イスラエルの「イラン包囲網」に綻び:中国がサウジとイランを仲介

サウジアラビアとイランが中国の仲介で外交関係修復で合意したというニュースには正直言って驚いた。イスラム教には多くの宗派が存在するが、2大宗派はスンニ派とシーア派だ。サウジはエジプトと共にスンニ派の盟主であり、イランはシーア派の指導国家だ。そして両国の関係を調停した中国は無神論国家の共産主義国だ。この全く異なる3者が会合し、対立していたサウジとイラン両国が外交関係樹立で合意したというのだ。少し遅くなったが、サウジ・イランの外交関係再開についてまとめておく。

ネタニヤフ首相、習近平国家主席と会談(2017年3月21日、「イスラエル・ホイテ」サイトから)

今回の両国交渉では、サウジからアイバーン国務相、イランから国防、外交を統括する最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長、そして中国共産党政権の外交トップ、王毅・共産党中央政治局員が参加し、北京で6日から10日の間協議し、共同声明に署名した。3カ国の声明によれば、サウジとイランは外交関係を再開し、主権の尊重と内政不干渉を確認し、2カ月以内に両国の大使館を開設することになった。

(シーア派とスンニ派の対立は、7世紀のイスラム教の初期にさかのぼる。焦点は、預言者ムハンマド(632年没)の正当な後継者=カリフをめぐる争いだ。ムハンマドの死後、その忠実な弟子からカリフが選ばれたが、ムハンマドの血縁関係者が異議を唱え、独自のカリフを選んだことから、イスラム教は分裂していった)

イランとサウジ両国は2016年1月、サウジでイスラム教シーア派の指導者が処刑されたことをきっかけに、テヘランのサウジ大使館が襲撃され、それ以来、両国の外交関係は断絶してきた。今回の両国合意は、一般的にはイスラム世界にとってグッドニュース、イスラエルにとっては「深刻で危険な動き」、そしてイランにとっては「外交の勝利」と受け取られている。

欧州のイスラム専門家は、「イスラム教とユダヤ教とのいがみ合いより、スンニ派とシーア派の対立のほうがより深刻だ」と語ってきた。そのスンニ派のサウジとシーア派イランの関係正常化は中東ばかりか、世界の動きにも少なくない影響を与えることは必至だ。同時に、イランの核開発計画を阻止するためにスンニ派諸国と「反イラン包囲網」を構築してきたイスラエルにとっては大きな外交的後退となった。

ベネット元首相はツイートで、「サウジとイランの合意は、中東でスンニ派政府と反テヘラン連合を構築しようとするイスラエルの努力の失敗を意味する。イランに対する地域防衛壁の崩壊だ」と述べている。ネタニヤフ首相が率いる与党リクードのクネセト(国会)の外交政策および安全保障委員会委員長のユリ・エデルスタイン議員も「合意は、イスラエルと自由世界全体にとって非常にマイナスとなる」と強調し、大きな衝撃を受けていることを明らにしている。

イスラエルはこれまでサウジとの関係正常化のために密かに接触してきた。サウジにとってもイランの核開発は大きな脅威だ。そこでイスラエルはサウジとの関係正常を希望し、リヤドにシグナルを送ってきた。ネタニヤフ首相にはサウジを含む通称「アブラハム合意」の拡大でイランに対抗する考えだった。

参考までに、イスラエルと国交関係を樹立した中東・アラブ諸国はエジプト(1979年3月)とヨルダン(1994年10月)の2カ国だけだった。しかし、トランプ前米政権時代の2020年、UAE(2020年8月)、バーレーン(同年8月)、スーダン(同年10月)、モロッコ(同年12月)のアラブ4カ国と次々に国交正常化している。イスラエルにとって残された最大の外交目標はサウジとの関係改善だったのだ。

ネタニヤフ首相は10日、訪問中のローマで、サウジからハイファへの鉄道路線で両国間の関係を正常化するというビジョンに言及している。同首相は、「私の目標は、サウジアとの正常化と平和の実現だ。鉄道構想は、サウジとアラビア半島をヨルダン経由でハイファ港に接続するものだ。追加する必要があるのは、200キロメートルの鉄道と、アラビア半島から地中海への直接の石油パイプラインだけだ。それによって、スエズ運河なしで、ヨーロッパが必要とするエネルギー供給をより効率的にできる」と述べている。

