トルコがNATOの同盟国アメリカの軍関係者を巻き添えにすることも厭わず無人機攻撃を仕掛けたとされ、アメリカ及び世界でちょっとした騒ぎになっている。
伝えられたところによると7日、イラク北部クルディスタン地域の中心都市の一つ、スレイマニ(スレイマニア/スライマニア)の国際空港が無人機の編隊による攻撃を受けた。狙われたのは、シリアのクルド人主体の自衛部隊「シリア民主軍(SDF/QSD)」の参謀総長マズルーム・アブディである。アブディの無事はシリア帰還後に明らかにされた。
SDFは、シリアにおけるイスラム国壊滅に決定的な役割を果たしたアメリカの同盟勢力の一つである。その一方、SDFは、トルコなどで「テロ組織」とされているクルディスタン労働者党(PKK)の流れを汲むことから、トルコからはPKK同様に「テロ組織」の烙印を押されている。
また、無人機と言えば、ウクライナで活躍中のバイラクタルTB2を筆頭に今やトルコのお家芸だ。このことから、この攻撃はトルコによるものと当初から疑われた。アブディ自身も、「命を狙われたのは初めてのことではない」とし、トルコの無人機が対イスラム国の有志連合軍関係者が同行しているにもかかわらず攻撃を実行したと断定した。
トルコ国営通信は単に「スレイマニ国際空港で爆発があった」と伝えるにとどまり、政府も本件への言及を避けている。しかし攻撃の直前、トルコ航空は「クルド勢力によるテロの脅威」を理由に、3日時点でスレイマニ国際空港におけるへの就航を停止し事務所を閉鎖したと発表していた。まるで今回の攻撃を予見していた、もしくは知らされていたかのような動きがさらなる憶測を呼ぶことになった。
トルコはこれまでもイラクの主権を無視した攻撃を繰り返してきた。イラク政府は今回の攻撃についても、トルコに謝罪を要求したと伝えられている。しかし、国際空港が狙われたのは前代未聞のことだ。
私がクルディスタン地域に入った時もここからであったし、下手をすれば関係のない外国人を巻き込む可能性もある。そうなると、そもそも攻撃を実行すること自体がイラクの主権を侵害していることに加え、さらなる外交問題を招来するであろう。そもそも、多くの民間人が利用する空港への攻撃はテロ組織や”ならず者国家”が行うことであり、トルコの「対テロ作戦」という言い分を根底から覆しうる暴挙なのだ。
なぜ、今回の攻撃がアメリカ軍関係者を巻き添えにしようとしたとされたのか。
SDFはシリアにおいてアメリカ軍を中心とした対イスラム国の有志連合軍と共同で対テロ作戦を実施している。スレイマニ国際空港での攻撃時にも、目標のアブディには有志連合の関係者が随伴していたのである。アブディ本人同様、アメリカ軍にも被害はなかったとされている。しかし、アメリカ軍関係者に考慮が払われなかったことに、アメリカで猛然と怒りの声が巻き起こった。
アメリカはイスラム国の台頭後、献身的に戦うクルド人への同情とそれと反対に彼らへ攻撃・弾圧を繰り返すトルコを嫌悪する世論が大きくなっていった。アメリカの保守系ニュースサイトは、「トルコはアメリカ人を殺そうとした、バイデンはどうする?」と題する中東専門家の論考を公開した。
それによれば、アメリカの情報機関は、トルコの無人機がアブディ並びにアメリカ軍関係者が乗る車列を追跡していたことを捉えていた。そして、トルコの無人機製造企業へ速やかに制裁を科すべしと論じた。中東での作戦を管轄するアメリカ中央軍は「調査中」としているが、トルコの関与に関する明確な証拠が発見されれば政府としての対応は不可避であろう。
周知の通りトルコは現在、選挙戦の最中にある。これまでの失政に加え、地震対応のまずさもあり、与党連合の旗色は悪い。支持率が低くなると排外主義、他国攻撃に走る国は少なくないが、大統領のエルドアンはロシアのプーチン同様、権力の維持に人生がかかっているのでより過激な行動に出ざるを得ない事情がある。
クルド人への攻撃は、与党と連立を組むトルコ人至上主義政党・民族主義行動党(MHP)を繋ぎとめておくのに欠かせない。また、トルコ人、特に与党支持者の間では近年、急速に反米感情が高まっていることもある。対ロシアで結束が求められるこの時期に次は何をやらかしてくれるのか、トルコへの同盟国の不安の種はつきない。