17年5月に発足した文政権が、民主韓国を破壊して北の一党独裁王朝への一体化を目指したことは今や明らかだ。19年から始めた本欄への投稿で、筆者は半島の近現代史と共に従北文政権の批判を何編も書いた。が、一周年を迎えた尹錫悦政権は、韓国の外交安保政策を一変させている。
尹は大統領選出ひと月後の昨年4月12日、自身が監獄へ導いた朴槿恵を訪れて謝罪した。それを受け入れた朴が、逆に尹を励ましたとの報に接して、筆者は二人を「人として」尊敬に値すると感じ、「恩讐を越えた朴槿恵:尹錫悦は国家レベルで同じ努力を」と題する一文を本欄に寄せた。
尹の朴訪問から4日経った16日、「中央日報」は「韓国『尹錫悦時代』、韓日関係でまずやるべきこと」と題する記事で、北朝鮮の脅威や米中間の対立激化などに上手く対応するには、日本との関係改善による連携が不可欠と書いた。今般のいわゆる徴用工判決への対応で、尹はその実践に踏み出した。
訪日に続く先の訪米では、40分にわたる議会演説で流暢な英語を披露、60回余り拍手を浴びその半分はスタンディングオベーションだった。朝鮮戦争を共に戦った米軍を称え、戦死者を哀悼し、傍聴席の遺族を労った辺りは、安倍元総理が硫黄島に従軍した海軍中将を紹介したことの模倣だろう。
が、BTSやサムソンの話題で拍手を誘っておいて、「漢江の奇跡」を米国のお陰とした辺りも抜け目がない。確かに65年の日韓経済協力5億ドルを上回るとされる恩恵を、ベトナム戦争への参戦の見返りに得たことは、ライダイハンほどではないが、知る人ぞ知ることだ。
演説にもまして、バイデン大統領との夕食会で披露した「American pie」のアカペラは受けた。出だしだけだったがとても上手。促したバイデンは、この曲を71年にヒットさせたDon McLeanのサイン入ギターを贈った。20万円ほどの「ギブソンJ-35」で、この銘柄としては特に高価ではないが。
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尹訪米の本題に入れば、一番の成果は「ワシントン宣言」だ。尹は「韓米安保同盟は核をベースにした新しいパラダイムにアップグレードされた」、「米国の核の運用に関する情報共有、共同計画、共同実行のプロセスでワシントン宣言をしっかり具体化していくことが重要」と強調した。
まさに「中央日報」が昨年主張した、核兵器を保有する共産党一党独裁国家である「北」と「中国」への抑止力として、最も効果的である「核をベースとする米韓安保同盟」の「アップグレード」の「具体化」を緒に就けたという意味で、米韓安保は日米安保の一歩先を行くかのようだ。
韓国の安全保障がどう日本に先行しているかについては、キヤノングローバル戦略研究所の伊藤弘太郎主任研究員が、21年9月と22年4月の論考「日本が知らない米韓関係のファクトフルネス」前後編で論じている。前編の書き出しはこうだ。
21年9月15日、韓国は海軍潜水艦からのSLBM発射実験を成功させた。アメリカは今回の実験成功に関して公式的な反応を示していない。去る21年5月21日に行われた米韓首脳会談では、米韓ミサイル指針が撤廃され、韓国のミサイル開発に関する制限がすべてなくなったことから、アメリカの立場は韓国によるSLBMを含めた弾道ミサイルの開発を「容認した」と解釈して間違いないだろう。
しかし、これまで韓国による一方的、かつ信義を疑う振る舞いに翻弄されてきた我が国では、いつしか「(我が国だけでなく)アメリカも韓国の振る舞いにはうんざりしている」、「アメリカが同盟国として最も重要なパートナーとしているのは日本」といった固定観念が生まれていないだろうか。現実は我々が思う以上に、アメリカは自国の国益のために韓国という存在を重んじて活用しようとしているのではないだろうか。
米韓ミサイル指針の撤廃については、筆者も21年5月27日の論考で以下のように書いた。
中国は「ミサイルガイドラインの終了」にも無反応だ。これは79年当時、米国がミサイル技術提供の見返りに韓国に課した制限で、この終了により韓国は射程800km以上のミサイル開発を行える。中国と北にとってはTHAAD並みに気に食わないはずだが、文の腹を読んでいるのだろう。
中国が「文の腹を読んでいるのだろう」との表現からは、筆者が「従北」・「従中国」の文の韓国を侮っていることが窺え、今は不明を恥じ入るばかりだ。つまりは文在寅の時代も、安全保障や軍事技術、そして武器輸出などに関する限り、韓国は強かだったということ。
韓国のミサイル開発は朴正熙政権下の71年に遡る。朴は75年までの国産地対地ミサイル独自開発を指示、7年後に「白熊」の発射実験に成功する。が、高度成長期の日本や今の中国がそうであるように、この開発も米が供与したナイキ・ハーキュリーズをリバース・エンジニアリングしたものだった。
