86歳の高齢フランシスコ教皇にとって復活祭の一連の行事を全うすることは大変だったはずだ。本人もそれを知っていたはずだが、聖週間前はいつもの楽天的な性格もあってか、「復活祭関連の式典は私がする」と強がりを言っていたが、やはり難しかった。サンピエトロ広場の記念ミサも一部教皇の代行が行った。そういえば、昨年もそうだった。フランシスコ教皇は9日正午(現地時間)、世界の信者たちに向かって「ウルビ・エト・オルビ」の祝福を発して復活祭の式典を閉じた。
フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、南米出身のフランシスコ教皇も体力的には満身創痍といった状況だろう。
フランシスコ教皇の復活祭行事での振る舞いを見ていると、「ローマ教皇の終身制は非情な制度だ」とつくづくと思わざるを得ない。その伝統を破ったベネディクト16世は他のことは別にして大きな業績を上げたといえる。生前退位の道を開いたからだ。
世界に13億人以上の信者を誇るローマ・カトリック教会にとって組織を活性化するためには年齢的に若く健康な教皇が必要だ。もちろん、50代後半で教皇に就任し、その後27年間という長期任期を全うしたヨハネ・パウロ2世のような教皇が続出すれば、それはそれで別の問題が出てくる。ヨハネ・パウロ2世の長期政権に懲りた枢機卿たちがその後継者に既に78歳の高齢者、当時教理省長官だったヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿(ベネディクト16世)を選出した背景には、「次期教皇には短期政権を願う」といった暗黙の合意がコンクラーベ(教皇選出会)に参加した世界の枢機卿たちにあったからだといわれる。同じ人間が長い間、一つのポストに執着すると、その組織、団体は腐敗しやすいものだ。ペテロの後継者ローマ教皇のポストも例外ではない。
フランシスコ教皇は1月15日のアンジェラスで、「奉仕の精神で任務を遂行する人は誰でも、『さようなら』と言うことを学ばなければなりません。任務を終えた者はその地位、権限を脇に置いて退く方法を知る必要があります」、「自分の任務を達成した後は、役割や地位に固執するのを避け、他の人のために残しておく必要があります」と述べたが、生前退位をしようと決意しても実際にそれを実行することはやはり容易ではない。ローマ教皇庁は、「さようなら」というのが難しい組織だ。
復活祭とは、十字架上で殺害されたイエスがその3日後、生き返り、弟子たちの前に現れたことを祝う日だ。キリスト教はイエスの誕生を祝う「クリスマス」から始まったのではなく、「復活したイエス」から始まった。そして時代が進み、グロバリゼーションの波を受け、個々の国やその文化・伝統がその中に飲み込まれていったように、キリスト教会もユダヤ教の伝統から離れて世界宗教となっていった。そのために払った代価は小さくはなかった。
復活とは、元の状況に戻ることを意味する。人間の場合、「死」の状況から「生」の世界に戻ることを意味するとすれば、大多数の人はやはり「復活」を願う。人は誰でも幸せになることを願うからだ。人生で挫折した時、人は挫折する前の状況を取り戻そうと苦悩するし、愛する人を失った場合、その人との幸せだった日々を思い出そうとする。「復活イエス」は、死を超克した勝利者として敬慕され、その教えを信じる人々が出てきたわけだ。
米映画「オーロラの彼方へ」(原題Frequency、2000年)を思い出す。人生をやり直し、失った家族や人間関係を回復していくストーリーのパイオニア的作品だ。米俳優ジェームズ・カヴィーゼルが警察官役で登場している。オーロラが出た日、警察官になった息子が無線機を通じて殉職した消防士の父親と話す場面は感動的だ。ストーリーは父親の殉職と殺害された母親の殺人事件を回避し、最後は父親、母親と再会する。同映画は人生の失敗、間違いに対してやり直しができたら、という人間の密かな願望を描いた名作だ(「人生をやり直しできたら…」2017年12月30日参考)。
サクセスフルな人生を歩み、多くの富と名声を得た人でも、「あの時、こうしておけば良かった」、「どうしてあのようなことをしたのか」と時に呟くことがあるだろう。生まれて死ぬまで100%、願い通りに歩んできた人間はいない。程度の差こそあれ、さまざまな後悔や無念の思いを抱きながら生きてきた。人は復活して、もう一度やり直したい、という思いが湧いてくるのだ。
「復活イエス」は天上に昇る前、弟子たちに「私はもう一度来る」と再臨を約束した。「復活イエス」は終末人類を人類を審判するために降臨するのではなく、この地上で完全には果たせなかった使命をもう一度やり直すために再臨するのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。