アメリカの地銀問題は対岸の火事に留まるのか?

先週の金曜日、トロントの証券マン氏から「アメリカの地銀問題はいつまで続くと思うか?」と聞かれたので「ファーストリパブリック銀行はつぶしてはいけない。仮にそれをしたら本当にSaving and Loan事件の二の舞になる」と。残念ながら当局はお得意の週末作業でファーストリパブリックの処理を決め、アメリカの最大の銀行、JPモルガンに超好条件で譲ってしまいました。

JPモルガンのジェームズ・ダイモンCEO Wikipediaより

月曜日、JPモルガンのダイモンCEOは得意満面で「これで嵐は去った」とし、JPモルガンがいかにも金融当局の業務の代行をしたかのような大御所のスタンスを見せました。ダイモン氏は現役の大物バンカーとしては唯一リーマンショックを経験した重鎮であり、誰も彼にモノが言えないというのが実情ではなかったかと思います。

が、市場はダイモンCEOの誇らしげな発言をあざ笑うかのように「次の破綻予備軍」のサーチを始めます。一部の地銀の株価は日中よりもアフターアワーの取引で崩落するケースが増えているのは市場参加者が少ないため、株価のボラティリティが高まるからです。3割4割安が当たり前になったアフターアワーの取引を受けた翌朝のNY市場は当然、一般投資家と機関投資家による売りが売りを呼ぶ展開となります。そしてアフターアワー取引の安値にすり合わせるように株価は目も当てられない状態になるのです。

FRBもダイモンCEOも伝統的で常識的な市場形成と金融事業の健全な運営がなされているという性善説に基づく発想が変わりつつあることを認めないのです。間違っているわけではないけれど違うフレーバーが生まれつつあることを見ようとしないのです。

その兆候を私はミーム株(はやり株)の取引にみています。コロナの最中、箸にも棒にもかからないような企業の株が突然何倍にも暴騰します。リテール投資家(個人投資家)がよってたかってボロ株祭りをしたのです。ヘッジファンドはあり得ない株価に当然、ショート(売り)で立ち向かいます。が、リテール投資家の買いの勢いは増す一方で一部のヘッジファンドは白旗を上げたのです。

その銘柄の一つ、Bed Bath and Beyondは今年初めから倒産が確実視されていたのにリテール投資家の根強い支持があり、株価が今年に入っても乱高下を続けます。が、同社のカナダ部門が破産し、本体も4月にようやく息絶えるのです。余談ですが、カナダにあった60か所の同店舗のスペースを虎視眈々と狙っていた大手の小売り会社が一気に群がり、大型ディールが次々と決まっています。21店舗分と10店舗分を奪い取った企業をはじめ、亡骸を貪るあくなき弱肉強食の世界にこの私ですらおののいてしまうのです。

ミーム株のチカラが何であったか、と言えば市場の常識であったプロと素人の境目が無くなった点です。「次の危ない銀行を探せ」と言うのは銀行を潰すテレビゲームの乗りに近い状態になっているのです。当然、個人投資家はショートを仕掛けるわけで、莫大な儲けを得ているのでしょう。

これを見た銀行の本当の顧客は恐れをなし、預金を引き揚げ、口座を解約するでしょう。ネットバンキングが進んだ時代の声なきパニックです。おまけに当局のやり方は猶予なく、金曜日に重篤な状況ならば月曜日の朝には葬式が終わっているのです。銀行版安楽死です。株主の保護も一切ありません。無茶苦茶です。この週末も葬式があるかもしれません。

カナダ最大手の一角、TDバンクがアメリカの南部の地銀、ファーストホライズン銀行と合併工作をしていましたが、昨日TDは破談を通告、違約金以外に270億円のお土産まで付けました。同行の株価はこれを嫌気し、今朝から崩落しこれを書いている現在で35%安です。大手銀行ですら、見放さざるを得ない状況になっているわけでJPモルガンがファーストリパブリックを救い「それで嵐は収まる」と思ったダイモンCEOは楽観視に過ぎなかったと思います。

ではお前はどうしたらよいと思うのか、と聞かれれば「銀行を潰さない。投資家を保護する」そのために必要資金を当局が保証し、注ぎ込み続けるしかないのです。公的注入です。もちろん税金を使うこのやり方はほぼ無理なのはわかっていますが、リーマンショックを切り抜けたのは公的資金だったことも事実なのです。今地銀で起きていることは一種の群集心理なのです。これに対峙できなければ地銀が崩壊するのです。

では我々は何処にお金を預ければよいのか、といえばそんなのはいくらでも代替できるのです。MMFがもっともポピュラーですが、ビットコインでも金(ゴールド)でも更には不動産でもあります。アップルの銀行化についても私が懸念したとおりになりました。同社が提示した4.15%の利息に個人は飛びつき、開始4日間だけで1360億円も集めたのです。マネーの腰は軽いのです。義理も人情も律儀もないのです。昨日までは「愛は永遠よ」と言っていたのに今朝になれば「お別れね!」なのです。理由はネットという無機質なやり取りだからです。

パウエル議長が昨日の記者会見の際、「Regrets, I’ve had a few」と述べました。そう、フランクシナトラのマイウェイの一節です。「後悔も多少はあった」と言う意味です。つまり、FRBも間違いを犯したことを認めたとも言えます。昨日のパウエル氏の記者会見の前半の質疑は防戦一方でした。この記者会見、質問は最前列に座るいつもの大手メディアのメンバーによる一番聞きたいおいしい質問から始まるのですが、確か2列目にいたウォールストリートジャーナルの若手記者の質問にパウエル議長が詰まる一幕もありました。

不幸にもイエレン財務長官は債務上限問題で手いっぱいなのです。ここはパウエル議長が踏ん張らないと対岸の火事では済まされない大延焼を引き起こす可能性がないとは言えなくなります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年5月5日の記事より転載させていただきました。