2週間ほど前「人生成功の道」と題した内容をお送りしたのですが、今日は切り口を変えて、私の経験をお話ししたいと思います。
私の人生を決定的にした要因は2つあります。1つは高校生の時に生まれた海外に行きたいという強烈な願望、そして大学生の時にバイトで稼いだお金を全部突っ込んで合計7回渡航し、一定の成果を得たこと、もう一つは友人との付き合い受験で宅建を19歳の時に取得したことです。
海外に行きたいと思い始めたきっかけは高校時代のガールフレンドが私に話してくれた英国旅行の思い出でした。70年代後半ですからまだ海外旅行黎明期なのに彼女は中学生の時に英国に行っていました。香港やハワイならなんとも思わなかったのですが、英国という響きは強烈な刺激となりました。故に私が選んだ初の渡航先も英国だったのです。
が、英国では連日、強烈なカルチャーショックを受けます。特にホームステイ先のホストマザーから「私、日本のティーセレモニーについて興味あるの。あなた、日本人でしょ。教えてくれる?」と言われた時は目覚めの衝撃パンチでした。私の茶道に対する知識はゼロ。当時はもちろんネットで調べることなどできません。別の意味で人生思い出に残る無知振りだったのです。
これに対して読者の皆様には「何でも知っているわけないじゃないか」と思う人もいるでしょう。ただ、人生の話と結び付ければ海外で「恥ずかしい」と思った経験こそが私の第一歩だったのです。要は私は敏感なのです。その後の人生も含め、私は過敏症というぐらい、物事に対する感性は高く、負けず嫌いでした。この「茶道事件」で知識欲も旺盛になりました。鈍感なら流して終わりでしょう。
この苦い経験、あるいは2度目の渡航のアメリカでの目覚めなどを経て海外欲は私が譲れない第一条件となるのです。
次に宅建の話です。私の親友は不動産屋の息子。その彼と晴れて同じ大学の同じ学部に進むや否や、「俺、家が不動産屋だから宅建を取ったほうがいいと思うんだ、だからお前、付き合えよ」と。不動産は大学1年生の私にとって全く無縁なので正直、宅建が何かも知りませんでした。が、彼がそういうならしょうがないと思い、宅建試験の手引書とにらめっこを数か月。受験をしたら二人で合格という訳です。しかし、私にとってその合格証が意味をなすとは思わず、引き出しの奥底に仕舞われたのでした。
が、紆余曲折して就職先がゼネコンとなった時、持っている資格の欄に「宅建を持っている」と書きながら改めて記憶を蘇らせたところから私の人生は変わるのです。あの時、親友の宅建の付き合い受験を断っていたら全く違う人生になっていたでしょう。
当時、3000人もいるゼネコンで宅建を持っている社員は全国でも10名足らずでした。組織変更で本社に不動産事業本部ができることになったけれど宅建所有者で人事的に動かしやすいのは私だけという幸運もあったのです。
私がこの話で言いたいのは2つの特徴が絡み合った時のチカラです。ご承知の通り、私はその後、バンクーバーで不動産開発事業をすることになります。これは行きたかった海外、そして不動産取引の免許所持者=不動産事業に適正アリという専門性の掛け算なのです。
以前、お話ししたと思いますが、誰にも負けない特技を1つ持っているだけではもうチヤホヤされないし、圧倒的な成功は難しくなりました。2つ目の誰にも負けない特技を持つとそれは次元が変わります。例えば大谷選手がなぜすごいかと言えば投打ができるからです。二刀流とは2つの特技なのです。
では3つ目はどうでしょうか?私はストイックだと思います。こういっては恥ずかしいのですが、イチローさんがシアトルにいた頃、彼のストイックぶりが有名でしたが、私と良い勝負だったと思います。ストイックとは何か、といえば生活環境の変化に対して自分のマインドが全くぶれないことです。どれだけの誘惑があろうとも自分に課された使命や目標だけを考えます。
「つまんない人生じゃない?」と思う人は追われる身になったことが無いからかもしれません。リーダーは常に人から見られ、ライバルに追いかけられます。なので今この一瞬も無駄にできないという気持ちこそがが不必要な誘惑をシャットアウトできる原動力となるのです。
私は運をつかむというのは簡単なことではないと思っています。前回、回転ずしの話をしましたが、人は手を伸ばす判断に対してあれやこれやいろいろな「やらない理由」を瞬時に考えます。「もっとうまいのが来る」「これ、値段高い皿だよね」「なんか、色味がよくない感じ」…です。私はつべこべ言わずまず、やること、これが大事だと思うのです。それで「やっぱり違った」と思えばそれは一つの経験値になります。
人生、ある程度の年齢になるとこの経験値がどれだけあるかによって厚みが変わってくると思います。応用が効くようになるのですね。経験値とは自分の判断力を高めるための重要な因子になるでしょう。そういう意味で私は何事も「第一歩」を踏み出すことから人生の向上は始まるのだと思っています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年3月26日の記事より転載させていただきました。