10年に渡る黒田氏の日銀総裁としての歴史は感慨深いものです。バズーカに異次元といった強力な改革路線を提示した点において白川時代を否定し、民主党政権時代のどんよりとした社会や経済の暗雲を突風で吹き飛ばしました。2013年就任から数年間はまさに「日銀に黒田あり」でありました。その間、言い続けたのが2%のインフレです。これはコストプッシュ型ではなく、経済成長としての2%のインフレを目指したものであります。
が、日本で本当にそれが可能だったのか、俯瞰してみると私は日本社会の構造上、厳しいハードルがあったのだと思います。経済成長とは何でしょうか?消費者が量的、質的な追及をすることで消費量が額が増え、企業の生産量が増えることで実現します。あるいは政府部門が支出を増やし、企業の生産が増えることもあります。
が、日本はバブルまでにおいて物的満足度を高めました。その後は買い替え需要ですが、それは頻繁に買い替える人もいれば使える限り全く買い替えない人もいるわけです。食べ物はスーパーで売られる冷凍食品に総菜コーナーは価格的質的な破壊をしました。スマホはデジカメや音楽ツールを不要にしました。そして少子高齢化です。高齢者になれば物欲は下がります。リタイアしている人が最新型のITガジェットを欲しがるか、と言えばそれは難しいと思います。(代わりに高級レストランでお金を使っていると言われそうですが、一般庶民誰でも、とは言えないでしょう。)
サービス支出については欧米と圧倒的差異があります。それは日本にサービスのコスト意識はあまりなかった点です。「スマイルゼロ円」とは言いますが、日本ではサービス料の付加はなかなか困難であります。また建設業においても家の大規模改築や家財道具の買い替えといった住宅関連支出も少なく、20年住んだ家は20年の年季が見えます。北米では住宅へコンスタントに資金を投じて20年の古さを見せない投資はままあります。
そういう意味では黒田氏の挑戦はそもそも相当な難局が予想されました。が、一旦走り始めた黒田路線は爆走機関車ですから止められない、これが2期目を受け入れた理由だと思います。しかし、今思えばそこに黒田氏も安倍氏も関係者にも間違いがあったと思います。1期目を終えた時点でバトンは後任に渡すべきでした。理由は移り変わりの激しい社会経済環境の中で一人のポリシーの賞味期限はどんどん短くなっているからです。よってこのブログでも時々触れてきたように黒田氏の2期目は私は評価できませんでした。
さて、植田氏が正式に総裁として就任します。ずいぶん難しい時期に就任されることになりました。切り口はいくつかあります。①日本経済の大局観 ②黒田路線はいつ修正するか ③アメリカの金融政策との対比感 ④インフレ動向の大局観 を考えています。
日本経済の大局観、それを受けて金融政策からどうドライブするのか、これは大きなテーマだと思います。経済の指標などばかりではなく、日本が置かれている状況を冷静に判断し、5年後、10年後の産業構造を描き、社会の価値観まで俯瞰しないと大局観は見えてきません。そしてそれは机上ではなく、人々のマインドから見えることも多いと思います。この辺りの思慮の深さを期待したいと思います。
黒田路線の修正ですが、これはいつかは行うと思いますが、今年はないかもしれません。なぜなら国会の委員会で現状の緩和路線は正しいと正副候補が表明しているからです。但し、YCCなどテクニカルコントロールは学術的には緩和路線とは一線を画するものだと私は考えますので早ければ夏前にもYCC撤廃に踏み込むのではないかと思います。
2つ目のアメリカ金融政策との対比感ですが、これはとりもなおさず、為替に影響します。それ以上にアメリカがあれだけ利上げできるのになぜ日本は出来ないのだ、という素朴な疑問はあってしかるべきです。私はアメリカはもうそれほど利上げできないとみています。せいぜいあと2回合計0.50%程度です。ドル指数はピーク打ち、円は高くなるバイアス予想で以前と変わりません。これは植田氏にとってはやりやすいポジションだと思います。差が開く一方では間接的影響は大きいですが、そもそも論からすると「何かがおかしかった」と思います。
最後にインフレ動向の大局観ですが、黒田氏は年後半にテーパーオフするとみていました。私は真逆で物価水準は緩やかに上昇を続けるとみています。特に今年の夏ごろは階段を一段あがるようなインフレがあり得るとみています。モノの価格が上がっている中で4月から給与も上がってくるので消費の絶対額が増えるためです。インバウンドも盛況になるでしょう。
黒田時代は2%の呪縛でした。最後の追い込みの頃にコストプッシュ型のインフレとなり4%もの水準となったものの黒田氏が望んでいる本来のインフレではありませんでした。今月発表のCPIは電気代の政府補助で3%台半ば/後半ぐらいまで下がるかもしれませんが、本来のインフレが戻る日が確実に来るとみています。それは欧米発のインフレで輸入物価の上昇し、企業の仕入れ物価が忍耐の域を過ぎ閾値を超えたからです。人々は働かないと食べていけなくなりました。賃金格差修正も進むのでしょう。ある意味、日本のデフレという構造的問題にひびが入り始めたとも言えないでしょうか?
おとうさんの「センベロ」はないかもです。学生じゃないんだからせめて1500円は出しましょう。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年3月15日の記事より転載させていただきました。