銀行連鎖破綻で確認できた米ドル覇権の終わり

こんにちは。

3月10日にシリコンバレーバンクが破綻してから、おなじくアメリカのシグネチャーバンクも破綻し、アメリカ中で中堅以下の規模のさまざまな銀行について経営不安を指摘するニュースが相次いでいます

大西洋を隔てたヨーロッパでは、スイスで2番目に大きく、グローバルなシステム上重要な銀行にも数えられていたクレディ・スイスが、同業者による救済合併と国有化の悪いとこどりをしたようなスキームでUBSに吸収されました。

欧米銀行業界の波乱はまだこんなもので収まるはずはなく、経済の神経とも血液ともたとえられる金融が機能不全を起こせば、当然経済全体に大きな影響を及ぼします。

そこで今日は、今回の銀行危機の意味と、その解決がどんなふうに世界を変えるだろうかという点を論じたいと思います。

robertsrob/iStock

こんどの含み損はとんでもない金額

まず、ご注目いただきたいグラフがあります。

2007~09年の国際金融危機当時、「アメリカ中の有力都市銀行、証券会社が軒並み破綻するかもしれない」と言われていた頃のアメリカ銀行業界全体の証券投資による含み損は、ピークで750億ドル(約9兆7500億円)弱でした。

それに比べて、直近の銀行業界全体の証券投資による含み損は10倍に近い7000億ドル(約90兆円)前後に膨らんでいます。アメリカのGDP23兆3000億ドルを全額損失の穴埋めに充てたとしても、損失一掃には4年近くかかる計算になります。

国際金融危機では、見せしめ的にリーマン・ブラザーズが破綻させられ、ベア・スターンズが破格の安値でJPモルガンに買収された以外には、銀行・証券業界大手はほとんど政府の資金で救済されました。

AIGという大手保険会社は、客のカネで大バクチを打っていたし、保険会社の倒産はあまり大きな影響を金融市場全体には及ぼさないのですが、それでも「大きすぎて潰せない」という非論理的な理由で救済されました。

どうやらアメリカの銀行業界は「ギャンブルをして成功すれば儲けは自分のもの、損が出れば政府に救済してもらえる」という虫のいい教訓を学んでしまったらしく、アメリカ株が順調に上がりつづけていくうちにどんどん賭け金を積み増ししていたようです。

2021年の春ごろから、真剣に量的緩和(金融業界への現金ばら撒き)を止め、フェデラルファンド金利も引き上げて、インフレ退治に取り組んでいたはずのアメリカの中央銀行、連邦準備制度(FRBまたはFed)も予定外の総資産の増加を余儀なくされました。

ご覧のとおり、Fedは去年の4月中旬には8兆9700億ドル(約1170兆円)まで膨れ上がっていた総資産を今年の3月上旬には8兆3400億ドルまで圧縮してきました。

上段のグラフでは、国際金融危機以降、とりわけコロナ騒動以降の伸び方がすさまじいので約6300億ドルの圧縮はあまり大きな変化に見えません。でも、日本円に直せば80兆円強ですから、かなり大きな変化だったのです。

ところが、Fedの総資産はその翌週には8兆6400億ドルに増えていました。ほぼ3000億ドル(40兆円弱)増えたわけです。下段のグラフは、約11ヵ月かけた資産圧縮の成果が、たった1週間でほぼ半減してしまったことを示しています。

1国の中央銀行にとって、手元にある自国通貨が増えるのは債務を回収しているのであって、資産の増加ではありません。中央銀行にとって資産の増加とは、現金を払い出して民間から国債や担保付証券などを買ってやるか、借りて(一時預かりして)やることを意味します。

つまり、これまで収縮していた市中に出回っている現金の量が確実に増えているわけです。そこから「Fedはせっかくのインフレ退治路線を諦めてしまった。これでインフレが再燃するだろう」とお考えの金融業界関係者もいらっしゃるようです。

