世界に13億人以上の信者を擁するローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁に「報道の自由」があるか否かは興味深いテーマだ。バチカンニュース(独語訳版)には聖職者の未成年者への性的虐待問題が大きく報道され出した。最近では、ドイツ教会フライブルク大司教区の聖職者の性的虐待調査報告が大きく報道されたばかりだ。10年前、20年前には考えられなかった「報道の自由」さだ。
聖職者の性犯罪問題はバチカンにとって恥ずかしい内容であり、出来れば内々で解決したいテーマだろう。実際、バチカンは過去、聖職者の未成年者への性的虐待問題を隠ぺいし、関係者を人事異動して不祥事が外に漏れることを徹底的に抑えてきた。バチカンの官製メディアが、どこそこの、どの教区で過去、何件の聖職者の性犯罪が発生した、などと報じることは少なくとも20年前には考えられなかった。
バチカンのメディアが閉鎖的だった時代、当方は反バチカン関係者のメディアや教会から脱会した元聖職者が書いた本などからバチカンの内情を探った。例えば、ウィーンには元神父ルドルフ・シェルマン氏が発行していた「キルへェ・インテルン」と呼ばれるカトリック教会情報誌があった。当方はシェルマン氏とインタビューし、様々なバチカン情報を得た。その点、冷戦時代、ソ連・東欧共産政権圏から亡命してきた政治家や反体制派活動家から共産圏内の内情を聞き出す取材方法と同じだ。
問題は、亡命者や反体制派メディアの情報は玉石混合で、新しい事実がある半面、脚色され、誇張された情報も少なくなかった。バチカン情報でも同じことだ。元神父や反バチカンメディアの情報は興味深いものが多い一方、事実とはかけ離れていることも結構あったからだ。
バチカン報道では地元イタリアのメディアの活躍は大きい。バチカン・ウォッチャーと呼ばれるバチカン専門ジャーナリストがバチカン発でさまざまな内部情報を報じてきた。ベネディクト16世を悩ましたバチリークス問題(ベネディクト16世の内部文書などが盗まれ、メディアに報道された事件)ではイタリアの著名なバチカン・ウオッチャーが教皇庁内部の通報者の情報をもとに報道し、大きな波紋を呼んだ。
バチカンメディアの閉鎖性を破ったのは聖職者の未成年者への性的虐待事件だろう。アイルランド教会、米教会、オーストラリア教会、フランス教会など世界のカトリック教国で聖職者の性犯罪が次々と暴露され、教会内外からの批判が高まり、バチカンは沈黙を続けることができなくなってきたからだ。同時に、ベネディクト16世、その後継者フランシスコ教皇も聖職者の不祥事に対して対策を強いられてきた。それを受け、バチカンのメディアは次第に報道の自由を得てきたわけだ。
興味深い点は、カトリック教会聖職者の性犯罪問題で最も厳しい批判は、神の義を伝える聖職者が性犯罪を犯したというモラル問題以上に教会が不祥事を知りながら「隠蔽してきた」ことに向けられていることだ。教会のスキャンダルを隠ぺいしてきた教会上層部、最終的にはバチカンに信者ばかりか社会の怒りが高まっていったわけだ。南米出身のフランシスコ教皇が聖職者の性犯罪に対して、教会指導部へ通知義務の強化、教会法に基づく制裁など、教会の隠ぺい体質の転換に腐心しているのは当然だ。
その結果といってはおかしいが、バチカンのメディアは聖職者の性犯罪問題に関しては非常にリベラルとなってきた。暴露記事、スクープ記事といったものは期待できないが、バチカンニュースはバチカン・ウォッチャーにとって有力な情報源となってきているのだ。
例えば、人口の1%以下のキリスト信者(カトリック信者はそのうち、半分ぐらい)しかいない日本のメディアではカトリック教会の聖職者の性犯罪問題が報道されることは過去、ほとんどなかったが、状況は変わってきた。聖職者の性犯罪件数が余りにも多いこともあるが、バチカンメディアが積極的に報道するようになってきたからだ。ちなみに、バチカンは「秘密の宝庫」と呼ばれてきた。それだけに、今風にいえば、バチカンメディアが面白くなってきたのだ。
いずれにしても、フランシスコ教皇の過去10年間の在位期間、バチカンメディアは聖職者の性犯罪問題で積極的に報道し出したことは事実だ。この傾向は今後も続くだろう。ただ、バチカンメディアが依然躊躇しているテーマがある。バチカン指導部内の改革派と保守派間の熾烈な争いだ。
フランシスコ教皇は昨年から今年に入りスペインやイタリアのジャーナリストとのインタビューに積極的に応じている。そこでフランシスコ教皇は失言もあるが、自由に教会の改革案を述べている。一方、バチカンメディアはそのインタビューの内容を大きく報じることで、教皇庁内の改革派と保守派の争い問題を間接的に伝えようとしているのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。