パウエル議長にも重かった厳しい選択:FOMCに株価はやや過剰反応

アメリカのFOMCがこれほど注目されることもないでしょう。今回、0.25%の利上げを決定しましたが、利上げ幅云々の議論は二の次で、パウエル議長が金融不安について記者会見でどのように釈明するのかがキーでありました。

パウエルFRB議長 Board of Governors of the Federal Reserve System SNSより

個人的にポイントは2つありました。

1つ目のポイントはFRBの傘下であるサンフランシスコ連銀の責任問題です。SVBの倒産は同連銀の監督下にあったわけですが、危機的な兆候は数か月前からあったのにそれを見落としていたというものです。同連銀総裁はメアリー デイリー氏ですが、同氏は労働経済学の専門家でSVBが陥っていた問題に気が付かなかったという半ばヒューマンエラーではなかったか、という指摘です。

連銀(連邦準備銀行)はアメリカに12か所あり、管轄地域の金融機関の監督、行政及びドル紙幣の発行を行っています。連邦準備理事会(FRB)がこの12の連銀を総括しており、連邦市場公開委員会(FOMC)の議長がパウエルさんということになります。よって当然、パウエル議長はサンフランシスコ連銀は管轄下にあるわけで言及しない訳にはいかないわけなのです。

この件についてパウエル議長はバー副議長を中心とする調査チームが鋭意精査しており、来週にはその経過を委員会で報告することになるが、自分はそこには一切かかわっていないのでコメントできないとしました。ただ、議長は今回のSVB問題が想定外のスピードで預金流出した点を強調しており、問題発生のメカニズムの解明を期待しているとしています。

もう一つはアメリカ発の一連の金融問題で飛び火したクレディスイスの問題における落とし穴の存在です。他国の銀行の問題でしたし、議長へも質問がなかったので答えはお預けです。それは同行の実質破綻によって無価値となったAT1債の件です。非常に専門的な債券で一般の方にはまるで無縁、また個人向けの直接販売もないことから知られていません。今回、無価値という決定を誰がしたのか知りませんが、その判断が金融市場で激震になったのです。

AT1債の発端はリーマンショックの時、政府が多額の資金を銀行に注入したことにあります。これをベイルアウトと言うのですが、それでは税の使い方の点で国民が納得しなかったので新たに投資家にその役目と責任を負ってもらうべくベイルインという発想から生まれたのがこのAT1債で永久劣後債です。債券と株式の両方の性格を持ち合わせています。劣後債の特徴は利回りが高い点で欧州では平常時でも7%を超える利回りで取引されていました。

AT1債の世界の市場残高は現在30兆円程度で8割が欧州系銀行による発行です。今回問題になったのはクレディがUBSに買収されることで一般株主がごくわずかながらも弁済される一方、AT1債所有者が全損になるという「世紀の逆転劇」が起きたことで常識を覆してしまったのです。

クレディの無価値になった2.2兆円規模のAT1債を持っているのは誰かという「被害者探し」も既に始まっており、日本では一部の投資信託で若干組み入れられていることが判明しています。しかし最大比率でも1%以下なので影響は少ないでしょう。

問題は欧州のAT1債市場で、クレディの問題が生じた直後からこの利回りが急騰、概ね2倍の10数パーセントになっています。取りも直さず、普通株よりリスクが顕在化したAT1債の投資家が激減したという意味です。

これでは銀行がAT1債を通じた資金調達が出来ず、自己資本比率の拡充が出来ないため、貸し出しを減らさざるを得ないという銀行業の圧迫につながるのです。非常に平たく言うとこういう説明になると思います。これはパウエル議長の業務範疇ではないのですが、貸し出しの圧縮による経済のシュリンクリスクという観点から金融政策の立場を聞いてみたかったです。

会見を全部見て思ったのはパウエル議長は今回はあまり歯切れがよくなかった点です。いつものクリアで自信にあふれた回答というより言えないことを心に秘めたやり取りであったこと、利上げの先行きのゴールが見えたこと、パウエル氏がタカ派からややハト派に転じたことが注目されます。

株価は「年内の利下げは検討していない」と明白に否定した点を嫌気していますが、株価はやや過剰反応だと思います。一旦は落ち着きどころを目指す展開になると予想しています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年3月23日の記事より転載させていただきました。