タクシー運転手における働き方改革のあるべき姿

かつての東京では、都心の道路の渋滞は珍しくなかったから、タクシーに乗ることは、時間と費用に関する大きなリスクを伴うことであった。余計に時間がかかって、料金も高くなる、その不合理を承知のうえで、タクシーのほうが快適だと思える人にはよくとも、多忙で厳格な時間管理のもとで活動する人にとっては、適切な選択肢でなかったのである。

逆に、今の東京では、都心の道路の渋滞が珍しくなった。それでも、タクシーに乗れば、余計に時間がかかって、料金も高くなるという不合理は、運転手が不適切な経路を選択したときに避け難く生じる。この不合理から起きる紛争を回避するために、事前に、運転手が顧客に希望の経路を聞く慣行になっているわけだが、このことは、専門家である運転手が素人の顧客の判断をあおぐという別の不合理を生じさせている。

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現在の慣行は、その本来の主旨においては、顧客が経路を指定することは稀で、運転手に判断が一任される前提のもとで、運転手が事前確認のために最適経路を提示し、それに顧客が同意することをもって、理想形にしているのだと思われるが、実際には、その主旨は貫徹していない。

なぜなら、主旨が貫徹するためには、全ての運転手について、顧客の行先を聞いた瞬間に最適経路を特定できるだけの知識と経験が要求され、例えば、理想的には、道路の状況によっては少し遠回りでも時間的には早いと予想される経路を選択的に提示できるだけの高度な技量が要求されるわけだが、それは残念ながらタクシー業界の現実ではないのである。

こうして、職業的運転手たるべき資格を欠いた人に乗車させていることは、タクシー産業の構造的悪弊だから、運転手の資格要件を厳格にし、最低限の教育を経た人だけが乗車できるように改善されるべきである。しかも、最低限の教育では足りない。なぜなら、かろうじて道を知っていても、最適な経路を選択できない運転手は、必要以上に長い時間と割高な料金をもたらすことで、顧客に不利益を与えるからである。

タクシー産業のあるべき姿としては、最適経路を選択できるようになるまで運転手を訓練したうえで、乗車させるべきである。働く人の立場でいえば、運転手として、最適経路を選択できるように修練を積む方向へ利益誘引等で動機づけられるべきである。これが運転手の働き方改革のあるべき構図である。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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