先月26日に開かれた米韓首脳会談は日本の安全保障に大きな課題を残した。バイデン大統領とユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が首脳会談を行い、(アメリカの核戦力を含む抑止力で同盟国を守る)「拡大抑止」の強化を確認した。
会談後に発表された「ワシントン宣言」では、「北朝鮮の韓国への核攻撃には即時、圧倒的かつ決定的な対応を取ると再確認した。アメリカの核を含む戦力を総動員して拡大抑止を強化していく」と明記された。
問題は、その具体策である。NHKの報道を例に挙げよう。
また両首脳は、核兵器をめぐる情報共有の枠組みを新たに設置することや、東西冷戦時代の1980年代以来となる、アメリカの戦略原子力潜水艦を韓国に寄港させることなどで合意しました。/韓国国内の一部で、アメリカの核抑止力への疑問の声も出ている中、そうした不安を払拭したいねらいもあるとみられますが、北朝鮮側の強い反発も予想されます。
上記の「戦略原子力潜水艦」は、日本の防衛省が「弾道ミサイル原子力潜水艦」と訳している「SSBN」を指しているのであろう(米韓「ワシントン宣言」では「the upcoming visit of a U.S. nuclear ballistic missile submarine to the ROK」)。現在就役しているのはオハイオ級原子力潜水艦。その後継としてコロンビア級原潜が予定されている。
なるほど「SSBN」が寄港すれば、「1980年代以来となる」が、じつは同じオハイオ級原艦ながら、巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN)に改装された「ミシガン」が、トランプ政権下の2017年4月25日、韓国南部の釜山に入港した。当時そう広く報道されたが、なぜか今回、その実績に触れたマスメディアが見当たらない。
いや、SSGNとSSBNでは、軍事的な意味が決定的に違う、との反論があるのかもしれない。だが、「ミシガン」は、巡航ミサイル「トマホーク」を(水上艦として最大数の)154発も搭載できる。加えて、海軍特殊部隊「SEALs」の隊員を上陸させたり、遠隔操縦可能な無人機(UAV)や無人水中航行体(UUV)を発進させたりすることもできる。
はたして、どちらが「北朝鮮側の強い反発」を招くのか。私なら、間違いなく前者のミシガンを選ぶ(嫌う)。たしかに、SSBNが保有する核戦力は圧倒的である。だが、米軍が「戦略核」を使用するために、わざわざ韓国の港に立ち寄る必要など微塵もない。逆に、自身の居場所を晒すという致命的なデメリットを生む。今回の米韓「SSBN」合意が、いかなる軍事的な必要から生まれたものなのか、私には、まるで意味不明である。
いずれにせよ、今回の「拡大抑止」合意について、その後、韓国側からは、「事実上の核共有」との認識が示されている。当然のごとく、ただちに米側は「核共有ではない」と表明した。いわゆる「核共有」を巡る誤解については、以前アゴラでも書いたので、繰り返さない(拙著『ウクライナの教訓』所収)。米側が否定したとおり、今回の米韓合意は「核共有」そのものではないが、NATOの核抑止力を支える重要な柱が合意されたと評してよい。
その柱の一つが、新設された米韓両国による核協議の枠組み「NCG」である。米韓「ワシントン宣言」を引こう。
The two Presidents announced the establishment of a new Nuclear Consultative Group (NCG) to strengthen extended deterrence, discuss nuclear and strategic planning, and manage the threat to the nonproliferation regime posed by the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK).
これはNATOの核協議制度「NPG」を念頭に置いたものに違いない。防衛研究所の新垣拓主任研究官の説明を借りよう(「NATO核共有制度について」NIDSコメンタリー第211号)
近年、DCA(核搭載可能航空機・潮注)任務以上に重要性が高まっているのは、NATO核共有制度の第3の柱であるNPGという核協議制度である。同制度では、ほぼ全加盟国間で核抑止に関する情報の共有、同盟国側の懸念の伝達、核兵器の使用方針をめぐる議論を行う機会の提供等、NATO核抑止体制にとって重要な政策形成・意思決定の場となっている。
その重要な柱が、NATOにならい、米韓の間で新設された。
もう一つが、「有事における米国の核作戦に対する韓国の通常作戦支援」である。正確を期すべく、再び、原文を引こう。
In addition, the Alliance will work to enable joint execution and planning for ROK conventional support to U.S. nuclear operations in a contingency and improve combined exercises and training activities on the application of nuclear deterrence on the Korean Peninsula.
これもまた、NATOの「SNOWCAT」をモデルとした作戦に違いない。「SNOWCAT」とは「Support of Nuclear Operations with Conventional Air Tactics」の頭文字であり、直訳すれば、「通常(非核)航空戦術による核作戦支援」である。
以上のように、今回の米韓首脳会談は、核同盟としてのNATOにならい、核抑止力を大きく向上させた。日本は、韓国に追い越され、いわば、米韓に置き去りにされた格好だ。
米韓首脳会談では、「日米韓3か国の協力の重要性」についても合意された。
だが、肝心の日本政府は、今月の広島G7サミットでも「核兵器のない世界」を目指すという(前回投稿参照)。本当に、このままで大丈夫なのだろうか。