財源が不足なのに手を広げすぎ
そんなに何から何まで、国ができるのだろうか。そんなにたくさんの政策を背負いこむ財源はあるのだろうか。国でできないことも多いのに、できると錯覚する。国でできることがあっても、財源が足りない。岸田首相の施政方針演説を読んで、多くの人がそう感じたのではないでしょうか。
岸田氏に限らず、歴代首相の多くに感じてきたことです。「金融の大規模緩和で物価を2%引き上げられる」と信じた黒田日銀総裁の異次元緩和も、できないことをできると錯覚した典型的な実例でしょう。
首相は「われわれは再び歴史の分岐点に立っている」として、明治維新、アジア太平洋戦争の終戦(敗戦のこと)に続き、現在が大きな転換点だ」と、姿勢方針演説で強調しました。確かに何から何までが音をたてて、変わり始めています。
ロシアによるウクライナ戦争、気候変動(温暖化)、感染症対策、地球規模の問題、格差問題などをあげました。さらに脆弱な世界の供給網、エネルギー・食料危機、人への投資不足、グローバリゼーションの変質に言及しました。「こうした現実を前に新たな方向に足を踏み出す」と。
政府がやるべき仕事がどんどん増えています。政府に期待されることが今や森羅万象に及びます。財源が不足し、巨大な財政赤字に陥っているのですから、「政府がやるべきこと」と「政府にはできないこと」を原点に戻って、線引きし直す局面です。首相が好むスローガン「新しい資本主義」の本質的な問題はそこにある。
「財源が足りないから国債(国の借金)でやらざるを得ない」ではなく、「効果があるかないか分からないことまで政府が手をだすから、財源が不足し、国債に頼る」のだと思います。原因と結果の順序が逆です。
財源は税収、借金(国債発行)、社会保険料(社会保障負担)などです。このうち、「政府の子会社」(安倍・元首相)に位置付けられた日銀が財政ファイナンス(実質的な国債の買い上げ)を続けていますから、借金に歯止めがかからなくなっている。
増税は国民の抵抗が強いため、借金(国債)に走る。「子会社だぞ」と言われている日銀は抵抗せず、際限なく残高が膨らんでしまった。
社会保険料(年金、医療、介護など)は実質的な税金です。その負担増は勤労者と企業に対する「見えざる増税」で、「見えにくい」から抵抗が少ない。22年度の保険料収入は74兆円に増え、税収の68兆円を上回る。
現役世代が負担する健康保険料のかなりの部分を老人医療に回してしまっているのに、現役世代は抵抗しない。
そうこうするうちに、日銀の異次元金融緩和が限界点に達し、それに代わる便法の一つとして、自民党から「国債の60年償還ルールの見直し」(萩生田政調会長)の声が上がりだした。「60年償還」は財政規律を守るためにできた決まりで、数少ない歯止めになっています。
国債償還を今の60年から80年に伸ばすとどうなるか。発行残高が約1000兆円ですから、60年で割ると毎年約16兆円(残高の1.6%)を償還(返済)することになる。一般会計予算に国債償還費として計上されてます。
それを80年に伸ばし、80年で割ると約12兆円となり、4兆円減ります。「その4兆円を防衛費増額など歳出の財源にしよう」というのが萩生田氏らの考えです。償還が長引く分だけ、財政赤字は増えてしまう。
かれらは「そんな国債償還のルールなんて他の国にはない」と主張しています。誰かが入れ知恵したのでしょう。米国には「法定の債務上限規定」があり、現在は約31兆㌦で、引き上げるには議会の承認が必要で、安易に変更できないようにしてあります。
EUにはマーストリヒト条約というのがあって、「債務残高のGDP比を60%以内とする。毎年度の財政収支の赤字はGDP比で3%以内とする」という決まりがあります。経済危機への対応でこの上限は突破しています。それでも日本の国債発行残高のGDP比250%という異常な高水準ではありません。
そんな日本がさらに財政規律を緩めようというのですから、あきれます。「国がやるべきことと、やりたくてもできないこと、やらなくてもいいこと」の仕分けが、今こそ必要になっているのだと思います。
財政拡張派は安倍派に多く、これまではMMT(現代金融理論)を拠り所にしてきました。「自国通貨を発行できる国は財政を拡大しても、債務不履行に陥ることはない。財政赤字はインフレが起きない範囲にとどめることは必要である」というもので、海外では、まあ無視されている理論です。
実際に資源高、円安でインフレ(消費者物価4%上昇)が起きてしまっており、さすがに分が悪いと悟った。その代わりに持ち出してきたのが「60年償還ルールの見直し」でしょう。
つまり、他の主要国は金融引き締め、財政膨張からの転換を目指しています。日本は異次元緩和の維持(黒田総裁の表現)と財政規律の後退を走り続けています。「日本だけは大丈夫」というのなら、納得させられる理論的な根拠を示すべきです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年1月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。