ただ、インフレ再燃論は今後Fedが直面するであろう難局について、どちらかと言えば楽観的な見方だろうと、私は思っています。

自己資本の数倍から数十倍にのぼるカネを借りられるし、実際に借りて運用している大手金融機関にとって、借りたカネの元利返済負担は元の値段のままなのに、その実質価値はどんどん目減りしていくインフレは、よっぽど急激にならないかぎり、歓迎すべき状態です。

逆に、金融機関にとっては借りたカネの元利返済負担は元のままなのに、あらゆるものの値段が下がってカネの実質価値が上がるデフレこそ恐れるべき状態なのです。名目的には元のままの元利返済負担が、実質では時が経つにつれて膨らんでいくからです。

私は、金融業界にとっていちばん怖いデフレにつながるカネ詰まり状態が、今起きはじめていると見ています。

こんなに違う大手銀と中小銀の資金繰り環境

次のグラフと表の組み合わせは、ほとんどの方が想像もしていなかったであろう金融業界の実情を端的に示しています。

日本のバブル崩壊よりも前、アメリカでブラックマンデーと呼ばれた株価大暴落が起きた1987年よりも前から、銀行業界全体の融資総額に占める大手銀行のシェアが減少し、中小銀行のシェアが増加しつづけているのです。

1986年の時点では大手83%対中小17%だったのが、2022年には大手60%対中小40%ぐらいに接近しています。とくに、ハイテクバブルが膨らみはじめた1996年前後から、シェアの接近に加速がついています。

「銀行とは客から預かった預金に金利を払いながら、もっと高い利回りをあげられる融資で運用して、利ザヤを稼ぐことを本業とする金融機関である」という定義が今も通用するなら、1980年代半ば以降中小銀行は本業でどんどん大手のシェアを奪っているのでしょうか

じゃぶじゃぶの量的緩和のまっただ中ではそう見えましたが、預金金利もゼロに近い反面、融資で得られる金利収入も微々たるものという薄利多売的なシェア拡大でした。

そして、Fedが本格的な引き締めに転ずるや否や、このやや無理のあるシェア拡大の咎めが出てきました

下段表にある総資産に占める現金比率にそれが表れています。2021年第4四半期から2022年第3四半期までの3四半期間で、大手の現金比率は2~3パーセンテージポイント下がっただけなのに、中小の現金比率はほぼ半減しているのです。

いくつかの理由が考えられます。

返済計画の繰延べもふくめて、すでにおこなっていた融資からの元利返済金額が新規融資に回す金額に比べてかなり低いので、手元現金が急激に減っている一時的に資金繰りがむずかしくなった融資先に、健全経営に戻るまでのつなぎ資金を追い貸ししている

どちらにしても銀行としては、経営の自由度をかなり損ねた状態にすでに入っていると考えられます。次のグラフも、同じ傾向を示しています。

前の表の上から2段を中小銀行、下の2段を大手銀行とまとめて、現金準備の推移を2018年から追ったグラフです。

量的緩和にコロナ騒動直後の一時金支給などが重なった時期には中小銀行も大手と同様の現金準備比率上昇を経験したのですが、Fedが引き締めに転じてからほぼ1年で中小銀行は拡大した現金準備をすっかり使い尽くしたようです。

一方、コロナ騒動直前にはほとんど中小銀行並みに現金準備が低下していた大手銀行はコロナ対策でばら撒かれた資金を現金準備の積み増しに使っただけではなく、その後Fedが引き締めに転じてからも、安定して10%台の現金準備を保っています。

というわけで、現代の銀行業界にとって融資とは守り抜きたい本業ではなく、他に収益性の高い事業を展開している企業なら他行に任せたいのが本音という分野になっているようです。

実際に、大手銀行はどんどん伝統的な国内向け融資分野を縮小し、投資、投資顧問、海外直接投資、海外企業への融資といった分野を拡大しています。

さらに、このグラフに出ているもう1本の折れ線、マネーマーケット投信によるリバースレポのFed総資産に占めるシェアが激増しているのも、大手に有利で中小には不利な状態なのです。

