政治家だろうと芸人だろうと、著名人だろうと市井の人だろうと、誰もが自由に情報発信でき、逆に誰もがその人個人の情報を発信される側になり得、また誰でもがそれらの情報に接することが出来る今の時代は、何より個々人が「人としてどうか」と問われる時代でもある。
次期総理の有力候補である河野太郎や茂木敏充が、「仕事はできるが人望がない」との評判で不人気なのはその一例だろうし、昨今のウクライナ事態についての橋下徹発言が炎上しているのも、思想信条を云々する前に、「人としてどうか」が起因しているのではあるまいか。
来月10日、5年間座り続けた青瓦台の椅子を尹錫悦に明け渡す韓国大統領文在寅も、野党や日本の反韓・嫌韓派から「人としてどうか」と言われ続けた人物だった。
その理由の一つに、「自分がやればロマンス、他人がやれば不倫」と言う二重基準や言行不一致を意味する「ネロナムブル」なる文氏の言動がある。「公正で正義の大韓民国」を掲げて朴槿恵の国情壟断や不正蓄財解明を公約した火の粉が、政権を去ろうとする今、自身や夫人に降り注ぐ。
大統領として会見回数も、「不通(プルトン)」と論った朴槿恵をロウソク革命で引き摺り下ろし、国民との対話を公約した割に、150回した師匠格の金大中や盧武鉉の1割にも満たない。都合が悪くなると雲隠れし、夫妻で外国に逃げるのも、嘘の多い政権を率いたこの大統領の常套だった。
そのせいもあってか文在寅の外交は、反日を政治利用した日韓関係は勿論のこと、阿りの底を見透かされた対中関係も、北の核放棄を騙った対米関係も、媚び諂ったその北からも、総スカンを食らう体で、外遊でも一人飯(対習近平)やたった2分の会談(対トランプ)であしらわれる始末。
雲隠れに関しては14日の「中央日報」は、文大統領が最後にやるべきことは「在任中の過ちと失敗について国民の前で懺悔すること」だとし、文氏が「不動産、コロナ、チョ・グク事態、北朝鮮の核問題など内政から外治にいたるまで過ちを一度も真摯に謝罪したことがない」と難じた。
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一方の次期大統領尹錫悦が、変わり身の早い機を見るに敏な人物であることは、文在寅にソウル中央地検検事長(17.5~19.7)や検事総長(19.7~21.3)に抜擢されたにも関わらず、今や文氏の与党と対立する野党の大統領に就こうとしていることからも知れる。
が、これは文氏に「人に忠誠を誓わない」ところを見込まれ、「大統領府でも政権与党でも権力に不正があれば厳正に捜査せよ」と訓示(これも口から出任せだった)されて、検事総長に任命された尹氏なればこそ、大統領に就任してもこの姿勢を貫くなら結構なこと、と筆者は思っていた。
唯一、尹氏について筆者が気に入らなかったのは朴前大統領とのこと。3月25日の東亜日報は、水原地検と国情院世論操作特捜チームを兼務していた尹氏が、朴政権が発足した13年に「国会国政監査で捜査への外圧があったと暴露し、朴氏との関係に溝が生じた」と書いた。
その結果、「朴政権の末期の16年末まで閑職を転々」としていた尹氏は16年12月、国政壟断特検捜査チーム長に就任し、そのことが翌年5月からは文政権のソウル中央地検長として朴政権の主要人物の拘束起訴を指揮し、朴槿恵に「重刑を求刑した」ことに繋がった。
が、その「重刑」を産経の黒田特派員は、「懲役22年とされた彼女の収賄や職権乱用の罪など私利とは無関係で、政治的こじつけだったといっていい」、その「魔女狩り」を「反省すべきだ」とする「自己批判がやっと出ている」と書く(15日の「緯度経度」)。筆者も全く同意見だ。
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その朴槿恵が12日、尹錫悦と会った。
13日の「中央日報」によれば、大邱の朴槿恵宅を訪ねた尹氏は、50分間会談した後の記者会見で、「どうしても過ぎ去った過去があるのではないか」とし、「朴前大統領に人間的に遺憾な感情と心の中から持っている申し訳ない気持ち、このようなことを申し上げた」と語った。
更に「当選してから心配が多くなってよく眠れなかった」と言う尹氏に、朴氏は「大統領の席が重くて大きい。本当に使命感が恐ろしい。当選者時代から激務だから健康に気をつけてほしい」と助言した。
また尹氏が「朴前大統領が在任中に展開した良い政策や業績を継承し、広く広報して名誉を回復することができるように取り組む」と述べると、朴氏は「感謝する」と答えたそうだ。
過去の過ちを認め、本人を目の前に謝る尹氏も偉いが、あれだけの目に遭いながら、恩讐を越えてそれを受け入れ、尹氏の今後を労った朴氏も立派。二人とも国家を思ってのことだろうが、その前に「人として」尊敬に値する。
朴槿恵本人が尹錫悦との恩讐を越えたのなら、もうこのことで批判はすまい。尹氏は大統領として国家レベルで恩讐を超える努力に邁進することだ。それには朴政権の政策や業績を継承するだけでなく、文政権の政策の全てを反面教師として、逆を行くべきだろう。
手始めは、朴政権が末期に取り組み、それが文在寅の朴槿恵引き摺り下ろしを惹起した韓国歴史教科書の是正。即ち、左に偏向し過ぎた教科書を国定化で見直そうとした朴槿恵の取り組みの復活だ。トランプが退任直前に大統領令に署名した「1776委員会」の韓国版ともいえる。
バイデンが就任日にそれを取り消す大統領令に署名したところを見ると、左巻きには痛い政策なのだろう。台湾人の台湾アイデンティー醸成も、李登輝が90年代半ばに取り組んだ、従来の大陸中心の内容を台湾中心の記述に切り替えた歴史教科書「認識台湾」の賜物だった。
1日の「朝鮮日報」は、「日本の歴史教科書歪曲に韓国与党『尹次期大統領はなぜ沈黙するのか』…尹氏側『外交問題を悪用するな』」との見出し記事を報じたが、時間は掛かっても、「認識台湾」のように土台から築き直さなければ、何時まで経っても歴史問題の軛から抜け出せまい。
16日の「中央日報」は「韓国『尹錫悦時代』、韓日関係でまずやるべきこと」と題する記事を載せた。趣旨は北朝鮮の脅威や米中間の対立激化などに上手く対応するには、日本との関係改善による連携が不可欠と言うことで、クアッドやCPTPPへの加盟も日本がカギを握っている。
こうした関係でも、金王朝の主体思想への帰依まで報じられた文在寅と、先ずは真逆の姿勢を北に対して打ち出すことが必要だろう。それが中国への刺激にもなり、日米の信頼を得る第一歩になる。一つ一つ文政権の誤った政策を転換してゆくことだ。
前掲「中央日報」社説にはウォーターゲートの汚名の中で大統領を退いたニクソンが、レーガンからクリントンまでの現職大統領に実用的な助言を行う「賢人」として位置づけられた事例を挙げ、朴槿恵と尹錫悦の和解を論じている。恩讐を越えた日台関係を見るにつけ、望ましいことと思う。