キーウの「警告攻撃」か露の「偽旗工作」か:クレムリンの無人機襲撃

ロシアのクレムリン宮殿に向かって2機の無人機が突然、上空から現れ、迫ってくる。ロシア軍の対空防御システムが起動して撃ち落す。無人機は爆発した。このシーンはロシアのビデオが放映したものだ。

北欧諸国サミット会談に参加したゼレンスキー大統領(左から3番目)ウクライナ大統領府公式サイトから、2023年5月3日、ヘルシンキで

モスクワからの第一報はプーチン大統領暗殺未遂事件ではないか、というものだった。夜のニュース番組で同シーンを見ていて、不謹慎かもしれないが、1944年に起きたドイツ国防軍将校によるヒトラー暗殺計画を思い出した。数年前に見た米独合作映画「ワルキューレ」(2008年)の話だ。「ヒトラー暗殺未遂事件」と呼ばれる歴史的な出来事を映画化したものだ。第2次世界大戦後半の1944年7月20日、シュタウフェンベルク陸軍大佐が現在のポーランド北部にあった総統大本営の会議室に爆弾入りの鞄を置いた。爆発したが、ヒトラーは軽傷で済んだ。大佐は同日中に逮捕され、仲間の将校らとベルリンで銃殺になった。

今回の無人機襲撃事件はロシアのプーチン大統領の暗殺を狙ったものであるかは現時点で不明だ。ロシア側は即、ウクライナ軍のプーチン大統領暗殺未遂事件だと断言し、ウクライナを非難。一方、ウクライナ側は、「わが国は事件には全く関与していない」と、ロシア側の主張を一蹴している。

いつものことだが、ロシアとウクライナ側の主張は100%異なっている。例えば、ドイツとロシア間を結ぶ天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム」の破壊問題でもそうだった(ただ、ここにきて、ロシア側の仕業であったことが明らかになってきている。デンマーク国防軍は、昨年9月22日にボーンホルム島の東で巡視船がロシアのSS-750の26枚の写真を撮っていたことを明らかした)。

独裁者は常に暗殺の危機に遭遇するものだ。その点、プーチン氏も例外ではない。最初の暗殺未遂報道は昨年3月、ロシア軍のウクライナ侵攻後に生じているが、プーチン氏は生き延びた。情報源はウクライナ軍事諜報機関SBUだ。それによると「事件は完全な失敗に終わった」という。SBUのキリロ・ブダノフ長官は当時、ウクライナの新聞プラウダに語っている。オーストリア日刊紙クリアによれば、プーチン大統領をターゲットとした暗殺未遂事件は昨年5月段階で少なくとも5件あったというから、現在、その件数は2桁台となっているかもしれない(「『プーチン暗殺未遂事件』の因果」2022年5月28日参考)。

事件を振り返ってみる。ロシアは「ウクライナはプーチン大統領を無人機で攻撃した。クレムリンを狙った2機の無人偵察機は3日未明に傍受された」という。ソーシャルネットワークで広まっているビデオによると、クレムリンの建物の1つで煙が上がっている。別のビデオはクレムリンでの爆発の瞬間を映している。クレムリンによると、「攻撃は計画されたテロ攻撃とロシア連邦大統領に対する暗殺未遂」という。

一方、キーウ側は「モスクワのでっち上げだ」と非難。フィンランドの首都ヘルシンキで開催された北欧諸国のサミットに出席していたゼレンスキー大統領は、「我々はプーチンやモスクワを攻撃していない。私たちは自分たちの領土で戦っており、村や町を守っているだけだ」と述べている。ウクライナ大統領の顧問であるミハイロ・ポドリャク氏によると、「無人機によるクレムリン攻撃といったアプローチは戦場でウクライナに何の役にも立たず、より急進的な措置をロシアが取るように仕向けるだけだ」と説明しているほどだ。

著名なロシア専門家、インスブルック大学の政治学者ゲルハルト・マンゴット教授は、「ウクライナ側のデモンストレーションの可能性が考えられるが、プーチン大統領を狙った暗殺未遂事件ではないだろう。なぜならば、プーチン氏はクレムリン宮殿にはめったにいないし、夜はクレムリンで休むことはないことをキーウ側も知っているからだ。西側メディアが『プーチン暗殺未遂事件だった可能性があった』と報じれば、ロシア側のプロパガンダに役立つだけだ」と指摘している。

同教授はまた、「技術的には、モスクワの偽旗(False Flag)作戦の可能がある。偽のビデオだ。祖国が危険にさらされており、戦争が差し迫っていることをロシア国民に明らかにすることで、ロシアの世論を掻き立てることができる。ただし、ロシアの防空システムがあまり効果的ではないことを認めることにもなる」と述べている。

同教授によれば、クレムリン宮殿への無人機攻撃で考えられるシナリオは、①キーウの「警告攻撃」、②モスクワの「偽旗工作」の2通りとなるわけだ。

参考までに、「ワルキューレ」の場合、「ヒトラー暗殺計画」を練っていたシュタウフェンベルク陸軍大佐らにとって最も重要な情報は、「いつ、どこにヒトラーがいるか」だった。その正確な情報を得るまでヒトラー側に気付かれないように情報を入手しなければならない。そして情報を一旦入手したならば、即実行に移さなければならない。考えたりする猶予はなかった。

同じことが「プーチン氏暗殺計画」でも当てはまるはずだ。ウクライナ側は、プーチン大統領が3日未明、どこにいるのか、休んでいるのか知っていたのだろうか。プーチン氏がクレムリン宮殿にはほどんどいない、夜の時間にそこでは休まない、という情報をウクライナ側が知っていたとすれば、無人機によるクレムリン宮殿襲撃は元々プーチン氏を狙ったものではなかった、というべきだろう。

明確な点は、ロシアとウクライナの両国国境地帯で最近、不審な妨害行為や破壊活動が増えていることだ。ロシアのタス通信が4日報告したところによると、ロシア南部のクリミア半島近くのイルスキ村にある石油精製所のタンクファームが攻撃された。3日未明には、クリミア半島への橋の近くのヴォルナ村で、燃料貯蔵庫が火事になった。クリミア半島の戦略的に重要な港湾都市セヴァストポリの燃料貯蔵所が4月29日、無人機攻撃を受けて火事になった、といった具合だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。