変わる自衛官・変わる自衛隊:意識の変化・政治との関わり方

市川 広大

はじめに

自衛隊をめぐる社会の認識は、この30年間で大きく変化している。朝鮮戦争時、在日米軍の出動による日本の力の空白を補うため、治安維持を目的に1950年に警察予備隊が組織され、1954年に現在の自衛隊へと改編された。

「自衛のための軍隊」として組織された自衛隊はその合憲性について、55年体制下では激しく議論が巻き起こった。1994年に首相に就任した村山富市社会党党首が「自衛隊は合憲」であると認めてからは、自衛隊の合憲性についての議論は下火となった。

元来、その目的が自衛であったことから、自衛隊に志願する者は専ら国防を志す者が大方を占めていた。そして今もそうであると認められる。その一方で、1995年の阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災などにおける自衛隊の災害派遣での活躍が多くの目に触れるようになったことが、多くの変化をもたらした。一つは入隊動機をはじめとした自衛官の意識の変化である。そしてもう一つは政治との関わり方である。

本論では、現職の幹部自衛官や自衛隊出身議員の方々へのヒアリングを下に、自衛官の意識や政治との関わり方が、時代を超えてどのように変化を遂げてきたのかを提示する。

防衛省・自衛隊HPより

変わる自衛官――意識の変化

時代を経て自衛隊をめぐる環境が変わった点として基地設置における住民理解が進んできつつあることが、陸将補より挙げられた。例えば、沖縄県与那国島においては、住民投票によって僅差で自衛隊基地の設置が決定されたが、現在は陸将補の肌感覚としては、基地の設置について異を唱える島民は以前より少なくなったという。

私自身も2022年に研修の一環として与那国島に滞在したが、行政関係者から同様のお話をうかがった。その一方で、現状の問題点としては、前述の陸将補その他の幹部自衛官ならびに元自衛官の現職・元職議員から以下のようなことが指摘された。

① 自衛隊の任務についての認識

自衛隊はその役割について、自衛隊法第3条により「主たる任務」(第1項)と「従たる任務」(第1項及び第2項)を規定している。わが国の防衛するために行う防衛出動が「主たる任務」であり、「必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」のは「従たる任務」とされている。「従たる任務」で代表されるのが災害支援である。

この災害支援は自衛隊法第83条に定められているとおり、主として都道府県知事の権限により、天変地異その他災害に際して人名又は財産の保護のため必要があると認められる場合に自衛隊の派遣を防衛大臣に要請することができる。また第83条の2及び3ではそれぞれ地震防災派遣、原子力災害派遣についての規定があり、これらは防衛大臣権限によって部隊等を派遣できるとしている。

昨今では入隊動機に、こうしたいわゆる従たる任務である災害派遣等への従事を挙げる若者がほとんどであるという。また後述するが、こうした災害派遣等が民業圧迫に繋がることも懸念事項とされている。

こうした付随的任務が実際の出動の多くを占めていることが二つの帰結を招いている。一つ目は先に述べたとおり、新入隊員がこの「従たる任務」を目的として入隊することによる幹部との志向のギャップである。

幹部自衛官は自衛隊のオペレーション可能な範囲の拡大を求めている一方、現場の自衛官は「業務を増やさない」ことを求めていった声が聞かれた。実際にこの志向のギャップは幹部の中では懸念事項として共有されるところであり、より対外的にオペレーションを行いたい幹部はそうではない現場の自衛官との考え方の違いに思い悩んでいるようだ。政治に対して求めるものが自衛官の中でも一枚岩ではないだ。

二つ目として指摘される点として「従たる任務」の拡大による民業圧迫の懸念である。軍、わが国においては自衛隊に必要とされるのが自己完結性である。災害対応においても自衛隊出動が求められるのはこの自己完結性ゆえである。中でも道路整備は自衛隊がオペレーションとして行う場合には無償にて建設することとなる。

自衛隊法第100条において「土木工事等の受託」として、自衛隊の訓練の目的に適合する場合における国、地方公共団体その他の定める土木工事、通信工事等の事業の施工の委託を、防衛大臣権限で受託、実施することができる。

また、先述の第83条の規定では災害派遣に係る自衛隊の救援活動について、その主体は「都道府県知事その他政令で定める者」と記されているが、この際に都道府県知事に主な判断が委ねられることにより、自衛隊の撤退のタイミングが難しく、民業圧迫となる危険性が指摘される注1)

防衛省の広報誌「MAMOR」によると、自衛隊の災害派遣は年間で延べ100万人近くに上り、最も多いのが離島などからの急患輸送、次点で消火活動、鳥インフルエンザ対応などが続く注2)

弁護士の田上嘉一氏は同誌において次のような問題点を指摘する。すなわち自衛隊の災害派遣の法的根拠として「公共性」「緊急性」「非代替性」の三要件を満たすことが求められるが、これら三要件の基準が曖昧であるということだ。加えて自衛隊が災害派遣によって疲弊し、そのうえ民業圧迫のそしりを受けることに懸念を示している注3)

国や地方公共団体としては殊に災害時において無償で受託・実施する自衛隊による公共事業の実施は大変魅力的に映る。その一方、本来民業で行うべき公共事業に際し、条件付きながらも無償で自衛隊が実施できるとなれば民業圧迫となり、これは自衛隊の中でも課題として認識されているのが現状である。

② 幹部自衛官と若手自衛官のギャップ

利益団体の集団での投票行動の是非は別として、現場の若手自衛官の政治的関心が薄いことによりまとまった行動ができないことが幹部自衛官ならびに退官した現職議員の方々からは政治のうえでの大きな障壁として理解されている。

