行くのか誰も知らない。列車の運転手はトランス状態にある。怖い。だから、現状から脱出するためには、列車の速度を落とすか、方向を変えるか、または運転手を変えることを考えなければならない。しかし、プーチン大統領に代わる指導者は見当たらない。現在、システムは完全にプーチン大統領の管理下にある。プーチン大統領に真剣に立ち向かう準備ができている人間がいるとは信じられない」という。
ロシアの近未来については、全てがプーチンの支配下に留まる現体制の継続か、現体制をひっくり返す、プーチンの死、深刻な原発事故や飛行機の墜落事故などの惨事が起きるかの2通りのシナリオを挙げている。
同氏は、「プーチンを過小評価してはならない。彼は自分の感情に問題があり、ウクライナの状況に関連する全てのものに非常に敏感だ。同時に、運用上の問題について実際的に議論するために、いくつかの譲歩をする準備ができているようだ。プーチンが現実的な方向転換をする可能性は排除できない。彼は昨年9月、10月の時、『戦争に何としても勝たなければならない』という気持ちが強かったが、12月にはもうそのような気配は見られない。プーチンは今、落ち込んでいるように感じる。ひょっとしたら、欧米諸国との対立問題でより現実的な議論を行う道が開かれるかもしれない」と分析する。
その一方、「ロシア社会で将来、さらなる抑圧、投獄、言論の自由の抑圧が進行し、進歩的な思想家の出国などが進み、プリゴジンのような過激派の台頭が見られるかもしれない。ロシアの体制は徐々に内部侵食に直面し、国家はその任務を遂行できなくなる。プーチンは、2000年代に全てを個人の管理下に置いてきたが、年々、プーチンの国内の政治問題への関与は減少してきた。『軍事作戦』を除けば、プーチンが個人的に管理下に置いているものは何もない。他のすべての領域はいわば無人だ。プーチンの同僚や友人にとっても、彼に直接会って相談することはほとんど不可能だ。自分で解決策を見つけ、責任を負わなければならない。その結果、政治システムはより過敏になり、予測不能になり、衝突に満ちたものになる」と予測する。
戦争に関しては、「さらなるエスカレーションを求める急進派と、ロシアには勝利するためのリソースがないと認める現実主義者の2つの極の出現が見られる。全ては戦場の状況次第だろう。いずれにせよ、近い将来、良いことは何も期待できない」という。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。