1. 少子化の現状
こどもの日の年中行事
日本の総務省とマスコミ各社の間には、こどもの日と敬老の日に律儀なまでの年中行事の慣行が存在する。なぜなら、その日に合わせて、総務省が約一カ月前の最新のデータを要約して記者クラブで配布し、当日の朝刊にその主な内容を掲載してもらうという密接な関係が偲ばれる報道姿勢があるからである。
今年も5月5日の朝刊各紙では、文字数こそ違うが、総務省が4月1日現在の「人口推計値」を発表した資料(以下、「総務省報道資料」と表現)を基にした記事が出揃った。
私は20年ほど前にこの蜜月関係に気が付いて、通常は札幌で一紙しか購読していないが、こどもの日と9月の敬老の日に滞在している都市で、全国紙(「朝日」「読売」「毎日」「日経」)、ブロック紙(札幌なら「北海道」、佐賀では「西日本」)、地方紙(神戸なら「神戸」、佐賀では「佐賀」)をコンビニで購入し、それを一覧表にまとめた資料を作成して、社会学概論や社会学講義で配布し、解説するのを楽しみにしていた注1)。大学を定年退職してからも、この私なりの「年中行事」を習慣として行っている。
本年の傾向
さて、今年の「総務省報道資料」では、
- 年齢3歳階級別子ども数が幼くなるほど減少
- 年少人口率の連続的低下(2023年で49年連続低下)
- 年少人口数の連続的減少(2023年で42年連続減少)
- 国連に加盟する人口4000万人以上の36カ国のなかで、「年少人口率」では日本が最低比率
- 都道府県別こどもの比率では最高の沖縄県が16.3%、最低の秋田県が9.3%
などが主な内容としてまとめられている。
なお、従来の代表的な少子化指標である「合計特殊出生率」については本年前半に2021年のそれが1.30と発表されたために、特に触れられてはいなかった。
年齢3歳幅階級別こども数
以下、各紙の記事には精粗のむらがあるので、全体を概観しておこう。
手持ちの新聞切り抜き資料の制約で2016年以降の傾向を見ると、①は2023年まで連続していて、本年は図1の通りである。すなわち、「0~2歳」が243万人(総人口に占める比率は2.0%)、「3~5歳」が267万人(2.1%)、「6~8歳」が296万人(2.4%)、「9~11歳」が308万人(2.5%)、「12~14歳」が321万人(2.6%)であった。
「待機児童ゼロ」と「ワークライフバランス」政策の効果はゼロに近かった
実際に2023年の結果を2018年と比較してみると、その後の少子化の勢いが鮮明になる。すなわち、表1によれば、3歳ごとの人口数合計が「12〜14歳」では326万人であったが、幼くなるほど2023年の減少幅が大きくなった。
具体的には「0歳~2歳」では2018年は293万人であったが、2023年になると243万人に落ち込んだことに象徴される。この差は50万人になる。その他も「3~5歳」が298万人から267万人(31万人減少)へ、「6~8歳」が313万人から296万人(17万人減少)へ、「9~11歳」323万人からが308万人(15万人減少)へという具合に下がっていたのである。
この傾向から、この時期までの30年間、政府の少子化対策の基幹であった「待機児童ゼロ」と「ワークライフバランス」政策の効果はゼロに近かったと言わざるを得ない。
6月の「骨太の方針」はこの反省を行うのか
このゼロ効果への視点は2023年の3月末の「こども・子育て政策の強化について(試案)」(いわゆる「少子化対策のたたき台」)には取り込まれていないために、6月に予定されている「骨太の方針」が気がかりになってくる。この2大政策が復活すれば、「異次元」には届かないし、「人口反転」はもはや完全に手遅れになる。
第二のトピックとしては、42年間の「こども数」の連続減少、比率では実に49年間の連続低下を図2で確認しておこう。そこではわずか70年間で未曽有な人口変動が浮き上がってくる。
50年間の趨勢
このうち「年少人口比率」の連続的低下は、1975年の24.3%から始まった。「国勢調査」と「人口推計」に依存した図2を見ると、1975年の高齢化率はまだ7.9%でしかなかった。それは日本の高齢化元年である1970年の7.1%をわずかに超えた程度であった。
だからいわゆる「生産年齢人口」も67.7%を記録しているが、1975年の高校進学率は91%になり、実質的に18歳までは「生産年齢」ではなくなっていた。同時に大学進学率も37.7%に上がっていた(国立社会保障・人口問題研究所、2007:150)。
この50年間で「少子化する高齢社会」が完成して、10歳代の働ける年齢層が激減し、高齢化率は4倍増となり、年少人口率も半減以下となった。この趨勢を見た後世の日本史家の慨嘆が聞こえてくるようである。未曽有の人口変動への政策的な対応としては、僅かに2000年4月からの「介護保険」制度のみが、高齢化に正対したにすぎない。