リバースレポとは金融機関にとって非常に有利な仕組みで、手元にある米国債をひと晩Fedに貸す(形式的には翌日買い戻すという条件付きで売る)だけで、翌日買い戻すときには日割り計算の金利分だけ安くなった価格で買い戻せるのです。

1日だけでは大した収入にならないとお考えかもしれませんが、現在Fedが翌日売り戻すためにリバースレポで買っている米国債の総額は総資産の約25%、実額にして2兆ドル強ですから、1日当たりでもバカにならず、毎日繰り返していれば大きな金利収入になります。

ただ、運転資金からなるべく高い金利を求める中小銀行はごく最近まで金利がゼロ%近辺に低迷していた米国債をあまり多く持っていないので、ここでも大手銀行のほうがはるかに有利になっているわけです。

大手優位は経済効率だけの問題ではない

米国経済が運営している事業自体の効率性で勝負の決まる世界なら、優勝劣敗で大手がどんどん収益性の高い分野のシェアを広げ、中小が収益性の低い分野に押しこまれて資金繰りに苦しんでも仕方のないことだと思います。

ところが、ロビイングという名の贈収賄が合法的におこなわれているアメリカでは、ガリバー型寡占企業が現れると、その企業に都合のいいようにロビイングによって法律や規則が変えられていき、強者がますます弱者を圧迫する世界になっています。

その結果、ガリバー型寡占の存在する産業では、その企業のおかげで業界全体が高収益化する一方、不動産業や建設業のような地場産業で全国大手の存在しない業界では、慢性的に資金繰りに苦しみ、融資も中小銀行からしか得られない構造になっています。

ですから、破綻する銀行が中堅以下に限られているかぎり実体経済への影響は軽微だという考え方は間違っています。そのへんの事情をみごとに浮かび上がらせているのが、次の4枚組グラフです。

ご覧のとおり、リスクが大きい割にあまり儲からない商業用不動産開発向けの融資では、中堅以下の銀行によるローンが全体の約80%を占めているのです。

その商業用不動産市場では、ショッピングモール不況は2010年代からすでに始まっていて、コロナ対策のロックダウン以後、深刻さを増しています

オフィス市場では、ロックダウンが終わってからも、在宅勤務比率が高止まりしていて、今は占有率が高くても、今度移転するときは規模を縮小した移転にすると計画している企業が多く商業用不動産に貸しこんでしまった中小銀行は、まさに内憂外患という状態です。

また、預金の何パーセントを融資に使えているかを示す預貸率の考え方も、1980年代に比べれば様変わりしています。

当時は預貸率8割未満の銀行は経営が拙劣だと批判されたものですが、現代では預貸率が84%以上だと、目いっぱい貸しこみすぎて経営の自由度が低いと警戒されているようです。

融資が魅力を失った主な要因は?

というわけで、冒頭でご覧いただいた銀行業界全体が2022年に記録した証券投資による莫大な損失額も、必ずしも「どんなに巨額の損を出しても、きっと政府が尻拭いしてくれる」という無責任なスタンスから生じたとばかりは言い切れないようです。

大手銀行に比べてかなり経験の浅い中小銀行による株式投資は、いわゆるFAAMNG+T(メタ、アップル、アマゾン、マイクロソフト、ネットフリックス、アルファベット、テスラ)中心の金太郎飴的なポートフォリオになりがちだったのでしょう。

これら花形銘柄が順調に値上がりしていた2021年までは良かったけれども、S&P500全体と比べてもこうした銘柄のほうが値下がり率が高かった2022年の相場では、無残な運用実績に終わったということかもしれません。

なぜそこまでして証券投資事業を拡大したかと言えば、最大の理由は重厚長大型製造業が経済全体を引っ張る時代は過ぎ、軽薄短小なサービス業が経済を引っ張る時代になって、大型融資案件が激減したことでしょう。

