地域大国の未来は変革よりも”内戦”の可能性大
トルコの命運のみならず、中東の安全保障、はてはウクライナ情勢にも大きな影響を与えうる選挙が間もなく始まる。
今回の2023年トルコ総選挙では、大統領と大国民議会議員を選出する。現職の大統領エルドアンは、自身の失政による経済の低迷、また2月に発生した大地震でも対応が遅れたことで民心の離反に直面している。それゆえ、執筆時点で最新の大統領選の調査結果では、野党候補がエルドアンをリードしている。主要メディアはエルドアンのオウンゴールに焦点をあてているが、もっと大きな原因がある。
エルドアンが立場を危うくしている最大の理由は、野党が大統領候補を一本化したからだ。今回、大統領選に出馬するのは、エルドアンと野党統一候補、世俗派とトルコ人至上主義者の4人だ。
後の二人は泡沫候補と言っていいので、実質的にはエルドアンと野党候補の一騎打ちの構図となっている。本稿執筆中に世俗派候補の1人が辞退を表明した。どの調査でも支持率が一桁台だったので大勢には影響しないが、エルドアンはさらに不利となる。
トルコ政治の主な対立軸は、トルコ人とクルド人、ムスリム(イスラム教徒)と世俗派である。野党も、世俗派とクルド派でそれぞれ大きな政党が存在する。
世俗派を代表するのは野党第一党の共和人民党(CHP)、国父ケマル・アタテュルクが設立した由緒ある政党だ。これまでは、主にCHP側の反クルド感情が原因で協力が進まず、またクルド側にも反CHP感情が蔓延し、統一候補を立てることができなかった。ただ、2019年のイスタンブール市長選で、クルド側がCHPの現職支持に回ったあたりから潮目が変わってきた。同盟を組まずとも選挙では妥協するという関係になっていったのだ。
今回、世俗派とクルド派は別々の陣営を組んでいるが、クルド派からは候補者を出さずCHPの党首ケマル・クルチダロールを実質的な統一大統領候補とした。クルド側も「1票はクルド政党へ、1票はクルチダロールへ」と呼び掛けている。
苦境に置かれた与党側はなりふり構わない攻撃に出ている。まずは、選挙活動に携わるクルド人の大量摘発だ。
フランス24などは2週間ほど前、トルコのクルド人地域各地でクルド人活動家、ジャーナリスト、弁護士ら110人が逮捕されたと報じた。当局は容疑を「テロ組織への資金援助、メンバーの勧誘」としているが、具体的な証拠などは示されていない。トルコでは、「政権批判」「野党に関係」といった内容だけでクルド人を逮捕することが可能なのである。
それらの記事の中でも、与党に厳しい情勢が伝えられる中での選挙対策の側面が指摘されている。これはほんの氷山の一角で、トルコ語のクルド系メディアなどでは頻繁にクルド人逮捕の見出しが踊っている。
また、こうした強権的手法を採りにくいトルコ人の野党支持者に対しては、中傷プロパガンダキャンペーンを展開している。最大野党CHPがクルド側と歩調を合わせたことから、「クルド人テロ組織と連携している」と与党支持者らにより拡散されている。ただ、今回、エルドアンに背を向ける人の多くが経済的苦境、地震対応への不満といった生活に直結した理由によることから、こうしたキャンペーンは実を結ぶに至っていない。
これはむしろ、クルチダロールが政権をとった後にこそ功を奏するキャンペーンであろう。選挙活動における暴力事件も報じられている。
日本でも”小ネタ”として報じられたが、トルコ東部エルズルムで7日、与党の牙城とされる東部エルズルムでCHPのイスタンブール市長イマモールが応援演説を実施した。この時、与党の支持者らが「投石攻撃」を行ったのである。イマモール本人は傘に守られ退散し難を逃れたが、聴衆に子どもを含むけが人が出た。その翌日の8日、クルド人地域のガジャンテプで与党が選挙集会を実施したところ、今度は彼らが野党支持者の投石攻撃に曝された。
欧米は口先では今回の選挙における「中立」を謳っているが、時代錯誤なオスマン帝国主義を振りかざし、中国に接近するエルドアンの権威主義体制の変化を歓迎している。
ただ、エルドアン政権の退陣がバラ色の未来をもたらすと考えるのは早計だ。クルチダロールは政権を獲得しても、議会運営には苦労するだろう。政党・陣営別の投票先に関する各社の調査では、ほとんど与党がリードしている。中には、クルド派と合わせても与党に届かない調査結果もある。さらに、エルドアンは情報機関、警察など治安部門を始め、国家機関を私物化してきた。これをCHPが取り戻すのも容易なことではない。
こうした中で、トルコに住む人々の間では内戦の不安が広がっている。トルコ語で「トルコ内戦 2023年(Türkiye iç savaş 2023)」と検索をかけると、主要メディアの記事も含め多くの結果が表示される。トルコは建国以来、トルコ人とクルド人の内戦の危機を孕んできた。ただ、クルド人が部族問題で分裂し、トルコ人が反クルドで一致するうちは安泰であった。
エルドアン政権の20年間で状況は劇的に変化した。エルドアンが筆頭のイスラム主義者と世俗派は先鋭化し、一方でクルド人は団結に努めてきた。トルコ人の分裂、内輪揉めが昨今のトルコの迷走の真因である。大統領選の結果がどちらに転んでも、負けた陣営の支持者は結果を認めないだろう。トルコが「やっと正常化する」と夢を見るのはまだ早い。