再び先進国の最下位の経済成長率
黒田日銀総裁の退任は異例づくめになりました。先進国最長の異次元金融緩和、10年という在任期間の長さ、実質経済成長率の先進国最下位転落、他国に例をみない桁違いの国債保有残高、出口政策に背を向けた去り際といい、これほど議論を呼んだ総裁は日銀初でしょう。
花束を手に日銀本店を去る映像を拝見していますと、手を振り、満面の笑みを浮かべています。タイタニック号の氷山激突に例えた財務次官がいたほど、安倍首相と組んだ異次元金融緩和の負の遺産は巨大です。この先、日本はどうするのか。この底抜けに明るい表情は何なのでしょうか。
黒田氏の記者会見の報道を読んでみますと、不都合な事実への言及を避けていると感じました。もっとも大きな違和感は「異次元緩和の成果を国際的な視野で見つめ、比べてみると、どういう現象を生んだのか」の視点がないことです。国際比較を徹底的に避けている。
黒田氏は「異次元緩和の結果や政府の施策とも相まって、デフレではなくなった」と、開口一番に強調しました。日本の消費者物価が動きだしたのは、コロナ危機が生んだ国際的はサプライチェーンの断絶、ロシアのウクライナ侵略を契機にした経済制裁などによる資源高、さらに円安が背景です。黒田氏が信奉したマネタリズム(貨幣数量説)の結果ではない。
マネタリズムは、経済変数を貨幣数量とインフレという二つだけに設定し、しかも国内市場だけに限定した場合の経済変動をみる理論でしょう。実際の経済社会は、貨幣数量以外の要素のほうがはるかに大きい。しかもグローバリゼーション下では、国内経済限定という前提は現実的ではない。それにもかかわらず、リフレ派は貨幣数量説を信じ込んだ。
黒田氏は会見で「コストプッシュ要因から輸入物価が大きく上がり、価格転嫁という形で消費者物価も上昇した」と、やっと認めました。総裁就任時は「通貨の量を増やせば、物価が上がる」(公約では、2年2倍、物価上昇2%、2年で達成)という貨幣数量説を唱えていました。
国内における貨幣数量説の実践で物価水準が決まると、黒田氏は信じてきました。結果は、コストプッシュ要因で物価が上がった。貨幣数量ではない。それも海外から波及したコストプッシュでした。それをいかにも長期にわたる異次元緩和の成果のように言及するのは、潔くありません。
黒田氏は「10年続けた非伝統的金融政策の効果があったと、ほどんどの世界中の経済学者が認めており、欧米の中銀総裁も認めている」とも主張しました。国内の経済学者の多くが異議を唱えているので、「世界中の経済学者が」と居直ったのでしょうか。「世界中の」中に日本の学者は含まれていないかのようです。
異次元緩和の開始直後から問題を提起していた日銀ウオチャー、加藤出氏(東短リサーチ)がこう指摘しています。「米FRB(中央銀行)は20年6月、YCC(長短金利操作付き量的緩和)的な長期金利ターゲットはやるべきでないとの結論をだした。国債金利を低位に抑えていると、財政ファイナンスに取り込まれてしまうというのです」と。
黒田氏のいう「欧米の中銀総裁たちも認めている」は事実に反する。非伝統的な新しい政策手段をとる場合は「期間を区切って、効果や弊害を点検しながらやる」というのが国際常識です。FRBは点検した結果、利上げに転換したのです。そうした不都合な事実に黒田氏は触れない。
大規模な金融緩和、超低金利を続けていると、市場機能の喪失、経済の新陳代謝の停滞という罠にはまる。効果がでないのに「効果がでるまで続ける」というのが黒田日銀でした。日銀は効果の検証らしきものをしていない。「日銀は政府の子会社」と安倍氏に言われた日銀が公正な検証をできるはずはないのです。
さきの加藤氏は、2002年以来の5年間ごと(総裁の任期期間)の実質経済成長率を国際比較し、順位を調べました。速水総裁の時は先進国中32位、福井総裁は20位、白川総裁は21位、黒田氏の第1期は27位、第2期は32位です。
32位というのは先進国の最下位です。10年間でGDPの成長率は平均0・5%です。その国際比較はドル建てでしますから、円安(黒田時代は1㌦=80円台→130円台)になると、ランキングが落ちます。異次元緩和の狙いの一つは円安誘導だったとされます。円安でさらに日本経済の国際的地位は下がったのです。こうした国際比較は黒田氏に眼中にない。
「異次元緩和は株高をもたらした」という人がいます。1万3800円(13年4月)から2万7000円(23年4月)に上がりました。これも国際比較してみると、米国の場合、1万4800㌦から3万3400㌦になり、日本以上の値上がりです。しかも、金融緩和政策は1,2年前に引き締めに転換しています。こうした国際比較を黒田氏はしないし、応援団の識者らもしません。
黒田氏は「政策には常に効果と副作用がある」と、指摘しました。薬剤の場合でいう「副作用」は「効果」に比べてずっと小さいのが常識です。黒田緩和の場合は「副作用」と呼ぶには弊害があまりにも大きい。「効果」があったとしても、弊害のほうがはるかに大きい。
財政状態の極度の悪化、市場メカニズムの脳死、経済の新陳代謝の停滞、ゾンビ企業(死にたい企業)の延命、「ゼロ金利はゼロ収益の温存」(吉川洋氏)などの「副作用」を指摘されています。
異次元緩和は「副作用」というのはあまりにも大きな禍根を残し、「構造変容をもたらした」というほうが適切だと私は思います。植田新体制は「構造変容」を正常化しなければ、財政金融状態も正常化できまないのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年4月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。