1月18日のNature誌に「How our microbiome is shaped by family, friends and even neighbours(米語ではneighbors)」というタイトルのNewsが掲載されていた。
本当はmicrobiomeを腸内細菌と訳すのは正しくない。口腔内にも、皮膚にも細菌がたくさんいるので、正確には微生物叢(ゲノムと同じように・・・・となると、特定の集団の総称を指す)だが、多くの研究は腸内細菌を調べているので、便宜的に腸内細菌とここでは使うことにする。
論文のタイトルをそのまま訳すと「われわれの細菌叢は家族・友人・近隣の人たちによってどのように影響を受けるのか」だし、論文は口腔内細菌の結果も論評しているので、厳密には腸内細菌では不適切だが了解して欲しい。
健康人の腸内細菌を(腸内細菌叢が正しいのだが、叢と言っても理解を妨げるので腸内細菌と呼ぶ)、クローン病・潰瘍性大腸炎(炎症性腸疾患)の患者さんに移植すると、症状が劇的に改善されることが知られている。糞便移植とも呼ばれているが、さすがに言葉の響きが悪いので、腸内細菌(叢)移植と呼ばれる方が多い。
テレビでも、しきりに「善玉菌」や「悪玉菌」という言葉が飛び交っているようだが、全貌がわかっているわけでもない。しかし、クローン病の腸内細菌移植結果を見る限り、健康に影響する「善玉菌」や「悪玉菌」らしきものはいるようだ。
炎症性腸疾患は、絶食にすると症状が改善することは、私が医者をやっているときからわかっていたので、食事―腸内細菌―免疫環境の関連性はかなり前から理解されていた。
日本ではたくさんの乳酸飲料のコマーシャルが流されているが、食事の違いと腸内細菌違い、免疫環境の変化などはほとんど科学的には明らかにされていない。ゲノムの解析技術が進展し、腸内細菌叢(細菌の種類や量)が簡単に調べられるようになった。
さらに、T細胞やB細胞の変化を追跡することが可能になってきた。食事内容が変化すれば、腸内細菌叢はそれに伴って変化し、当然ながら、全身の免疫環境は経時的に変化してくる。したがって、1回だけ調べればその人の恒常的な腸内細菌叢がわかるわけでもないので、経時的な追跡が必要不可欠である。
とはいっても、異なる地域に住んでいる多くの人の腸内細菌を比較することは基本情報として重要である。冒頭に記した論文で興味深かったのは、家族でなくとも、同居人の場合でも腸内細菌叢が似通っているということだ。
また、双生児でも別々に住んでいると、腸内細菌の類似性が失われてくる。口腔内細菌叢は、腸内細菌叢ほど類似性はないが、カップル間の方が、自分の子供や親より類似性が高くなるようだ。当然だとは思うが、科学的に証明されると納得度が高い。
腸内には限らないが、細菌の観点で興味深いのが、米国の家庭で鶏の飼育が広がっていることだ。最近、米国内の物価上昇によって、有機の卵は12個で約1200円になったので(他の食料品も高くなっているが、物価優等生の卵はこれでは厳しい)、自宅で卵を得ようとしているからだ。メキシコからの卵の密輸も増えているようだ。
本題に戻すと、人では恐ろしい食中毒を起こすサルモネラ菌だが、成鶏ではほとんど症状を出さないで、保菌状態となっていることがある。これもあって鶏肉は必ず火を通すように教育されていたし(最近、飼料に抗生物質を加えているのは、感染症対策である)、米国では生卵を食べる人はほとんどいない。
卵の殻にサルモネラ菌が付着している可能性があるからだ。もちろん、家で鶏を飼育すると糞に接触する機会が増えるので、小さな子供がいる家庭で鶏を飼っていると、子供が庭で遊ぶ場合、糞などには要注意だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。