中国共産党政権の中東政策に要注意:米国の中東でのプレゼンスの後退

イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派代表イラン両国が7年ぶりに外交関係再開へ歩み出したことについて、欧米各国のメディアは両国の和解を調停した習近平中国共産党政権の中東外交の成果と報道している。それは間違いではないが、サウジが宿敵イランと外交的和解に動き出した背後には、中国の調停工作の成果というより、中東地域で絶大な影響力を有してきた米国のプレゼンスの後退が大きかったのではないか。原因と結果のどちらに力点を置くかで見方は違ってくる。

サウジのファイサル・ビン・ファルハーン・アル・サウド外相(右)とイランのホセイン・アミール・アブドラヒアン外相(左)、中央は会談を調停する中国の秦剛外相、中国政府公式サイトから、2023年4月6日、北京で(写真/新華社)

ただ、ここで懸念する点はイランを含む中東諸国が習主席の中国がれっきとした共産党政権だという事実を認識していないのではないかという点だ。世界で初めてロシアに共産党政権が誕生した時、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリックの総本山、バチカン教皇庁は共産主義を正しく認識できなかったという歴史的な事実を思い出すからだ。

バチカンはナチス・ドイツが台頭した時、ナチス政権の正体を見誤ったが、ウラジミール・レーニンが主導したロシア革命(1917年)が起きた時、その無神論的世界観にもかかわらず、バチカンでは共感する声が聞かれた。聖職者の中にはロシア革命に“神の手”を感じ、それを支援するという動きも見られた。バチカンはレーニンのロシア革命を一時的とはいえ「神の地上天国建設」の槌音と受け止めたのだ。

しかし、時間の経過と共に、ロシア革命が理想社会の建設運動ではなく、多くの政敵を粛正し、一部の革命勢力だけが特権を享受する暴力革命であることが明らかになった。バチカンは時代の動きを読み違えたわけだ。

同じことがイスラム教を国是とするサウジをはじめとする中東諸国にも当てはまるのではないか、という懸念がある。イスラエルのアラブ諸国との関係改善、イランの核開発計画など、中東を取り巻く政治・経済情勢は激変してきた。原油輸出で放縦な財政を享受してきたサウジも地球温暖化など環境保護問題が浮上してきたこともあって、地下資源主導の国民経済から脱皮しなければならない時を迎えている。一方、これまで中東のパトロンだった米国の対中東政策には時代の激変を主導できる明確なビジョンが見えないのだ。

そのような時に中国共産党政権が動き出してきた。反米のイラン、脱米国を図るサウジにとって世界第2の経済大国中国は魅力十分だ。特に、サウジにとってイエメン内戦で戦争疲れもある。中国側が提示する経済支援、交流は大きい。換言すれば、バチカンがレーニンの共産革命を理想世界建設の槌音と勘違いしたように、サウジやイランが北京の調停介入を“神の手”と感じたとしても不思議ではない。

スンニ派盟主のサウジとシーア派代表のイランの両国の和解はイスラム教の統合という大きな構図から見るならば歓迎すべきだが、その両国間に調停役として介入してきた中国共産党政権はマルクス主義を奉じる無神論国家であることを忘れたなら、バチカンの二の舞を踏むことになる。

例を挙げよう。中国共産党政権下で宗教の弾圧は進行中だ。現地から流れてくる情報によると、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語を学校教科書から追放するなど、弾圧は徹底している(「中国共産党政権が宗教弾圧する理由」2019年7月9日参考)。

習近平時代になって、「宗教の中国化」が進められてきた。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導下に入れ、中国化すること(同化政策)が狙いだ。その実例は新疆ウイグル自治区(イスラム教)だ。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。

習主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。

中国新疆ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。イランのライシ大統領は2月14日から3日間訪中したが、ウイグル人の弾圧に対して一言も習主席に苦情を申し出ていない(イランにとって、国連安保理常任理事国5カ国とドイツを加えたイラン核合意(共同包括的行動計画=JCPOA)の再建と制裁解除、北京からの貿易、農業、インフラなどの経済支援が狙いだ)。

サウジはイエメン内戦を停戦に導くためには2016年以来外交関係が途絶えてきたイランとの関係正常化は急務だ。イエメン内戦ではイランの支援を受けたシーア派フーシ派の反政府勢力と、亡命したスンニ派大統領アブド・ラッボ・マンスール・ハーディーの軍隊が戦っているが、実質的にはサウジとイランの代理戦争だ(サウジはイランの中国追従路線に従うべきではない。さもなければ、イランと同様、イスラム教国は名ばかりで無神論国家・中国共産党政権の強権政治の傘下に入ってしまう危険性が出てくる)。

欧米諸国は習近平政権が「世界の覇権」を目指して政治、経済、軍事力を強化してきていることを目撃してきた。一方、イスラム教国が多い中東・湾岸諸国は共産主義の洗礼をまだ受けていない。宗派間の戦いは体験済みだが、無神論国家との戦いには経験が乏しいのだ。

スンニ派イスラム教徒が多数派を占める世界最大の石油輸出国であるサウジと、核計画を推進するシーア派のイランとの間の和解は、数十年にわたり紛争と対立が続いてきた中東地域の「バランス・オブ・パワー」を再形成する可能性がある。

中国外務省の毛寧報道官は、「中国は中東・湾岸地域の安全と安定に貢献したい」と述べ、「中国は中東における和解、平和、調和のための力である」と強調している。中国共産党政権は欧米諸国以上に時代の潮流を先読みしているのだ。

2022年11月14日習近平国家主席とバイデン大統領 中国共产党新闻网より


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。