2月16日号のNew England Journal of Medicine誌に「Breast-Conserving Surgery with or without Irradiation in Early Breast Cancer」というタイトルの論文が掲載されている。
かつては乳がんでは乳房全部を切除する方法が主流であったが、徐々に乳房を温存する方法へと変わって久しい。命を取るのか、乳房を取るのかという選択を迫る時代から、早期乳がんでは乳房温存療法を選択することが定着してきた。ただし、残された乳房から局所再発が起こるケースは少なくない。
そこで、乳房温存手術後には、再発予防のために手術後放射線療法を行うことが多い。今回の論文では、65歳以上で、3センチ以下の腫瘍径、リンパ節転移なし、がん細胞の女性ホルモン(エストロゲン)受容体陽性(そして、切除断端には乳がん細胞が見つからない)の乳がん患者1326名をランダムに放射線療法の「ある」、「なし」の2群に分けて、局所再発率や遠隔転移率を比較した結果が報告されている。
658名が乳房全体への放射線療法を受けて、668名の放射線療法なし群と比較されている。10年以内の局所再発率は放射線療法なし群で9.5%であり、放射線療法あり群では0.9%であった。p値が0.001未満で、放射線療法のない群では10.4倍、局所再発リスクが高い結果となった。ただし、(局所再発がなく)遠隔転移が最初に起こったケースの割合では、放射線療法なし群で1.6%、放射線治療あり群で3.0%となっていた。
数字だけ見ると放射線療法を受けると遠隔転移率が高いと大騒ぎしそうな浅はかな医師が出てくるかもしれないが、この両群は統計学的に有意な差はなく、科学的には差が認められないと判断すべきものである。
とは言っても、放射線治療群では乳房の痛み、皮膚炎や心臓や肺での合併症は起こりうるし、全身の免疫機能の低下も考えられるので、遠隔転移率や副作用については今後とも慎重な精査は必要である。
また、10年間の全生存率(がんによる死亡だけではなく、他の死因も含めた死亡を含めた全体の生存率)は放射線なし群80.8%と放射線あり群80.7%と全く差がなかった。乳がんではホルモン療法以外にも多くの治療法があるので、局所再発率が10倍高くとも、10年生存率で見ると差がなくなってしまうようだ。
同時に「Overcoming Resistance-Omission of Radiotherapy for Low-Risk Breast Cancer」という論評も書かれているが、そこでは、70歳以上でその他は同じ条件のCALGB9343の結果も紹介されており、局所再発率は放射線なし群で9%、あり群で2%だったそうだ。放射線療法は局所再発を抑制することは確実なようだ。
女性ホルモン受容体を発現しているがん細胞の割合・Ki67と呼ばれている細胞分裂の指標など、さらにさまざまな指標を加えて、放射線療法をする必要のない群を絞り込む可能性なども紹介されていた。
9.5%対0.9%という数字で比較されるものの、患者さん個人にとっては再発はあるかないかの、100%と0%である。この局所再発をした人では、局所にがん細胞が潜んでいるはずなので、それを見つける方法が確立できれば、基本的には放射線療法をしなくていいはずだ。がん細胞の血管やリンパ管への浸潤などが指標になるかもしれない。また、遠隔転移をした患者さんは術後すぐか、もっと遅い時点かわからないがリキッドバイオプシーなどが有用な判断につながるかもしれない。
命を守り、生活の質を維持し、副作用を避け、できる限り、個々の患者さんに応じた治療を提供するための方策を考えていってほしいものだ。今より一歩進むことを考えるのではなく、理想に近づけるための戦略が必要だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年2月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。