サービス主導の経済は、巨額の資金を必要とする大型設備投資によって勝負が決まる世界ではありません。上に列挙した花形企業の中でも、大型設備投資の業績寄与度が大きいのは、アマゾンとテスラの2社だけと言ってもいいでしょう。

ハイテク大手の時価総額が驚異的に膨らんだ2022年年頭の時点でもハイテク企業の設備投資総額は、業績も株式市場の評価もパッとしない素材産業の設備投資額に遠く及ばなかったのです。

と考えれば、すでに1980年代半ばから融資におけるシェアを中小銀行に譲りはじめていたアメリカの大手銀行は、時々大失態を演ずることはあっても、先見性を持った経営をしていたと考えていいでしょう。

いまだに融資中心の事業展開をしている中堅以下の銀行で深刻なカネつまりが生じていることは確実です。

上のグラフタイトルにある優遇信用(Primary Credit)というのは、昔は割引窓口(Discount Window)と呼ばれていた、財務的に逼迫した金融機関へのFedによる緊急融資のことです。

利用する金融機関から「割引窓口を使ったというだけで、経営不安のうわさが出るので、なんとかしてくれ」と言われて看板だけを付け替えたのです。

利用額が、3月15日の週から22日の週にかけて倍増近い伸びになっているのが不気味です。また、この最新の速報値に近い実績が出れば、国際金融危機のピーク時より約4割利用額が多くなっていることになります。これも、今回の金融危機の根の深さを示唆しています。

大戦争もなかったのに、マネーサプライが減少?

つい最近、第二次世界大戦以降のアメリカ経済では一度も起きていなかったことが起きていたことが判明しました。2022年のマネーサプライM2の伸び率が低下するのではなく、マネーサプライ自体がマイナス2%と減少に転じたのです。

これまでのアメリカ経済のパターンとしては、まず戦争特需で急拡大したマネーサプライの伸びをそのまま平時にも維持していたことが出発点となっていました。

生産力の増強が追いつかないほどの量の貨幣が出回っていたのでインフレ率が高まり、あらゆるモノの価格が一般大衆の手の届かないところまで高騰しました。

その結果、売れ行き不振、大量解雇、倒産の激増でマネーサプライも縮小し、失業率も2ケタに達するという状態に追いこまれたのです。

1870年代不況は、イギリスなどヨーロッパ諸国の農業不況の影響もありましたが、アメリカ国民の命と資産を奪うことにかけてはどの対外戦争より被害の大きかった南北戦争という内戦からの復興需要が一巡して、収縮に転じたことがきっかけとなっています。

1893年には当時独立王国だったハワイで、外国人として居留していたアメリカ人が王政打倒のクーデターを起こし、いったん共和国としての独立を承認して、のちにアメリカ統治下に置くといった一連の事件が起きています。

アメリカが大戦争に取り組んだ場合の特徴として、独立直後の米英戦争以外では外敵の侵入による生産設備などの被害は皆無に近かったことがあります。

その結果、国民の日常どおりの需要を満たすための生産活動はほぼ平常どおりにおこないながら、兵器、弾薬、糧食などの製造と戦地への搬送といった戦争特需は、ほとんど全部追加的な需要となったので、経済活動の拡大率が非常に高くなりました

逆に戦争特需が消え去ったあとは、それまで抑制していた日常生活の需要を戦前並みに拡大し、戦争で破壊された資産を再構築するという埋め合わせ要因もあまり大きくないので、深刻な経済活動の収縮が起きました。

だからこそ、マネーサプライも減少し、失業率も10%を超えていたわけです。しかし、第二次世界大戦後は、戦争特需が丸ごと追加的な需要になるので、戦後の反動も大きいという現象は見られなかったようです。

この点については、第二次世界大戦中は抑制されていた自動車や冷蔵庫の購入が1945~49年に激増したことが、戦争特需の減少を埋めたとする説もあります。

ですが、第二次大戦の直前まで1930年代大不況の渦中にあったアメリカ国民にとってこれらの耐久消費財は高嶺の花でした。

本来買えるはずだったものの購入を戦争中は抑制していたわけではなく、戦後ヨーロッパ復興景気で輸出が増加し、戦前はとうてい買えなかった層にまで耐久消費財を買うだけの購買力が行きわたったと考えるべきでしょう。

