選挙は民主主義の要だ。主権者の国民が国家の行方を託して自由意志で政党、政治家を選ぶ。しかし、短期間で何度も選挙が繰り返されると、有権者に投票疲れと共に、民主主義への不信感も高まってくる。南欧のブルガリアで2日、国民議会選挙の投開票が実施されたが、過去2年間で今回が5回目の選挙だ。それだけに、「今度こそは新しい政府を発足させなければ」といったプレッシャーが政党の間で高まってきている。
同国では2021年4月、第3次ボリソフ政権(「ブルガリアの欧州における発展のための市民」=GERB)の任期満了に伴う議会選挙が実施されたが、選挙後の組閣工作が失敗に終わった。そのため21年7月に再選挙が行われたが同様の結果に終わった。同年11月の3度目の議会選挙後、第1党となった新連合「変革を継続する」(PP)を中心とする反ボリソフ同盟のペトコフ新連立内閣が同年12月に発足したが、連立パートナーの連立離脱を契機とする内閣不信任決議案の可決を受け、昨年6月に総辞職に追い込まれた。昨年10月の前回選挙後も新しい政権が発足できない状況が続き、ルメン・ラデフ大統領によって任命されたガラブ・ドネフ暫定政権が続いてきた経緯がある。
5回目の総選挙で新しい政権が誕生する見通しは余りない、と予測されている。一方、政治的膠着状況は本来、名誉職的な立場のラデフ大統領の政治的権限を強めてきている。「政府不在」がこれ以上長期化すれば、「議会制共和国」から「大統領制国家」への移行が現実味を帯びてくる。
今回は前首相のペトコフ党首のPPは「民主主義的ブルガリア」(DB)と選挙同盟を組んでいる。最近の世論調査では、同盟は約25%の支持を集めている。それを右派のボイコ・ボリソフ元首相が率いるGERBが僅差で追っている。
アルファ世論調査によると、両党に次いで3位争いでは「リベラル派トルコ党」(DPS)が14%弱、過激なナショナリストで親ロシア派の「再生」も得票率を増加する可能性がある。ロシアに友好的な「社会党」(BSP)は8%だ。有権者の約15%がどの政党を選ぶか決定していないという。
昨年秋の最後の選挙の後でも、親西政党のGERB、PP、およびDBの票は、安定政権を発足させるのに十分だったが、ペトコフ党首と彼の同盟DBは、ボリソフ元首相時代の汚職と職権乱用を非難、GERBとの連合を拒否した。一方、ボリソフ元首相のGERBは昨年末にPPらが実施した選挙改革を「選挙操作への道を切り開いた」と非難してきた、といった具合だ。ちなみに、GERB、PP、およびBSPの3党は過去、ラデフ大統領によって新政府組閣を要請されたが、いずれも失敗に終わっている。
注目すべき点は、ブルガリアの政情不安を受け、ラデフ大統領がその政治的影響力を拡大してきていることだ。同大統領は2021年末の大統領選で再選されている。政治学者のリュボミール・ステファノウ氏は、「次の暫定内閣で、ラデフ氏は議会制共和国ではなく、大統領制国家として国を統治し続けるだろう」と予想しているほどだ(オーストリア国営放送Webサイトから)。
ところで、ブルガリアは冷戦時代から親ロシア傾向が強く、欧州連合(EU)の中でどの加盟国よりもロシアとの繋がりが深い。ラデフ大統領もその例外ではない。同大統領はウクライナへの武器供給を要求した人々を「戦争挑発者」と呼んでいる。昨年秋、議会の親西側勢力はウクライナへの軍事援助を強行したが、ウクライナへの武器供給問題は、今回の選挙争点ともなってきた。
政治的膠着状態は、ブルガリアの発展に具体的な影響を及ぼしている。2024年に予定されているユーロ圏への参入は25年に延期される可能性が出てきたのだ。
国際社会の多様化、政治的多様化を受け、選挙後安定した政権を発足させることが益々難しくなってきている。例えば、ドイツでは戦後初めて、3党連立政権(社会民主党、緑の党、自由民主党)が発足したように、単独政権はもはや不可能で、2党連立政権の発足も次第に困難となっている。政治信条の全く異なる政党同士が政権を発足させるケースが増えてきているのだ。
ブルガリアでも米ハーバード大卒のエリートビジネスマンという触れ込みで新生党PPを立ち上げたペトコフ氏主導の連立政権は実際は左派と右派政党の寄り合い所帯だった。ブルガリアが今回、安定した政権を発足させるか、「政府不在」を更に長期化させるか、同国の国民議会選挙の投票結果とその後の組閣工作の行方が注視される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。