先に断っておくが、自衛隊は国家公務員であるうえ、その職務柄、非政治的であることが求められる。一方で高次で行政に関わる幹部自衛官や元自衛官の議員職にある者が、現場の自衛官の代弁者として機能することが難しい現状は好ましいとはいえない。ましてや自衛隊は労働三権が認められていない存在であることから、非政治的でありながらも政治に対して関心をもつことは重要である。またこれまで自衛官の中でシェアされてきた湾岸戦争での経験に由来する自衛隊の在り方論も、現場では全く聞かれない。

かつては「主たる任務」である国の防衛を志して入隊する者が多かったが、現在の若手の自衛隊員は先述の「従たる任務」を志し、入隊してきた者が多いと、元一等空尉は話して下さった。それにより、以前はオペレーションの可能範囲の拡大を自衛隊は求めていたが、現在は既に記したとおり、現場としても「業務を増やさないでほしい」という意見も強いそうだ。

そうした中で自衛隊がかつて政治へのコミットメントのうえで目的としていたオペレーションの範囲の拡大は現場レベルでは求めることがなくなった。

変わる自衛隊――政治との関わり方

有事の際に自衛隊が円滑にオペレーションを行うためには平素より地方自治体との関係性の構築が不可欠である。殊に災害時の対応については行政と自衛隊が密にコミュニケーションをとり、計画を策定していく必要がある。しかし実情として、自治体によっては自衛隊とのこうした協議を拒否し、対応策が練れず、やむを得ずその地方への災害対応が遅れたという事例があったという。

前段において、阪神淡路大震災を自衛隊への認識の変化として挙げた理由として、このときの災害対応における失敗が、自衛隊と政治の関わりの重要性を認識せしめたためということができる。

というのも、震災の発生時刻が1月17日の5時46分であったが、本格的な災害出動が行われたのは午前10時の兵庫県知事の要請に基づいて姫路の部隊が出動したことによって始まった。そして実際に神戸での救助活動が始まったのは午後1時過ぎ、地震発生から7時間以上経ってのことだった。

また震災当時に永田町において政治の中心を担っていたのは過去に自衛隊に対して否定的な態度を示し続けていた社会党党首の村山富市首相であったことから、村山首相が出動要請をためらったのではという批判も噴出したが、実態について反論もある注4)。これら一連の災害対応について当時の兵庫県知事であった貝原俊民氏は自衛隊との交信ができなかったことを批判している注5)

現在は阪神淡路大震災でのこうした事実や、東日本大震災で自衛隊が災害救助において多大な貢献をしたことが世間に認知されていることから、そういったケースは見られなくなってきたというが、依然として自衛隊と政治の関係性の構築の問題はわずかながら存在する。

また逆の問題も存在する。すなわち政治家が自衛隊を自己の政治活動のPRに利用するケースである。例えば災害派遣の際に、食事の配給の時間だけに現れ、隊員とともに配給を行うようなパーフォマンスを行う政治家もいるという。また実際のオペレーションについて地元選出議員が指示を行い、支障をきたすといったことも指摘された。。

最後に

以上のことから、自衛官、幹部自衛官、元自衛官の現職・元職議員のそれぞれの立場から問題意識が異なるかたちで出された。

現場の自衛官からは給与待遇やパワハラ対策において改善が見られた一方、設備の老朽化の問題や、労働環境においては外国軍比でいまだ働きにくいのが現状の問題点として挙げられる。オペレーションの拡大については幹部自衛官とは異なり求めず、むしろ業務を増やさないことを求めているというところで、自衛隊内でも隊の在り方や方向性をめぐって一枚岩ではないことは既に指摘したとおりである。

また災害派遣といった「従たる任務」のオペレーションが拡大することによる部隊の疲弊や民業圧迫が現状の問題である。政治アクター、殊に都道府県知事との関わり方はその観点からより慎重であるべきであるし、その他自治体の長にも政治利用をされない注意が必要だ。それと同時に災害派遣のために密に連携をとるべきであり、このあたりは非常にバランス感覚が求められるだろう。

現在、世界の安全保障環境が乱れ、日本の安全保障について国民が関心を寄せている中にある。自主防衛機関の自衛隊はそうした中で日本の安全保障の主アクターとなる。現在、争点として挙がる敵基地攻撃能力や防衛費引き上げの議論と合わせ、やはり自衛隊そのものの在り方について国民が関心を寄せることも必要ではないだろうか。

私自身、自衛隊の労働環境はどうあるべきか、自衛隊の災害派遣はどうあるべきか、行政との関わり方はどうあるべきか、対外活動はどうあるべきか、様々な争点があることを今回の研修において認識した。国民の間でもこれらの争点について議論することが求められる。

注1)「業者に任せれば」届く批判 自衛隊の任務はどこまで?:朝日新聞デジタル (asahi.com)
注2)災害派遣は自衛隊の「主任務」ではない…国防に支障をきたす可能性も – MAMOR-WEB
注3)同上。
注4)阪神大震災。なぜ自衛隊出動が遅れたか (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
注5)同上。

市川 広大
埼玉県熊谷市出身。慶應義塾大学を卒業後、慶應義塾大学院法学研究科、東京大学大学院総合文化研究科にて修士号を取得。修士(法学)、修士(国際貢献)。専攻は国際政治、国際社会科学。現在は松下政経塾において南西諸島、対馬、台湾、インドにて、日本の安全保障や国際協調について調査・研究を行う。7th Batch Gen-Next Democracy Network 日本代表。