戦争特需に代わるヨーロッパ復興特需がはげ落ちたときにも、アメリカは第一次世界大戦後のような短いけれども深刻な不況も、1930年代のような長く深刻な不況も経験しなかったのです。

さらに、第二次世界大戦以降で、アメリカが関与した最大の戦争はおそらくベトナム戦争でしょう。このときアメリカ経済がどう反応したかを、第一次世界大戦直後の1920~21年不況との対比で見てみましょう。

1920~21年の不況では戦前の4~5%という貨幣供給伸び率よりはるかに高い水準を戦後まで持ち越してしまったために、戦時インフレもそのまま高止まりし、高すぎて買えないものが多くなり、不況、大量失業へと突き進み、その結果物価下落率が11%となりました。

一方、1970年代を見ると、1970年代から1980年まででインフレ率が10%を超えたのは3年だけです。70年代前半は貨幣供給率が12~14%の高原状態にあった割に、インフレ自体はあまり持続的ではありませんでした。

これを1979~87年にFedの議長を務めていたポール・ボルカーの果敢なインフレ退治、つまりインフレ率が3~4%に低下するまでしゃにむに金利を上げつづける政策の成果と見るのは、一種のおとぎ話に過ぎないと思います。

1979年にアメリカのインフレ率が13.9%に急騰したについては、ふたつ大きな要因がありました。

ひとつ目は、OPEC諸国による原油価格のバレル当たり約18ドルから30ドル台への値上げ、いわゆる第2次オイルショックです。ふたつ目は、ハント兄弟の銀買い占めに端を発した貴金属を中心とする商品市況の高騰です。

原油価格は、1980年代前半を通じて30ドル台半ばで安定していました。商品市況一般については、1980年1月に金がトロイオンス当たり800ドルという突飛高を演じたあと急速に下落し、それにつれて鎮静化しています。

1973年の第1次オイルショックで原油価格が一挙に4倍になってもアメリカのインフレ率上昇が一過性にとどまったことを考えれば、ボルカーが何をしようと1970年代末から80年代初めのインフレは短期間で終息していた可能性が非常に高いのです。

結局のところ、第二次世界大戦以前にはアメリカが大きな戦争に関与するたびに起きていた戦後ブーム、その反動としての不況、貨幣供給量収縮、デフレが、第二次大戦後は一度も起きなかったことは謎にとどまるのでしょうか。

私は、この謎を解くカギはあると思います。戦後初の平時立法とも言うべき、「ロビイング規制法」の成立によって、企業家たちはどちらも反動の怖い生産量の増大や価格のつり上げに頼らなくても増益を確保する手段を手に入れたのです。

それが議員や官僚をワイロで動かして、自社に都合のいいように法律や制度を変えてしまうことです。それによって、むき出しの値上げのようにわかりやすいかたちではなく、勤労者の実質所得を下げ、企業利益を拡大する方向にアメリカ経済を牽引してきたのです。

世界中の中央銀行はユーロダラーに勝てない

それにしても、コロナ騒動の渦中にあった2020年のマネーサプライM2の26%増というのは、建国直後の混乱期以外ではまったく前例のない大激増です。いったいどんな戦争がこれだけのマネーサプライ増加をもたらしたのでしょうか

単刀直入に答えを言えば、我々はグローバリストたちによる世界統一政府樹立・全面監視社会化・完全統制経済化を目指す戦争に否応なく巻き込まれているのです。彼らはその軍資金として量的緩和でばら撒かれた各国通貨を利用しています。

不思議なのは、それぞれの国の権力の一端を担っているはずの各国中央銀行の中で、とくに先進諸国の中央銀行がほぼ全面的にこのグローバリストたちの野望に加担していることです。