主因の「未婚率の上昇」への配慮がなかった
少子化については、日本の社会システム全体のリスクであることへの思慮が不足して、主因の一つである「未婚率の上昇」にはその原因についての議論がなされず、放置されたままで推移してきた注2)。日本を含む東アジアでは婚外子率2%程度なので、未婚率の上昇が少子化に直結することへの配慮が欠如していた注3)。
その反動として、もう一つの主因である「既婚者の産み控えへの応援」が30年間の柱になった。なぜなら、いくつかの機関で時々行われる「希望する子ども数調査」でも子どもの現状は2人だが、ホンネは3人という回答が多かったからである。そのため、2つの国策が自治体行政を経由して精力的に行われてきた。
すなわち、
① ワークライフバランス、両立ライフ(厚生労働省、内閣府、経済産業省、マスコミ、政治家、多数の研究者)
② 保育所待機児童ゼロ作戦(厚生労働省、内閣府、文科省、マスコミ、政治家、多数の研究者)
である注4)。
しかし、①についてはほとんどが大企業でのみ可能であり、中央官庁でも都道府県や市町村でも難しい状態が続いている。ましてや、企業全体の90%を超える中小零細企業では、その種のワークライフバランスは不可能である状態が続いてきた。
さらに社会認識論からも、その政策はワーク(職場)とライフ(家庭、家族)に特化しすぎており、コミュニティ(地域社会)の視点に欠けたものであった注5)。同時に職場に関連する「ワーク」では非正規雇用問題解決の見通しに暗く、家族に関連する「ライフ」では介護問題を意識していない。
このようなきわめて不十分な少子化対策が、年間数兆円直近では6兆円もかけて30年以上も政府によって続けられてきたことに驚くが、そこからの反省を踏まえて、私は2014年あたりから「ワーク・ケア・コミュニティ・ライフ・バランス」への必然性を強調してきたが、反応は皆無であった(金子、2014)。
世界の中での「日本の少子化」の位置づけ
第三に、「総務省報道資料」では国連に加盟する人口4000万人以上の36カ国を取り上げて、「こどもの割合」(年少人口割合)を比較している。この比較方法は、福祉系の研究に多い人口規模をまったく無視した方法よりも優れている。たとえば北欧のフィンランドやノルウェーなど人口が500万人程度の国と1億2500万人の日本の福祉水準を比べて、日本の現状は著しく遅れている、劣っているといった議論の仕方である。
人口数で25倍の差があれば、人口数10万の自治体と250万人の自治体を比べるようなものだし、入院ベッド数が5人の診療所と125のベッド数をもつ中規模病院を比較するに等しい。それぞれに規模に応じた組織システムが出来ており、アウトプットも異なる。学術的な比較研究では、このような事情に配慮しておきたい。
36カ国比較で、「こども比率」の低い方からの結果を表2で示しておこう。
東アジアの日本と韓国の低さが際立つが、マクロ的には第2次大戦中の日独伊の枢軸国と枢軸国よりだったスペイン、そして枢軸国だったタイが上位6位までを独占している状態が注目される。
これは連合軍の主力だった米英仏中ロの比率とは対照的である。連合国に属した戦勝国では、この75年間人口増加政策を積極的に行っても国民もマスコミも特に反対はしなかったが、敗戦国では「産めよ増やせよ」は禁句となった。なぜなら、「軍国主義」がその標語には付きまとっていたからである。このように人口とりわけ年少人口では、常に歴史的遺産の重みが感じられる注6)。
第四には、「こども比率」(年少人口率)の高低が都道府県別に発表された。これも表3でまとめておこう。
このランキングに登場する都道府県は例年ほぼ変わらない。日本列島の地図でいえば、「西高東低」の状態にある。すなわち、相対的に「こども比率」が高い県は沖縄県、佐賀県、熊本県、鹿児島県、宮崎県などの九州地方に多い。一方でそれが低い県は、秋田県、青森県、岩手県の東北と北海道、四国の高知県と徳島県になった注7)。
以上のデータが本年の「こどもの日」朝刊各紙に最大公約数として掲載されたが、次に比較法により各紙の扱い方の特徴をまとめてみよう。
2.マスコミ「少子化報道」の特徴
新聞報道に限定
ここでのマスコミを新聞に限定するのは、テレビ放送では見逃しが多くて、データとして使いにくいからである。逆に新聞ならば、こどもの日と敬老の日にコンビニで確実に買えるというメリットがあり、全国紙もブロック紙も地方紙もその日の朝刊を点検することが容易である。その方式で20年にわたり毎年2回の資料作りを行ってきた。
通常の一紙のみの購読では、同じテーマの政府発表でも新聞各紙の記事の相違は分からない。ネタ元は同じだから、各紙の記事もまた類似するのは仕方がない。しかし使用した5年度(2023年、2020年、2018年、2017年、2016年)分の資料から、類似を越えた完全一致が形式上でも記事内容でも確認されたのである。