ところで、イスラエルが司法改革問題で国内が分裂している中、イスラムの世界では宿敵同士だったサウジとイラン両国が正常化に乗り出してきたことについて、アラブ諸国のメディアは「アラブがイスラエルに対抗できるチャンスだ」と報じているほどだ。

「イスラエル・ホイテ」通信のアミッド・シュナイダー記者は12日付の記事で、「サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、イスラエルは現在、イランの核計画に対して信頼できる軍事作戦を行うことができないと認識し、イランと和解することを決定した。サウジの決定は米国指導者に対する不信感の表明でもあると共に、イランを孤立させることを約束したネタニヤフ首相のビジョンへの失望でもある」と分析している。

スンニ派のエジプトは、サウジ・イランの新しい同盟を称賛。ヨルダンとバーレーンも同様に「イランとサウジの新たな友好関係を歓迎し、中東の安定を願う」と喜んでいる。レバノンのヒズボラ、パレスチナのハマスは、「両国の合意はイスラエルのパレスチナ占領に反対するイスラム教国を団結させる」と評価している、といった具合だ。

今回のサウジとイランの外交合意に脅威を感じるのはイスラエルだけではない。セキュリティ専門家のロン・ベン・アイシャイ氏は、「ワシントンはエルサレム以上に今回の件を深刻に受け取るべきだ。中国の習近平国家主席による戦略的な外交的および経済的成果に直面し、ワシントンの中東政策は無意味になり、中国の影響はますます強力になってくる」と指摘している。

バイデン大統領は昨年7月、サウジを訪問、実力者ムハンマド皇太子と会談して2018年の記者殺害事件の人権問題で冷え込んできた両国関係の改善に努めている。一方、サウジは昨年12月、習近平国家主席をリヤドに迎え、両国の「包括的戦略パートナーシップ協定」を締結した。そして3月10日、サウジは中国の仲介で宿敵イランと外交正常化で合意したわけだ。

ちなみに、王毅・中国共産党政治局員は10日、サウジとイランの外交関係修復の合意を「対話と平和の勝利」と自賛、「サウジとイランの関係改善は中東地域の安定への道を開く」と誇示している。

サウジとイラン両国の合意は確かに衝撃的だが、問題はその合意が実際に履行されるかどうかだ。正念場はイエメンの内戦問題。2015年、イランの影響力拡大を嫌ったサウジのムハンマド皇太子がイエメンに軍事介入し、内戦が泥沼化した。イランは2012年からレバノンのヒズボラと共にシリア内戦に介入し、2014年以降はイランに忠実なシーア派民兵と共にイラクでのイスラム国(IS)との戦いに参加し、15年以降、イエメンのフーシ派を支援し、サウジと闘ってきた。イランが反政府勢力フーシ派への軍事支援を止めなければ、サウジは今回のイランとの合意を解消するだろう。

一方、イスラエルの立場だ。ネタニヤフ首相はワシントンに本拠を置くイランのラジオ局に英語でインタビューに応じ、イラン国民に向けた演説で、「世界がテヘランの核兵器取得を阻止しなければ、恐ろしい核戦争が勃発するだろう」と警告、同時に、「わが国が分裂している時、シーア派とスンニ派の統合が行われた。イスラエルも敵から学び、緊急に団結しなければならない」と、国民に結束を呼び掛けている。

最後に、サウジ・イラン間の交渉で調停役を演じた中国についても少し言及する。中国新疆ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。中国共産党政権はそのウイグル人を強制収容所に集め、同化政策を行っている。米国は中国共産党のウイグル人政策をジェノサイドと呼び批判している。イスラム教国のサウジ(スンニ派)とイラン(シーア派)は中国共産党政権の宗教弾圧をいつまでも黙認できるだろうか。いずれにしても、中国、サウジ、イランの3国は国際社会から人権弾圧を批判されてきた。その意味で3国は同じ汚点を抱えているわけだ(「中・イランは『収益性高い価値連鎖』?」2023年2月18日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。