彼らは独立国の通貨と金利の番人としての権力を放棄せざるを得なくなることに、不満を持っていないのでしょうか

じつは、彼らはもう通貨発行権も金利コントロール権も失ってしまった裸の王様に過ぎないのです。しかも、自分たちが裸の王様であることは知っているけれども、大衆はまだそれを知らないと思って、必死にこの事実をおおい隠そうとしている裸の王様です。

だれが通貨発行権と金利コントロール権を中央銀行から奪ったのでしょうか。特定の人間でも組織でもなく、母国アメリカを離れて少しでも高い金利・配当収入を求めて世界中を渡り歩いているドル、ユーロダラーです。

「紙幣用の紙も、インクも、輪転機も持たず、ユーロダラーとしての紙幣の統一デザインもないのに、どうやって通貨発行権を握るのか」とお疑いかもしれません。国内の取引でも対外取引でも、高額取引はすべて銀行同士の帳簿記入だけでおこなわれています。

札束のような物理的なモノは関与しません。そういう意味で、ユーロダラーは暗号通貨が普及するはるか以前から「仮想通貨」で取引が完結される世界を作り上げています

ユーロダラーには統一指令本部もなく、専任のストラテジストなりアセットアロケーターなりが資金配分を統括しているわけではありません。産業団体とか、職能団体を結成しているわけでもありません。まったく組織の存在しない完全に分権化された世界です。

個々の運用者は、国籍も経歴も違いますが、なるべく自分が受け持っている資金を増やしたいと願っていることは共通しています。個別の事件に対する反応は千差万別でも、全体として景気がよさそうなときには投融資の基準を緩め、悪そうなときには引き締めます

それだけのことで、世界中の貨幣供給量や金利が決定されているのです。たとえば、すでに覇権を失いつつある覇権国家、アメリカを見てみましょう。

消費者物価指数よりずっと敏感にコロナ対策の大盤振る舞いに反応した生産者物価ですが、ちょうど去年の今頃ユーロダラーがいっせいに引き締めに転ずると、あっさり前月比で低下しはじめました。

とくに膠着性が強くて、いったん上昇に転ずると長期化すると言われているサービスの生産者物価指数は、前月比では上昇率の低下どころか、もう下落に転じています。

もっとわかりやすいのが、国際金融危機以降「世界経済の救世主」ともてはやされていた中国製造業とユーロダラーの関係です。

工業生産高をとっても、小売り売上高をとっても、中国経済はユーロダラーが引き締め基調でない時期には横ばいから上昇を維持しますが、ユーロダラーが引き締めに転ずるたびに下落に転じ、ユーロダラー危機が起きるたびに成長率が低下しています。

ふり返ってみれば「社名の最後に.comを付けさえすれば株価が上がる」と称して、ハイテクまがいのうさん臭い企業を量産した挙句にバブルが崩壊した2000~02年頃が、アメリカの先端産業が世界経済を振り回していた時期最後だったような気がします。

その後は表面的には中国製造業、実際にはユーロダラーが世界経済を振り回すようになりました。世界の通貨発行権を握るユーロダラーには、3つの特徴があります。

1つ目は、すでにご紹介した完全に分権的で権威の不必要な世界をすでに構築していることです。

2つ目は、景気のいいときには投融資基準を緩め、悪いときには引き締めるので、景気循環を平準化するのではなく、増幅する傾向があることです。

3つ目はしょせん投資用の待機資金ですから、製造業主導からサービス業主導への転換が進むにつれて、投資機会が減少し、ユーロダラーにとっては危機の時期が長く、平穏無事な時期が短くなることです。

2つ目、3つ目については悪い特徴だと思われる方が多いでしょう。ですが、私はこの2つも積極的に評価できる特徴だと思います。

議論の都合で3つ目のほうからご説明させていただきます。

製造業主導からサービス業主導への転換は、押し戻すことのできない時代の趨勢です。

そこで通貨供給権や金利調整権を握っているのが、投資機会の多い少ないで景況を判断する人たちだったら、延々と危機が続いた後にほんのちょっと小春日和、そしてまた危機と陰々滅とした世界になってしまいます。