2023年のこどもの日
まず、2023年5月5日の記事比較をしてみよう。札幌在住の私が使ったのは、「朝日」「読売」「毎日」「日経」そして「北海道」であった注8)。
表4に文字数、見出し、グラフの有無でまとめた。
5紙の報道個性
本年の内容は前節で紹介したので、あらかじめ5年度分の5紙の報道姿勢を箇条書きで指摘しておきたい。
- 「朝日」の少子化報道については、文字数276字に見られるようにその記事量が極端に少ない。そしてグラフを掲載しない。
- 「読売」の文字量は604字であり、「朝日」を除く4紙とほぼ変わらないが、この社は独自の折れ線グラフと棒グラフを掲載する傾向がある。
- 「日経」の記事量は457字だったが、グラフ掲載が他社に比べて恣意的な印象がある。
- 「毎日」の記事は652字でまとめられていて、「北海道」の記事は613字だったが、この両社では記事の約95%が全く同じであった。さらに図3のような全く同じグラフを使うという伝統がある。
驚きの酷似
過去20年間、年に2回の資料作成に当たり、これは驚きであった。
何しろ、平成の後半あたりから全国紙の販売部数の低下や地方紙ブロック紙の落ち込みの中、新聞社はその存続をかけて販売促進に努めている現在、系列会社でもなく、親会社・子会社の関係もない二つの新聞社の記事が95%酷似した。加えて記事に添えたグラフまで同じであった。
共同通信社の記事を借用か?
この背景として思い当たることは、日本のマスコミでは共同通信社からの記事をそのまま使用するという慣行である。
ちなみに共同通信のホームページで検索すると、「共同通信加盟社発行新聞」には、「毎日」「日経」「産経」の全国紙を始め、ブロック紙(「北海道」「西日本」)も地方紙(「神戸」「佐賀」)も大半が加盟して、合計で54社を数える。もう一つは、「契約社発行新聞」として全国紙の「朝日」と「読売」を含む12社が加盟していた。
そこで、エビデンスはないが、「毎日」と「北海道」はともに共同通信の記事をそのまま転用したのではないかという想像が生まれる。なぜなら、総務省の資料には図3のグラフはなかったからである。
2022年のこどもの日の新聞5紙ではこのような傾向がなかった。しかし、2021年ではグラフの共用こそなかったが、「毎日」記事の488字がすべて「北海道」記事の604字に重なり、同じ文章が使われていた。なお、この年の「朝日」の文字数は400字であり、「読売」は388字だったが、例年通り独自の棒グラフと折れ線グラフを組み入れていた。
2020年の傾向
2020年のこどもの日にはコロナ禍の関係で佐賀県の実家に滞在していたので、地方紙は「佐賀」、ブロック紙は「西日本」であり、「産経」も購入できた。記事量でいえば、「西日本」619字のなかに「日経」の485字、「毎日」の411字、「産経」の474字がすべて含まれ、「佐賀」の361字は佐賀県の実情を記した50字を除くと、この4社の記事と同一になった注9)。
この年の「朝日」は見出しもグラフもなく、文字数が368字であったが、369字の「読売」の棒グラフと折れ線グラフは健在であった。
記事の文字数と見出しは表5の通りであり、グラフ無しが「朝日」と「西日本」、独自が「読売」の棒グラフと折れ線グラフ、図4のこどもの絵を外しただけ「産経」のグラフ、そして図4を共用した「毎日」「日経」「佐賀」に分けられた。同じグラフを使う新聞では記事もまた共用される傾向がこの年は特に鮮明であった。
2018年の傾向
2018年のこどもの日には神戸にいたので、地方紙としては「神戸」が該当するが、「産経」も購入できた。この日も、図5のグラフが「毎日」「日経」「神戸」で使われていた。
そして、「産経」でも図5の子どもの絵を外してだけで、その他は同じであったので、6社のうち4社が同じグラフを使ったといえる。
記事の分量では「神戸」が632字であり、神戸関係の84字を省くと548字になり、「毎日」の490字とほぼ重なった。
図5のグラフを共用した「日経」はなぜか354字しかなく、「神戸」と「毎日」との記事の重複性はなかった。「産経」もグラフは「神戸」「毎日」「日経」と共有したが、350字なりに縮小されていた。「朝日」は264字しかなく、これでは少子化の現状も深刻さも伝わらない。「読売」も398字だったが、独自の棒グラフと折れ線グラフはこの年も健在であった。
さて図6は、2017年の典型的な重複箇所を示す記事見本であり、これまでのエビデンスとして実物をそのまま紹介する。右から「産経」、中央が「毎日」、左側が「神戸」である。改行による違いはあるが、これまで指摘したような記事の一致が一目瞭然である注10)。
