資本主義陣営だが、親中国家として経済回復を狙うタイ

5類感染症への移行は観光産業復活の起爆剤

先日の岸田首相の施政方針演説では、今年の春頃を目処にコロナを2類感染症から5類感染症に移行することで検討に入るということであった。これについては国内でも賛否両論あるとは思うが、タイの場合は昨年9月に早々と日本でいう5類感染症に移行し、コロナは単なる風土病扱いとなった。

そしてタイ政府は早速、10月1日から全ての水際対策を撤廃し全面開国したのであるが、アジア最大の観光大国であったタイにとって、かつてGDPの2割を占めていた観光産業の疲弊は既に限界に達していて、タイ経済回復のためにも一刻も早く開国する必要に迫られていたという裏事情もあったのである。

その結果、何が起こったかというと、9月まで売られ続け16年ぶりのドル高バーツ安まで暴落していたタイバーツであるが、驚いたことにその10月1日を境にタイバーツの急反転が始まったのである。

しかも、今のタイバーツは他のASEAN通貨をもアウトパフォームする強い通貨となっているが、これは世界の観光大国であったタイの底力が国際市場に見直された市場の先読みともいえる。

実際、外国人観光客数もその日を境に増加の一途をたどり、今年は年初の15日間だけで91万人となった。しかも、この時点ではロシア人、マレーシア人、韓国人、インド人観光客がほとんどで、中国人観光客はまだ少なかったのである。

しかし、中国政府が海外旅行を解禁した結果、中国の正月である春節休みを含む1月16日から28日の間には、180万人もの観光客がタイに入国するという。

さらに、中国政府は今月20日、いよいよ2月6日から友好国であるタイへの団体旅行をも解禁することを決めた。これにより、春節明け後も引き続き大量の中国人観光客がタイにやってくることになる。

そこで、タイ政府観光局は中国人観光客を除いても今年は2,000万人の外国人観光客を達成できると見込んでいたが、さらに500万人の中国人観光客を追加し合計2,500万人を目標にすると発表したのである。しかも観光収入においては、2019年に610億ドルと世界4位であった時の80%を達成すると、とにかく鼻息が荒いのである。

親中国家タイに引き寄せられる中国人

ところで、昨年11月にバンコクで開かれたAPEC会議出席のために習近平夫妻がバンコクを訪問した際に、プラユット首相は空港でレッドカーペットで出迎えたのであるが、この時の親中ぶりが中国国内でも報道された結果、中国ではぜひタイに行ってみたいというタイブームが起こったそうだ。そして、海外旅行がいよいよ解禁となった現在、タイは中国人の間で観光してみたい国、ナンバー1となっている。

確かに、中国とのデカップリングを急ぐ欧米の嫌中国家などよりも、親中国家のタイに行きたいという中国人観光客の心理は当然かもしれないが、それにしても8年前の軍事クーデター以降、資本主義陣営でありながら中国やロシアとも友好的付き合いを続けてきた今のプラユット政権は、まさにタイのお家芸ともいえる全方位外交を駆使してタイ経済復興を成し遂げようとしているようにも見えるのである。

プラユット・チャンオチャ タイ首相 Rawpixel/iStock

母国から逃げ出す中国人富裕層

さて、香港の英字紙、サウスチャイナモーニングポストによると、中国のゼロコロナ政策の終焉、そして開国と同時に裕福な中国人たちが東南アジアで国外逃亡先として、新たな家を探し始めたということだ。

昔から国家など信用しない中国人富裕層は、戦争や弾圧があれば身の回りの金や宝石を持ってとにかく一目散に国外に逃げ出すという文化があり、だから中国人は今も貴金属が大好きなのだと筆者は教わってきた。

そして、この記事によれば、今回もその中国文化に従って裕福な中国人は早速国外逃亡を始めたというのである。

以下がこの記事の要旨であるが、これを読むととにかくこれからタイに逃げてくる中国人が増えそうだ。

  • ほとんどの中国人ミレニアル世代(1981年から1996年に生まれた世代)は海外移住を夢見ている。その中でも多くの富裕層は、家族を海外に移住させ、無慈悲な中国政府の育児環境から逃れようとしている。
  • ビザ業者によると、中国政府による束縛から逃げようとする中国人から、特にシンガポール、マレーシア、タイへの移住について多くの問合せが入ってきている。
  • 彼らは外国でコンドミニアムを買い、そこに住みつこうと考えていている。中国政府の3年間にも及ぶ外出禁止令や拘束にうんざりした裕福な中国人の間では、東南アジアへの移住が大変な魅力となっているのである。
  • 一方、東南アジア諸国の不動産セクターでは、巨額の資金を落とす中国人バイヤーたちが戻ってくることに期待を膨らませている。

タイは中国人移住者にとって理想の国?

ところで、これは国連の中国人移住者数の変遷に関する資料であるが、2000年の頃は中国人の間でタイは全くの不人気で、わずか200人であった。それが2020年になると77,000人とシンガポールに次いで2番目に多くなっていて、マレーシアの12,000人を大きく引き離しているのがわかる。

しかも、以前のコラム記事「南シナ海防衛、ASEANが海軍力を増強する背景」でも書いたのだが、マレーシアの不動産はタイより安いものの、南シナ海の領有権を巡る中国との激しい争いでマレーシア国民の対中感情が悪化していることから、ボホールなどの現地在住中国人は、もし米中間で戦争が起こればマレーシアはアメリカ側につき、自分たちは敵国民となってしまうと危機感を抱いているという。

従って、そんな事情を比較検討した結果、結局中国人移住者はマレーシアより親中国家であるタイを選ぶ可能性が高いのではないかと筆者は考えている。

また、シンガポールも南シナ海問題で中国ともめているし、シンガポールの不動産価格や物価がかなり高く、中国人でも相当な富裕層でなければなかなか移住は難しいことから、比較的廉価な不動産が多く、かつ親中国家であるタイへの移住が最も人気が出てくるのではないかと思う。

そういった意味では、タイの住宅用不動産にはこれから莫大な中国資本が投入される可能性が高いと筆者は考えているし、不動産業界だけでなくタイの実業界全体がこれを期待しているのである。

ただし、筆者はタイに移住して11年になるが、そこでわかるのは、タイジーンと呼ばれる19世紀終りから20世紀初めにかけて河南省あたりからタイに移住してきた中国人は、既に完全にタイに同化しており、自分たちが中華系ファミリーに属すことに今も誇りを持ってはいるものの、同時に自分たちは100%タイ人だと思っているのである。

従って、彼らは同じ中国系とはいえ、本国の中国人とは考え方も違うしあまり相性がよくない。だから華僑が経済の中心にいるシンガポールやマレーシアなどと違って、タイでは大陸系の華僑が幅を利かせられないのだと筆者は思っている。

そういう意味では、果たして本国から移住してきた中国人たちが、どうやってタイで自分たちの居場所を見つけていくのか大いに興味のある所でもある。