「こんなことではいけない。投資ではなく、消費を基準に景況を判断するようにしよう」と考える人が増えれば、もっと生活の豊かさを尊重し、経済に占める金融の役割の小さい社会が誕生します。

その通過点としては、てんでんばらばらに景況判断をするからあちこちに逆張りをする人も出てくるので、景況も厳寒にも酷暑にもなりそうもないユーロダラー本位制を一度正式に採用するのはいいことだと思います。

中央銀行がグローバリストに加担するわけ

景気循環を平準化するより増幅したほうがいいと思うのは、千にひとつとか万にひとつの成功を願って投資をするのはやはり気が大きくなったときだけの特権のようなもので、そういう機会はたまにあったほうがいいからです。

また、みんなが景気が悪いと思って委縮しているときにあまのじゃくに冒険しようとする人が成功したときの報酬も大きくなります。

ただ、それはあくまで個人個人の判断が集合的にそうなってしまった場合の利点です。中央銀行のような統一された組織が景気循環を増幅する方向に突っ走ると、逆張りができないので壮大なバブルができ、そのバブルが突然崩壊すると延々と不景気が続いたりします

ところが通貨発行権も金利調整権も失っているのに、まだ持ちつづけているふりをしようとする中央銀行は、必然的に景気循環を増幅する方向に動かざるを得ないのです。

どうもユーロダラーに通貨発行権を奪われるかなり以前から、中央銀行の当事者たちは自分たちの権限が「軽蔑すべき投機屋たち」に奪われつつあると感じていたようなのです。

もう失った権限をまだ持ちつづけているふりをするには、どうすればいいでしょうか。

景気が良くなりそうだと思ったら、通貨供給量を増やし、金利を下げて景気浮揚策を取っている体裁を整えます。そうすると、実際に景気が良くなったときに「中央銀行が適切な措置を取ったから、景気が良くなった」と褒めてもらえます

まあ、たまにはへそ曲がりがいて「もう景気は良くなる方向に進んでいたのにさらに拡大策を取ったから、過熱してしまったじゃないか」と文句を言われる程度のことはあるでしょうが。

景気が悪くなりそうだと思ったときに、通貨供給量を絞りこむとか、金利を引き上げるとかのわざわざ景気を悪くする政策を実行するには勇気が要ります。「お前らが間違った判断をしたから、景気が悪化したじゃないか」と批判されるに決まっているからです。

でも、誇り高き中央銀行マンの立場に立って考えてみてください。「お前らが間違った政策を実施したから景気が悪くなったじゃないか」と言われるのは、自分たちが通貨供給量や金利を決定する権限を持っていると認めてもらえているからこそです。

実際に何の権限もないと見透かされて「あいつらはアナウンスメント効果とか、期待の醸成とか、通俗心理学者の気休めのようなことを言っているだけで、なんの権限もない連中だ」と言われるよりははるかにマシでしょう。

次のグラフを見ると、歴代の連邦準備制度議長たちは、かなりの覚悟を持って景気が悪くなりそうなときに、わざわざ利上げをくり返した形跡が濃厚です。

ここまであれこれ考えてきて、なぜ先進諸国の中央銀行がグローバリストの提唱する中央銀行デジタル通貨に賛成しているかが、やっとわかってきました

彼らだって、失ってしまった権限を持っているふりをいつまでも続けるのはつらいでしょう。通貨発行権や金利決定権を市場の風任せから、自分たちの手元に取り戻したいと思っているのです。それには市場の働きをほぼ完全に封殺する統制経済しかないとしても。

これが、だれも通貨供給権も、金利決定権も持っていない世界がいちばんいいけれども、中央銀行とユーロダラーから適任者を選べと言われたら、私はユーロダラーを選ぶ理由です。

増田先生の新刊「人類9割削減計画」が好評発売中です。ぜひご覧ください。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年3月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。