どこに飛んでいくのか、気球問題:日本は世界でもまれに見るスパイ天国

韓国にいる脱北者の団体が北朝鮮に向けて大型の風船にビラをつけて「目を覚ませ」と北朝鮮にメッセージを送り続ける、という古典的な手法があります。韓国の国会では前政権時代に正式にこれを禁じてしまいましたが、こういうプロパガンダ的なやり方は割と有効なこともあります。日本でも戦時中、米軍がB29からビラを撒き、日本国民に大本営発表とは違う内容を伝えようとしてきました。

今回、降ってわいたような気球問題に前述のような懐かしい話題がふと頭をよぎりました。気球という響きがいかにも古い戦術に聞こえるからでしょうか?アメリカが当初撃ち落としたものは中国軍のものである公算が高く、アメリカは分析を急いでいるかと思います。中国は気象観測だとか、意図に反してそちらに流されたと言っておりますが、今や世界中から「うちにも」「こちらにも」という声が続々入る中でなぜ、今まで話題にすらならなかったのか不思議です。

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その点で今回、バイデン大統領が爆破命令を出したこと、それを受けてカナダでも同様の気球を撃墜したことは少なくとも気球問題を正面から取り上げるきっかけになった点は良かったと考えています。その後、数日間のうちに北米だけで気球は4つ、撃墜されていますが、最初の一つと残り3つは形状も大きさもかなり違い、何処から飛んできたものなのかを含めて関心が高まります。不思議なのは中国も同様の気球を発見し、撃墜予告をしている点です。ということは気球を上げているのは中国だけではないのか、はたまた韓国の脱北者が行っていたように民間レベルで上げている可能性も否定できません。

日本でも過去、相当数の気球による領空侵犯の情報はありますが、それを打ち落とすわけでもなく、ただ、それが飛んできて、どこかに行ったという記録があるだけです。日本では現在の法律関係からすると打ち落とすのは難しいというのがその理由です。浜田靖一防衛相は「必要な措置として武器を使用できるというのが政府の考えだ」(産経)としています。が、実際に第一歩を踏み出せるかどうか、これは防衛大臣がどれだけの意思を持つのか次第だと思います。

日本でなぜ打ち落とせないのか、と言えば武力行使をするには「組織的、計画的な武力行使」があった時と限定されているからとされます。領空侵犯規定だと警察権で正当防衛や緊急避難を事由にしたものでしかこれまた追撃できないとしています。では、無人の気球が領空侵犯して情報を集めている場合はどうか、といえば日本にはスパイ防止法がありません。よって、世界でもまれに見るスパイ天国であり、気球を使ったスパイ行為(シギント)にも無抵抗だと言ってよいでしょう。

ではスパイ防止法がなぜできないのか、これは日本弁護士連合会の極めて強い反対が背景にあることは事実でしょう。広範に及ぶ人権侵害、これが主たる理由です。その根拠は当局(政府)に恣意的な専断を許すことになる、という発展的展開理論であります。日弁連は政府との対峙姿勢であり、政府を性悪説として捉えており、世の中のそれ以外の行為は人権という傘のもとに庇護されるべきという論理とも言えます。弁護士なので当然、クライアントが誰か、という立場で常に相対する関係を思想構築の前提としているからこういう帰着にしかならないとも言えます。私に言わせればナローマインドだと思います。

かつて戦争は力と力の争いで、地上戦が主力でした。が、これが戦後、核による抑止力となり、現代では無人機やドローンによる攻撃で人的損失を抑えながら最大限の成果を上げる手段に代わってきています。なおかつ、情報に対する飢え方は各国尋常ではなく、中国は自国の情報を外に漏らすまいと必死の抵抗に代わってきています。

読売が「中国とテスラの『蜜月』一変、共産党がビッグデータ流出を警戒」と報じています。これもいつか必ずやってくると思っていましたが、どうやらその時が来つつあるという報道です。「テスラからの技術移転は完了した。学ぶものは学んだからこれからは徐々に締め出し」というスタンスに代わるパタンは中国では今までずっと繰り返されてきました。イーロン・マスク氏は天才なのですから、一昨年、アリババがあれほど「鎮圧」されたのが「中国国内データ戦争」だったことを読み取れば当然、いつかは火の粉が自分にも飛んでくると予想していたでしょう。

結局、気球は情報戦という新しい国家間の対峙の在り方の中で起こりつつある問題だとも言えます。個人的には気球からどんな情報が取れるのか、興味深いところです。人工衛星との違いは何なのか、そのうち、様々な実務的意味合いが暴露されていくのだと思います。

その中で日本だけがいつまでも人権問題を傘に「スパイ防止法 ハンターイ」としているのは時代錯誤であると考えます。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年2月13日の記事より転載させていただきました。