2016年の傾向
この年は「日経」と「神戸」で図7が使われていて、記事の内容が全く同じであった。すなわち506字の「神戸」の記事のうち、兵庫県関係の35字分を除いた471字分が、すべて495 字の「日経」の中に含まれていたのである。
また、グラフは使わなかったものの「毎日」の500字のうち20字程度を除く480字は、「神戸」と「日経」に重なっていた。やはり「共同通信加盟社発行新聞」として、共同通信から提供された記事を使ったのであろう。
しかしこの年は、表7のように「朝日」が503字の記事に加えて、都道府県別の上位5県と下位5県の統計表を掲載していた。この年以降の「朝日」とは別物のような紙面であった。さらに394字の「読売」は、独自の棒グラフと折れ線グラフを掲載しなかった。
5年度分の「こどもの日の記事」比較から
これまで示してきたように、例年の「こどもの日」の朝刊では全国紙、ブロック紙、地方紙の違いを問わず、5月4日に発表された「総務省報道資料」を要約した共同通信社による配信記事(?)の丸写しというべき状態が定着している。なぜなら、通常は取材を第一義とする新聞社の個性がそれぞれの記事にほとんど見られないからである。
同時にグラフ形式が同一という紙面が複数あることも、丸写しの疑いを濃くする。新聞社が独自に記事を作成する際、グラフの中の「こどもの絵」までが同一であることなど、ライバル関係にある新聞社間では絶対にありえないからである。
比較方法の重要性
資料を交えたこの講義を前期の授業15回のうち1回だけ20年近くやってきたが、受講生の感想でもっとも多かったのは、「新聞記事は記者が取材して書いていると思っていたが、現実はそうではないことが分かり、裏切られた気持ちが強い」という反応であった。合わせて、新聞を読まない大半の学生が仮に読んでいても一紙だけであったから、「複数資料を比較することの意義が理解できた」という意見がかなり寄せられた。
私はマスコミ論を教えていたのではなく、この2点の感想を次の授業で要約して、社会学概論や社会学講義の内容に戻り、独自調査を行う社会学の実証性の意義と比較方法の重要性を強調しながら講義を続けるというスタイルであった。
今回使用した資料は、各年度それぞれにそのような講義の思い出も詰まっていて、この20年の歴史を回想する素材にもなった。
ただし、せっかくの「こどもの日」のこども関連記事がこの状態では、新聞社独自の「異次元の少子化対策」への期待は萎んでしまう。それでは人口反転の最後の機会となる6月の「骨太の方針」にとってもためにならない。実現性のある建設的な「異次元性」を各社示してほしい。
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注1)その日の滞在地で「産経」が販売されていれば、それも購入していた。
注2)少子化関連の各種委員会では、政府、自治体、マスコミの「待機児童ゼロ」への執念が伝わってきた。新聞は年に数回、主要大都市の「待機児童数」を報道して、この対策こそが「少子化対策」の主流だという印象を長期にわたり国民に植え付けたように思われる。
注3)世界の主要国の「婚外子率」と「合計特殊出生率」は、金子(2023a)でその相関係数と共に紹介した。
注4)この両者の限界については、金子(2003;2006;2016)で繰り返し指摘してきた。
注5)児童虐待やいじめなどの事件が起きると、その時だけは「地域社会(コミュニティ)の力」を見直そうという程度の扱いでしかなかった。
注6)「少子化対策の異次元性」には単なる財源論だけではなく、このような歴史への配慮も加えておきたい。
注7)全国一律の「少子化対策」ではなく、このような都道府県別の傾向の相違への配慮もまた、「骨太の方針」では心がけてほしい。
注8)なお新聞名については、たとえば朝日新聞を「朝日」というように短縮した。
注9)すなわち、これらの5社はすべて「共同通信加盟社発行新聞」だったことでもあり、「共同通信」が配信した記事を使ったのではないかと想像できる。
注10)マスコミで多用される読者の「知る権利」はここにも該当するであろう。
【参照文献】
- 金子勇,2003,『都市の少子社会』東京大学出版会.
- 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会.
- 金子勇,2014,『日本のアクティブエイジング』北海道大学出版会.
- 金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2023a,「『異次元の少子化対策』考」(アゴラ言論プラットフォーム 1月24日).
- 国立社会保障・人口問題研究所,2007,『人口の動向 日本と世界2007』厚生統計協会.