ウクライナ戦争と「24年選挙イヤー」:揺れる西側指導者とプーチン

ロシア軍がウクライナに侵攻すると予想した政治家、エキスパートはほとんどいなかった。その意味で多くの人にとってサプライズだった。プーチン大統領は2月24日、ウクライナにロシア軍を進めた時、短期間でウクライナを制圧するだろうと予想していたが、現状はこれまた想定外だった。世界はウクライナ国民の結束力、軍の強さを目撃して驚愕した。

ウクライナ侵攻1年目を控え、年次教書演説するロシアのプーチン大統領(クレムリン公式サイトから、2023年2月21日)

ウクライナ軍が欧米諸国からの武器の提供を受け、戦場で善戦し、奪われた領土を一部取り返してきた。ロシア軍の規律のなさ、戦闘意欲の減退などを挙げて、欧米メディアではウクライナ軍の勝利を予想する声さえ出てきたが、ロシア軍が今後巻き返してくるかもしれない。ブルガリアの著名な政治学者イヴァン・クラステフ氏は20日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「戦争の行方は分からない。サプライズもあり得る」と指摘している。

プーチン氏は戦争勃発直後、ロシア軍の侵攻をウクライナの「非ナチ化、非武装化」を理由に挙げ、「戦争」ではなく、「特殊軍事行動」と位置付けてきたが、ここにきて「ウクライナとの戦争ではなく、ロシアと西側諸国との戦いだ」とその戦闘の意味を修正している。

クラステフ氏はウクライナ戦争の今後の動向に影響を与える要因として、2点を挙げている。一番目の要因は、戦いの勝敗は戦場での動向だけではなく、経済、特に、戦争経済体制が重要となるというのだ。

プーチン大統領は既に国民経済を戦争経済体制に転換している。欧米諸国では攻撃用戦車の供与などを決定し、戦闘機、長射程ミサイルの供与が次のテーマとなっているが、武器弾薬やミサイルなど軍需品の補給、製造体制はまだ整っていない。

第2次世界大戦後、80年余り、戦争を体験せず、平和産業が繁栄する一方、軍需産業を縮小してきた欧州諸国にとって、戦争が長期化すれば、軍需品の補給が大きなテーマとなる。一方、ロシアはソ連解体後もグルジア戦争(ジョージア)、チェチェン紛争など隣国と戦争を経験してきたから、ロシアの軍事産業は常に戦時体制下にある(ロシアは中国、イラン、北朝鮮から軍需品、武器の供与を受けている)。

クラステフ氏によると、ウクライナ戦争の動向に影響を与える2番目の要因は、「2024年に実施予定の選挙」だ。2024年には3月にロシア大統領選、5月にウクライナ大統領選、11月に米大統領選が実施される。そのほか、欧州議会選挙が24年上半期には実施され、アジアの安保情勢に大きな影響を与える台湾総統選が24年1月に実施される。すなわち、2024年は「選挙イヤー」だ。その選挙の年の前年にあたる2023年の今年は選挙に勝利するための重要な期間となる。

プーチン大統領は既に24年の選挙に向けて動き出している。プーチン大統領は再選を目指すなら絶対にウクライナ戦争では敗北できない。奪った領土をウクライナに取り返されるなどがあったら、厳しくなる。ウクライナ戦争の1年間、ロシアは死者、負傷者が20万人に近いといわれる。ロシア国内の反戦運動が高まることも考えられるから、プーチン氏の再選は決して確実ではない。

ゼレンスキー大統領の場合、2019年にコメディアンから大統領に当選した当初、「大統領職は1期だけ」と述べていたが、キーウからの情報では再選を目指す意向だという。となれば、ゼレンスキー大統領もロシアとの戦いでは欧米諸国からの武器供与を受け、勝利しなければならない。プーチン氏もゼレンスキー氏も2024年の大統領選に勝利するためには戦争に勝利するか、敗北しないことが絶対に必要となるわけだ。だから、「選挙イヤー」(2024年)を控え、クラステフ氏は、「ウクライナ戦争はデ・エスカレーションではなく、エスカレートすることが予想される」と見ているわけだ。ちなみに、プーチン大統領は21日、年次教書演説の中で米国との核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表し、ウクライナ戦争での核カードをちらつかせている。

ウクライナを全面支援してきたバイデン大統領の場合、米国の国内情勢が重要となる。例えば、米国の中国政策は米国の国内問題といわれるように、ウクライナ戦争も米国内の有権者の動向が大きな影響を与える。戦争が長期化し、軍事支援の見直しを要求する声が高まってきた場合、バイデン大統領はウクライナ政策の修正を余儀なくされる。大統領選で再選を果たすために、政治家は国民受けする政治を優先するからだ。バイデン大統領がウクライナ抜きでプーチン氏と停戦交渉を行う、といったシナリオもあり得るだろう。

エネルギー危機、物価高騰などで悩む欧州諸国もウクライナ戦争が長期化すればさまざまなマイナス現象が出てくるだろう。反戦運動も出てくるだろう。明らかな点は、ウクライナ戦争の長期化はプーチン氏の独裁政治に揺れがない限り、ロシア側に有利であり、欧米諸国にとって次第に負担が重くなってくる。

ロシアとウクライナは現時点では停戦に応じる考えはない。それでは停戦のチャンスは皆無かというと、そうとも言えない。クラステフ氏は、「例えば、朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった(朝鮮半島的)休戦シナリオは考えられる」という。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。