音楽の都ウィーンから高速道路を使って3時間半でザルツブルクに着く。ザルツブルクといえば、音楽好きな読者ならば、あの“神童ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生地”とすぐに思い出されるだろう。ちなみに、モーツァルトはそのザルツブルクを余り愛していなかったともいわれた。
また、ザルツブルクを舞台としたジュリー・アンドリュース主演の映画「サウンド・オブ・ミュージック」を日本人の読者は1度は観られただろう。「エーデルワイス」や「ドレミの歌」など美しいメロデイーが流れる中、ナチス・ドイツ軍に追われたトラップ大佐ファミリーの物語だ。米国人が好きな映画だが、映画の舞台となったオーストリアの国民はこの映画を余り知らないし、好きではないといわれる。曰く、「いかなる理由があろうとも、故郷を見捨てて逃げていった家族」といった思いが強いからだ。
前口上はこれまでにして、今回のテーマ、ザルツブルク州議会選挙の話に入る。同州議会選の投開票が23日、実施された。オーストリア連邦議会選ではなく、小国の州議会選挙となれば関心がさらに薄いだろうと考えたので、ザルツブルクのことを少し紹介してからテーマに入ろうと考えた次第だ(汗)。
オーストリアは特別州のウィーン市を入れて9州からなる。5年毎に実施される州議会選はドイツの州議会選(16州の連邦州)でもそうだが、連邦議会、政治の行方を占うバロメーターと受け取られる。特に、次期総選挙が控えている場合、その行方を知るという上で、国民の関心は高まると共に、メディアも積極的に報道するのが通例だ。オーストリアの場合、早期解散などがなければ、5年の任期満了を受けて来年秋に総選挙が実施される。
ザルツブルク州議会(定数35)の投票結果、ヴィルフリード・ハスラウアー州知事を擁立する与党・国民党が得票率(暫定結果30.37%)を失ったが第1党をキープし、第2党には極右自由党が約25.75%と得票率を増やして躍進。第3党には社会民主党が得票率を減らし約17.87%に留まった。ここまでは大方の予想通りだったが、サプライズは「共産党+」が11.66%の得票を獲得して州議会で5議席を獲得し、環境保護政党「緑の党」(8.20%)を抜いて第4党に入ったことだ。投票率は70.9%(前回2018年65%)。
オーストリアでは終戦後から現在まで共産党が連邦議会で議席を獲得したことがない。共産党は議会政党ではない。現在もその立場は同じだ。国民は冷戦時代、ソ連・東欧共産党政権の実態をよく知っているので、共産主義に幻想などを抱かない。しかし、2年前、オーストリア南部シュタイアーマルク州の州都でオーストリア第2都市、グラーツ市(人口約25万人)の市議会選で共産党市長が誕生した。ザルツブルク州議会選では共産党は州議会議席を獲得したのだ。もちろん、初めてのことだ。初めてのことが大好きなメディアは極右「自由党」の躍進がかすんでしまうほど共産党の躍進を大きく報道したところもあった(「オーストリア第2都市で共産党市長誕生」2021年9月28日参考)。
ただ、グラーツ市に共産党市長が誕生した時も書いたが、グラーツ市の有権者が突然、マルクス主義に目覚めたのではない。グラーツ市民の最大の悩みだった住居問題で共産党候補者はきめ細かい政策を訴え、有権者の心を勝ち取ったのだ。ザルツブルク州議会でも同じことがいえる。「緑の党」から出て共産党に入党した党筆頭候補者、ケイ・ミヒャエル・ダンクル党首は選挙後、「わが党は住居問題の解決について有権者に話してきた。他の政党も同じように主張していたが、選挙が終われば忘れられてしまう。わが党は今後5年間、住居問題の解決に全力を投入する考えだ」と述べていた。
ザルツブルク州議会選をまとめる。国民党が政権を維持したが、他の政党との連立が必要だ。パートナー探しで苦労するだろう。ニーダーエステライヒ州のように、国民党と自由党の連立政権が発足する可能性は排除できない。ただ、自由党の政権参画には国民党内ばかりか多くの国民も拒否反応が強い。一方、社民党は党首選を控えていることもあって、党内は結束していない。ザルツブルク州のダビッド・エガ―社民党代表はパメラ・レンディ=ヴァーグナー現党首ではなく、そのライバルのブルゲンランド州のハンス・ペーター・ドスコツィル知事を支持している、といった具合だ。党内が結束して政権を奪回するといった体制からはほど遠い。
オーストリアの政界の台風の目はやはり極右自由党だ。早期総選挙の実施を想定に早々と党内はキックル党首と結束している。ザルツブルク州議会選では極左「共産党+」も躍進した。コロナのパンデミック、ウクライナ戦争の勃発、それに伴うエネルギーや物価・住居費の高騰に直面している有権者はその困窮、不満、抗議をぶつける相手として、極右の自由党と極左「共産党+」に抗議票を投じたことになる。両党は政治信条が全く異なる政党だ。オーストリアの社会が分裂し、過激な方向に走り出そうとしている兆候と受け取れるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。