「核による威嚇」への日本からの非難

野口 修司

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「核兵器による威嚇も、ましてや使用も断じて受け入れることはできない」

松野官房長官は27日の会見で、ロシアによる隣国ベラルーシへの戦術核兵器配備について、唯一の戦争被爆国として上記を述べ、ロシアがウクライナ侵略を続ける中で、情勢をさらに緊迫化させるものだと非難した。

もちろん、核兵器使用など論外、基本的に正論だが「威嚇」に関して、1つだけ指摘させて頂きたい。

過去70数年、日本防衛のために必要な米国の「拡大抑止力」を利用してきたこと。米国の核兵器による威嚇、威力を弱めないで、いままで以上に上手く利用するように、米国に日本が複数回お願いしてきたことはどうですか?

「唯一の被ばく国として核廃絶を求めたい」という言葉には、毎回違和感を感じる。

ヒロシマ被ばく2世としても、ワシントンを本拠に40年くらい直接(生)取材をしてきたジャーナリストとしても、怒りと共に情けなくなる。

とは言うものの、決して日本政府がやっていることは非難はできない。

他方「悲惨」「絶対悪」で、思考停止、核廃絶が可能だと思っている多くの日本人は、現実を知り、直視、議論するべきと言える。

公式には「核廃絶」を言いながら、米国には「何とか核兵器を効果的に使って、日本を防衛して」と依頼し続けている。それだけでなく、米国が核の威力を弱めようとした時「止めてくれ、日本のためにもそんなことしないで、核の威力を減少させないでくれ」とお願いをしているのだ。

”外交音痴”で「廃絶」を言うなど、理想だけを追い続けて、最後は現実を知り、覚醒したオバマ政権の時、日本政府は米議会に対して2009年2月「米国の”核の傘”に対する日本の見解」を送付してこう言った。

「米国の抑止能力は他国に対し、その核能力を拡大し、近代化することを諦めさせるに十分でなければならないと考える」「中国の核の拡大と近代化については常に留意すべきである。日本に十分前もって相談して欲しい」などと、お願いした。

駐米日本大使館の石井正文公使とオバマ政権特別補佐官のJウルフスタイル氏が証言している。

さらに同じオバマ政権の時、核兵器の「先行不使用」政策が検討された。

「相手が先に核を使わない限り、米国は核を使わない」という政策。

「核による通常兵器使用の抑止にならなくなる」という弱点がある。

これも、日本の防衛で一番大きな役割を果たしている米国の「核の傘」に影響がある。頼りの米の核の「威嚇力」が弱まり、日本の防衛に綻びが生じる。

国家安全保障局次長だった兼原信克氏。「米国は勝てば良いと思っている。だが日本は前線国家なので、始まったら困る。だから米国に核戦力で抑止してもらう。相手が始めたいと思わないようにしてもらいたい」という論点をいう。説得力がある論理。日本国民は理解するべきだ。

さらにオバマ政権が核弾頭付きのトマホークから核を外すことを検討した時、それに対して日本防衛力を弱めるのでやらないでくれと、日本政府が米にお願いしたことも、多くの日本人は知らない。

岸田総理と共に、ウクラ電撃訪問した秋葉氏、国家安全保障局長の名前が、10年近く前に米にお願いした日本人として、ワシントンで名前が出たことも知られていない。

つい最近、ウクラ戦争の最中にも、同じようなお願いごとがなされたことは英紙なども報道。世界が知っていることだ。

筆者はキッシンジャー国務長官やシュレシンジャー国防長官(ニクソン政権)とも複数回対談した。日本を上から目線でみるあの態度、1つの理由はこれだと思っている。

さらに民主主義陣営による中露対策の視点からいうと、仲間のNATO「核共有」も、基本は同じ。日本政府は非難しますか?

今回の官房長官のコメント。この側面で問題提起は聞いたことがない。日本メデイアも、トンボの1種、かなりの問題がある。

先の戦争で思考停止になった日本国民。「悲惨」で「絶対悪」と言えば、核が世界から無くなると信じている。

今回のプーチンの言動は最悪で絶対に許せないが、過去70数年の日本の平和、日本防衛も含めて、これまで国際政治で大きな役割を果たしてきた事実を直視しない。考えない。完全否定だけ。

昔、実際にあったこと。日本の平和を確保するためもあり、米の原子力潜水艦が日本に寄港した。反核運動の一環として原潜反対の声が日本中で起きた。

鮮明な記憶があるが、反対理由は放射能が漏れて海に流れ出すというもの。驚くべきは、「原爆」と「原潜」を重ね合わせ、同じものとしてみる主張もあった。

実はもっと重要なことが当時あったのだ。この時の公文書を調べたが、発見できていない。だが原潜は核搭載。一番抑止力がある「核原潜」だったと当事者から聞いた。

核持ち込みで反対ならまだしも「動力」としての核に反対が、日本国民のレベルだった。核持ち込み、特に「海中移動核」は最も効果がある拡大抑止力だ。日本防衛で大きな役割を果たしている。それへの議論なら分かるが、現実はそうではなかった。

日本政府は支持率が下がるので、そんな日本国民に知らせぬまま、米国相手に巧く、核の威力を利用している。

筆者はマッカ―サー大使から始まり、フクシマ事故に関するルース大使など、計10人の駐日大使と対談した。日米関係の各種側面で議論した。その1人、マイヤー大使は雑談でこう言った。核関連で日本政府が思考停止の日本国民をどのように扱うかに関してだ。「日本政府は”ガイアツ”という言葉と概念を巧く使う。非常に賢い。米国は言っていないのに、言ったかの如くメデイアに公開させる。そうすれば強い批判を避けることができる。我々としては日米関係、東アジアの安定と平和のためになるなら、それでも構わない。利用してくれても良い」そんな内容を言った。日本政府が思考停止の国民を巧く引っ張るために、米国を利用していると感じた。

本来米国は核に関してコメントはあまりやらない。「否定も肯定も、なにもしない」が政策だ。

だが、日本相手にはさらに異常な「かん口令」が敷かれる。他国と比べて、日本が想像を遥かに越える大騒ぎになるからだ。

昔、筆者はワシントン海軍工廠文書庫で、核関連機密文書探しをした。米海軍担当将校が「ドイツには言えるが、これは日本には言えないし、見せない」と、核の動きに関して雑談で言ったこともある。

日本とドイツなど欧州への同時期の解禁度があまりにも違うので、筆者がでかい声で文句を言いつつ、どこまで文書解禁ができるか、議論した時だ。

5月のG7議長国として、岸田総理はまたまた「唯一の被ばく国として核廃絶を」、というに違いない。

いまは亡き坪井直さん。有名な被ばく者だ。ネヴァダ核実験場近くのカフェで雑談した。「日本は米国に核の傘利用で、日本防衛を約70年お願いしています。日本の平和は米国の核無しには考えられないのが現実です」筆者はこう言った。

「残念ながらそのようですね。印パ訪問で核廃絶を言っても、それらを反論として使われました。こちらの声が届かなかった。悲しい現実です。しかし廃絶の目標に向けて私たちは諦めないで、前進するしかない」と彼は答えた。鋭い眼光には不動の決意が漲っていた。

いろいろな側面があるし、議論も可能だから、すぐになにが良いとか悪いとか、当然言えない。だがそろそろ、日本人は核兵器に関してまずは「事実」を知り、思考停止から覚醒して議論するべきだろう。

ヒロシマ被ばく2世として、強く申し上げたい。