マスクと応募工への対応にみる、存外小狡い岸田政権

沈む豪華客船から海に飛び込ませるため、船長が乗客に次のように呼びかけるジョークは、主要各国の国民性を的確に表現していて思わずにんまりしてしまう。

「飛び込めばあなたは英雄ですよ」:対米国人
「飛び込めばあなたは紳士ですよ」:対英国人
「飛び込むのが船の規則ですよ」:対ドイツ人
「飛び込むと女性にもてますよ」:対イタリア人
「飛び込まないでください」:対フランス人
「みんな飛び込んでいますよ」:対日本人

早坂隆『世界の日本人ジョーク集』より

冒頭に、主体性の乏しい日本人を揶揄するこのジョークを持ち出したのは、岸田政権が最近打ち出した二つの方針に関係がある。一つは、韓国が6日に公表した「旧朝鮮半島出身労働者問題」(以下、応募工問題)への対応の評価、他はこの13日から変更される「マスク着用の考え方」だ。

林外相は6日の臨時記者会見で、同日に尹政権が発表した応募工問題の対応を、「2018年の大法院判決により、非常に厳しい状態にあった日韓関係を、健全な関係に戻すためのものとして、評価します」とし、政府としては「一般に、民間人又は民間企業による国内外での自発的な寄付活動等について、特段の立場をとることは」なく、本件についても「特段の立場をとることはありません」と述べた。

翌7日の記者会見で中央日報の記者から、「自発的な寄付活動について、特段の立場をとることはない」とは「被告企業、三菱重工業と日本製鉄、二つの企業にも当てはまる話なのか」と念を押された外相は、「一般論として、全ての企業に、それは当てはまるということで申し上げました」と応じた。が、『日経』は「韓国財団への自発的寄付、日本の被告企業も容認 林外相」と見出しを付けた。

面白みはないが安定感のある答弁と思う。対照的に、いつも正攻法の高市早苗氏は、辞任を口にした小西議員の挑発に乗り「結構ですよ」と直球勝負。が、豪速球のダルビッシュも大谷も、変化球を織り交ぜてこそのMLBでの活躍だ。高市氏も「当事者が否定している内容を正確だというなら、委員にもその覚悟がおありでしょうね」と笑顔で切り返せなかったか。

応募工問題を韓国内で解決する今般の案は、政権発足直前に朴槿恵を訪ねて謝罪した時から尹氏に期待していた筆者としては、4年前に本欄に寄せた案とは異なるものの、評価する。改めてお詫びもせずに「歴史認識に関する歴代内閣の立場を引き継いでいることを確認する」に留めたし、日本にとってほぼ合格の内容だ。

記者の質問に答える岸田首相
首相官邸HPより

そこで日本人の国民性に関するジョークのことになる。政府は「マスク着用の考え方」につき、これまで「屋外では原則不要、屋内では原則着用」としていたものを、13日からは「個人の主体的な選択を尊重し、着用は個人の判断に委ねることに」する(厚生省サイト)。

この文言に、筆者は岸田政権の「責任逃れ体質」や「小狡さ」といったものを感じる。つまり、なぜ「屋外も屋内も原則不要」にしないのかということ。これまでも「屋外では原則不要」だったとはいえ、外を歩く者のほとんどはマスク姿だ。「みんながしている」のに自分だけノーマスクという訳にいかないのが日本人の性(さが)。

さらに「本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、個人の主体的な判断が尊重されるよう、ご配慮をお願いします」とも付言してある。これでは今後、何か大きなきっかけでもない限り、多くの国民がマスクをしたままという状況が続くのではあるまいか。

これではこの先不都合が起きたとしても、政府は適時方針を変更しているのに従わない国民のせい、とのアリバイ作りにも思える。そんな小狡いことをせずとも、新種のウイルスが現れて事態が変わったら元に戻せば良いのだから、真に国民の不自由を慮るなら「屋外も屋内も原則不要」とすべきと思う。

応募工への民間の自発的寄付についても同様に、「65年に解決済み」の問題であり「大法院判決が不当であることに変わりはない」として、「それらを踏まえた対応をなさると思う」と釘を刺すことくらいは出来たろう。が、政府は民間に判断を押し付けた。

深読みすればそれは、『日経』の見出しもそうだが、「ある種の日本側の歩み寄り」と韓国民に感じさせるためかも知れぬ。事実、野党「共に民主党」内でも、指導部は尹政権の「強制徴用解決法」を激しく批判するし、韓国民の理解が得られる保証もない。が、野党の一部に「『親日対反日』は季節外れのフレーム」という声があがっているとも報じられる(9日の『中央日報』)。

とはいえ、これを契機に基金への自発的寄付に応じる民間企業が出てくかどうかといえば「NO」だろう。応募工判決や慰安婦合意破棄にとどまらず、GSOMIAやレーダー照射など我国の国防に関わる事件をも頻発させた北の代理人文在寅政権の5年間で、日本人の韓国に対する信頼は徹底的に地に落ちたからだ。右派の一部には断交論すらある。

こうした極めて厳しい対韓世論の中では、中朝の核の脅威を強く認識する尹政権が、日()韓の関係改善に腐心した今般の対応を個人として評価するにも勇気が要る。まして消費者の動向に敏感な民間企業が韓国の基金の寄付でもしようものなら、ネットに上げられて炎上し、不買運動を起こされるリスクすらある。

「みんな飛び込んでいますよ」といわれて飛び込む国民性とは、裏を返せば「誰も飛び込まなければ動かない」ということ。もしかすると岸田総理と林外相の宏池会コンビは、「誰も寄付しない」との計算づくで、「自発的な寄付活動」に「特段の立場をとることはない」と述べたのかも知れぬ。

とすれば岸田政権は存外小狡い。防衛三文書や防衛費増額、原発の新増設・運転期間延長などで成果を上げつつあるし、新日銀総裁の下で経済が上向き、税収が増えて増税が回避されでもすれば、加えて九条改正を果たしでもするなら、立派な長期政権になるかも知れぬ、などとの予感も頭を過ぎる。

総理は昨年6月、NATO首脳会合に参加し、豪州、NZ、韓国のアジア太平洋パートナー(AP4)と共に西側諸国における安全保障上の存在感を高めた。防衛三文書の閣議決定もその一環だ。ロシアや中朝の核の脅威は日米同盟のものでもある。韓国を其方に追いやるか、此方に付けるかは、応募工問題で国内右派の留飲を下げる対応をすることより、よほど重要ではなかろうか。