THE BOOM 元ベーシスト 山川 浩正
「島唄」、「風になりたい」などのヒットソングで知られるバンド「THE BOOM」。1993年発売の「島唄」は150万を超えるヒットとなり、記憶にある人も多いだろう。2014年、THE BOOMは25年の活動に終止符を打ち、解散する。
現在も音楽活動を続けるTHE BOOMの元ベーシスト山川浩正氏は変わりゆく音楽業界の中で現在の「数字」が重視されることに危機感を感じているという。「数字信仰」とも言うべき音楽業界の現状について、山川氏は何を思うのか。
「良い曲」は自然に広がっていった過去の音楽シーン
少し、昔の話をしよう。
音楽は流行であり、娯楽。そして、それはレコードやCDなどお金を出して手に入れるものだった。しかし、あるときを境に音楽の評価というべき指標が変わってくる。
日本の歌謡曲が盛り上がった1960年代から、J-POPバブルと言われた1990年代までの音楽はCDの売上がすべてだったが、2000年代以降はCDの売上よりも、オンラインストアのダウンロード数やYoutubeでの視聴再生数が重視されるようになる。別の言い方をすれば、音楽は買うものではなく無料で聞くことができるようになったとも言える。
いまはアップルミュージックやAmazonプライムなどに代表されるいわゆる「サブスクリプション」と呼ばれる定額制の音楽視聴が主流で、単体のミュージシャンのCDを購入して聞くこともあまり多くはない。
インターネットが当たり前のインフラになり、どんなジャンルの音楽でも手軽にアクセスできるようになった。これ自体は悪いことではないと思う。しかし、あなたが検索してヒットした楽曲の最初の評価は「どのくらい再生されているのか?」という指標になっていないだろうか。これを僕は危惧している。
先に伝えておくが、決して数字すべてを否定するつもりはない。僕らがTHE BOOM時代に発表した「島唄」は150万枚を超えるヒットになったし、こうした数字が出るからこそ、25年もの間、音楽活動を続けてこれたというのは事実だと思う。実際、ヒット曲が出なければレコード会社などとの契約が切られてしまうこともあるし、そういう意味では数字はひとつの重要な指標といえる。しかし、過去と現在では少しその「数字」は違うのではないかと僕は考えている。
インターネットがない時代には、音楽は口コミでしか広がらないものだった。例えば、友人のひとりがテレビの音楽番組やラジオなどであるバンドに偶然出会う。これまでにない音楽を提供しているバンドで、その友人はすっかりその虜になる。CDを購入して聞く。今度はその感動を誰かに伝えたくなる。カセット・テープにダビングして別の友人に配る。それを聞いたその友人が共感し、感動する。そしてまた別の友人に広がっていく。過去、音楽はこういった広がり方をしていたのだ。
つまり、「音楽が良かったから」広がったわけである。再生数などの指標は当然ないし、ただただ楽曲の評価がされていた。それで広がったものは、本当に「音楽として」評価されたということになる。
もっとも、1990年代はオリコンを始めとするCDランキング等も指標になったため、後期は純粋に音楽が評価されて売れたかどうかは怪しい部分がある。やはり、ランキング上位だからという数字で評価されるからだ。とはいえ、ランキングはきっかけで「聞いてみてから評価する」というスタンスは強かったと思う。それが過去の音楽の評価方法だ。
視聴回数が多い楽曲は優れた楽曲なのか?
