女性のプレゼンス
このところ英国のテレビを見ていると、女性が表に出る例が目立つ。特にニュース番組だ。司会者、現場を伝えるレポーター、ゲストとして出演する専門家が全員女性であることも珍しくない。
「また女性か」。筆者の隣でテレビを見る家人がつぶやく。「いや、それが悪いっていうわけじゃないけど」と慌てて付け加えた。
ニュース番組で女性の出番が増えたのは、2017年、男性中心になりがちだった出演陣の顔ぶれを変えるため、BBCのロス・アトキンス記者が「男女比50%作戦」を開始したせいもある。
女性重視の風潮が日常的になる中で、「普通の」男性たちのドラマがひっそりと、じわじわと人気を広げてきた。「普通の」とは二枚目俳優として知られるジョージ・クルーニーでも、高齢になってもスーパーマンのように戦闘機を操縦するトム・クルーズでもない男性たち、つまりは私たちの周囲にいる男性たちのことだ。
金属探知機を手に持って
そんなドラマの1つが、BBCの「ディテクトリスト(Detectorists)」。番組の放送開始は、2014年である。教養番組や海外ドラマを放送するチャンネル「BBC4」で、夜10時からの30分番組として登場した。高視聴率の獲得を期待されていないチャンネル、時間帯だ。
「ディテクトリスト」とは趣味で金属探知機を使って、コインや金塊、歴史的遺物などを探す人を指す。
ドラマの舞台は、イングランド東部エセックスに設定された架空の町ダンベリー。「ダンベリー金属探知機クラブ」に所属する中年男性アンディとランスのお宝さがしやクラブ仲間との交流、私生活のドタバタぶりがつづられる。
派遣会社で働くアンディは小学校教師のガールフレンドと一緒に過ごすよりも、7世紀アングロサクソン時代の遺跡探しに夢中だ。「まともな仕事」に就くことを望むガールフレンドに「どうするの?」と問い詰められると、いつも言葉を濁してしまう。仕事にせよ、ガールフレンドにせよ、何かに縛られることを嫌う。気軽に付き合えるランスは別格だ。
一方のランスはフォークリフト運転手でアマチュアミュージシャンでもある。離婚した妻に未練を持ち、元妻が経営する小売店を訪ねるたびに軽くあしらわれてしまう。すごすごと退散するランス。アンディ同様、人との対決は大の苦手だ。
「やらねばならぬこと・やるべきこと」の要求から逃れ、2人が向かうのは遺跡探しの冒険だ。
金属探知機を使って野原で探査作業を行なった後、木の根元に腰を下ろし、他愛ない冗談を言いながら持参のランチを食べる。そよ風が吹いて草木が揺れる。鳥の鳴き声が聞こえてくる。
2人は「退屈極まりない」クラブ仲間と「収穫」を比較し合い、パブに行ってビールを飲む。仲間も仲間の収穫も「たいしたことない」が、自分たちだって実ははたから見たら「退屈極まりない、たいしたことがない」人間だということを知っている。
「ディテクトリスト」はじわじわとファン層を増やし、クリスマス特別番組(2015年)、シリーズ3(2017年)まで続いた。昨年末にもクリスマス特番が放送された。
社会的地位、おカネ、職など世間的基準からすれば「持たざる者」にされてしまいそうなアンディとランス。絶対にクルーニーやクルーズにはなれない。しかし、マッチョさからは縁遠い2人の姿が多くの男性たちの共感を呼んだ。「男性であることや男性同士の絆をこれほど優しく描いたドラマを見たことがない」とタイムズ紙の記者は評した(2020年3月3日付)。
才人クルックの発案で始まった
ドラマの企画・脚本・監督・主演を担当したのは、アンディ役のマッケンジー・クルック(51歳)。BBCの大ヒットコメディ「オフィス」(2001-03年)の軍事オタクの会社員役で著名になり、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでは義眼の海賊ラゲッティを演じた。細身・大きな目が特徴的なクルックは、演技というよりもその風貌で観客に忘れられない印象を残す。筆者もそんな観客の一人だったが、さりげなさに深い意味を込めるこんなドラマを生み出すことができる才人でもあったことを知った。
俳優が脚本・監督をするドラマは、何気ない台詞や表情を見せる場面が入り、素晴らしいと筆者は常々思ってきたが、まさにこのドラマがそうだった。
ランス役は小柄の性格俳優として知られるトビー・ジョーンズ(56歳)。父は俳優で、兄弟にも俳優や映画監督がいる芸能一家の出身だ。数々の映画、テレビ、ラジオドラマなどに出演し、2018年には「ディテクトリスト」で英アカデミー賞テレビ部門のコメディドラマ男優賞を受賞。20年、チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」で主演し、ローレンス・オリビエ賞にノミネートされた実力演技派だ。
ラジオドラマにもよく出演している。この人も、かなりの才人と言えるだろう。
今後も「ディテクトリスト」は続くのだろうか?「多分もうない。だが・・・」とクルック(「ラジオタイムズ」の記事、2022年年末・新年号)。筆者は、テレビか映画でコンビが復活してほしいと願っているのだが。
(「GALAC」(3月号)に掲載された、筆者コラムに補足しました)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2023年3月24日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。