プロのミュージシャンの立場として言わせてもらうと、Youtube等の視聴再生数が多いからといって、必ずしも良い楽曲とは言えないのが事実だ。プロの目線から見れば、楽曲の作り込みや歌詞の深さなど、本当に良い楽曲かどうかは判断できる。もちろん、良い楽曲だから売れるというわけでもないところが音楽の不思議なところだが、楽曲制作の「プロフェショナル」という立場から見れば、Youtubeの視聴再生数が多くても素人の域を出ない楽曲も多い。
そして最も懸念していることは、最大の指標が「視聴再生数」から始まることだ。かつては楽曲が良いから口コミで拡散された。ところがいまは「視聴再生数が多くない楽曲は、評価されていない楽曲で、良い曲ではない」という印象を持たれてしまう。
友人に推しのバンドを教えるときも「Youtubeで100万回以上再生されているバンドなんだ」などと伝えることはよくある。もちろんバズる要素を持っているのだから何かしらの魅力はあると思う。でも、より重要なのは逆の側面だ。
つまり「再生数の少ない楽曲が、優れていない。良い音楽ではない。」という価値観である。かつてはマイナーなミュージシャンやインディーズバンドなど「知られていないこと」が希少価値だった時代もあったが、いまは視聴数が多い方が王様だ。極端な言い方をすれば、いまは楽曲を評価しているのではなく、数字を評価しているのである。
ハードルが下がったことには異論はないが…
インターネットを通じて誰でも音楽を通じた表現ができる環境について、僕は否定するつもりはない。インターネットがあるからこそ脚光を浴びたミュージシャンもいるし、とても良い時代になったと思う。しかし、ここで気をつけたいことが2つある。ひとつは視聴数至上主義だ。
Youtubeで収益化するのは決して簡単ではないが、誰もがやはりそれを考える。音楽活動を続けてYoutubeに投稿するだけで食べていけるならそれはミュージシャンにとって正に夢のような生活だが、実際はそんな簡単ではない。再生数が増えないと、楽曲について考えるより再生数を伸ばすための施策ばかり考えるようになる。
再生数が多いほかのミュージシャンを参考にしたり、サムネイルやタイトルの工夫をしたりといった具合だ。もちろん見てもらうための努力は必要だ。ただ、中にはYoutubeのアルゴリズムを研究して、バズっている動画の関連動画に出す施策に没頭しているミュージシャンすら存在する。これでは本末転倒だ。音楽を通じて何をしたかったのか、わからなくなる。
もうひとつが「プロ意識の差」だ。もともとプロのミュージシャンとそうでないミュージシャンには大きな差があった。その根拠となるのが「オーディション」だ。過去、ミュージシャンとして活動するためにはオーディションを通過する必要があった。だから売れる売れないは別として、一定以上のクオリティを持っていなければミュージシャンとして活動することはできなかった。
かつてはアーティストとして評価されることが難しかったアイドルなども、楽曲自体はプロフェショナルがつくっていた。プロの作詞家や作曲家が手掛けていたのだから、過去のアイドルももっと評価されても良かったとも言える。さらに付け加えるのなら、衣装やステージなども当然プロの手によって作られたものだった。
つまりプロも素人も混じって数字競争をしているのが、現在の音楽なのだ。そしてその評価が再生数によって行われている。
数字の価値観を手放してみよう
現状の音楽シーンが良いものなのか、悪いものなのか。それに関しての結論はまだ出せる時期ではないと思っている。ただ、「数字信仰」とも言える再生数至上主義は一度手放した方がより良く音楽を楽しめるのではないかと思うのだ。
再生数が少なくても、良い楽曲をつくっているミュージシャンは多数存在する。再生数にこだわらずに検索したら、あなたがもっと感動するミュージシャンと出会えるかもしれない。
そもそも、ミュージシャンはなぜミュージシャンを目指したのか。
例えば、こんな話がある。あるストリートミュージシャンが、路上で演奏をしていた。そのミュージシャンに観客が足を止めることは少なかったが、「目標は武道館」と言っていた。しかし、目の前のお客さんを感動させることができないのに、武道館という「数字」を目指すのはどうなのだろうか。
僕は、音楽を通じて自己表現がしたかった。そして、自分の音楽を通じて人を楽しませたかった。THE BOOMのデビュー前のホコ天時代にライブに来てくれる人が数名でも、デビューしてから武道館1万人集まってくれたときでも、その想いは変わらない。
もう一度、音楽とはなにか? それを考えるときなのかもしれない。
山川浩正(ベーシスト)
■Live!
THE BOOM tribute LIVE「WE LOVE THE BOOM」
2023年5月21日(日) 南青山MANDALA
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山川 浩正 ベーシスト
2014年に解散したロックバンド「THE BOOM」の元メンバー。THE BOOMは「島唄」(150万枚)、「風になりたい」等のヒットで知られる。「島唄」は第35回レコード大賞ベストソング賞受賞。第44回、第53回、第59回NHK紅白歌合戦出演。現在はソロで音楽活動を続ける傍ら、ベーシストとして東京60WATTS、馬場俊英ライブツアー、大沢樹生ソロライブ、The Musical Day ~Heart to Heart~2023など様々なアーティストのサポートやアレンジャー、レッスン講師としても活動。自身が一型糖尿病に罹患していることから、病気・障害を支援する啓蒙、音楽活動も行う。1965年、山梨県生まれ。
公式サイト https://www.happymt.club/
Twitter https://twitter.com/jazzbass1965
Instagram https://www.instagram.com/yamakawa_hiromasa/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年5月9日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。