実験成功を知った米国は、韓国の核保有を懸念して朴政権に圧力をかけた。が、結局は「韓国側のメンツを立てつつ、保有する弾道ミサイルの射程距離と搭載可能な弾薬量に制限を加えさせた。これが日本では一般的に知られていない米韓ミサイル指針の起源で」あり、その制限が40余年を経た21年に解除された。
レーダー照射やGSOMIAの破棄など軍事面でも反日を露わにし、またトランプにも嫌われた従北の文政権だが、一方でTHAAD配備に対する中国の経済報復の緩和策として進めた「新南方政策」:インド太平洋戦略としての対インド・ASEAN外交に、米国は理解を示していた。
経済分野が主眼と目された「新南方政策」だが、軍事面でも「インド・東南アジア諸国への防衛装備品輸出に積極的な姿勢を続け」、「19年以降は新南方政策の射程を豪州とニュージーランドにまで広げ、同様に両国との防衛産業協力も発展させ」ていたのだ。
20年以降の「過去3年間の米韓の防衛産業協力進展に主導的な役割を果たしたのは韓国防衛産業最大手のハンファ」で、同社は「K-9自走砲のグローバル市場でのセールスに成功しており、昨年は豪州との契約にも成功した」(上記は何れも前掲伊藤論文)。
「ハンファ」は14年に旧サムスンテックウィンを買収した電機メーカーで、光学機器、製造装置、機械、軍事機器、航空エンジンなどを生産している。
昨年12月20日の「ニューズウィーク」は、韓国の22年暦年武器輸出額が200億ドルを超え、前年の2.8倍と報じている。ロシアのウクライナ侵略に絡み、隣国ポーランドは、韓国と「K2戦車980両、K9自走砲648門、FA-50軽攻撃機48機、多連装ロケット砲288門」など147億6000万ドルの購入契約を結んだ。
韓国は「T- 50練習機」を「インドネシア、フィリピン、タイなど」に、「K9自走砲」を「フィンランド、インド、ノルウェー」に輸出済で、「オーストラリア、エストニア、エジプト」も導入予定としており、「価格と納期、米露中との関係」が導入理由だそうだ。「蝙蝠外交」が奏功したということか。
韓国とオーストラリアの関係についても、伊藤は昨年5月の論文で詳説している。その副題は「アメリカ同盟国間軍事ネットワークへ組み込まれる韓国軍」。
これまで「韓国空軍が参加する戦闘機による外国での共同訓練は、米国・アラスカ州で行われる『レッド・フラッグ(Red Flag)』に限られていた」が、伊藤は昨年11月上旬に元豪空軍関係者から、「豪空軍主催の多国間空軍合同演習『ピッチ・ブラック(Pitch Black)』に韓国空軍機が参加した」との情報を得たという。伊藤は「ピッチ・ブラック」をこう解説する。
同演習は航空自衛隊も参加する日米韓の3カ国共同演習(2021年に韓国は3年ぶりに参加)で、在韓米空軍のF-16戦闘機やA-10対地攻撃機も参加する対北を想定したものである。今回のピッチ・ブラックでは、韓国空軍の戦闘機と空中給油機が赤道を越えてダーウィン(豪)まで長距離移動したことにより、韓国空軍戦闘機の展開実績がインド太平洋地域へと一気に広がったことになる。
14年から16年にかけて韓国政府は、中国への配慮から豪州政府が求めていた各国国内での共同訓練を想定した訪問軍地位協定の締結を拒否していた。これを一転させたのが前述の文政権による「新南方政策」と防衛産業装備品の輸出政策であり、それはまさに安保と経済の一石二鳥という訳だ。
17年11月には、韓豪間で2プラス2が開かれ、20年には「モリソン政権が陸上軍事アセットに多くの国防予算を投資する根拠となった『Land400』事業が立ち上がり、新しい自走榴弾砲導入事業の選定企業にK-9を生産する韓国防衛産業最大手のハンファ社が選ばれた」。
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安倍外交の成果である「自由で開かれたインド太平洋構想」や戦略対話を主とする日米豪印の「クアッド」ばかりが日本で強調される裏で、安保と経済を融合させた韓国の「新南方政策」が着々と成果を上げている実情が浮かび上がる。
日本の安全保障の足かせは、軍事研究を忌避する学術会議や、非核と防衛装備移転の両三原則の存在であろう。が、核を持つ独裁国家が隣に存在する以上、米国から促されるまでもなく、日韓が未来志向で共にその脅威に対抗してゆくことが、安全保障における日本の国益に資することは論を俟たない。
就任一周年を迎えた尹大統領は、「自由民主主義の価値を共有する両国が交流・協力しながら信頼を築いていけば、韓日関係が最も良好だった時代も超え、新しい未来を開拓できる」と演説で述べている。日本がそれに呼応すべきなのは自明だ。
4年後に尹政権が変わればまた元に戻るとの論もあるが、尹の後継が「国民の力」から出ないと誰が言えるか。韓国が歴史認識を変えるには、日本の統治を不法とする韓国憲法の改正と反日教科書の是正が必要だ。が、日本の改憲論議と教科書の左傾化傾向を見れば、それが如何に時間の掛ることか知れる。
安倍政権下の慰安婦合意は、我が国の保守派すら反対する中、当時の岸田外相と韓国の尹炳世外相の間で結ばれ、今も韓国を縛っている。首相となった岸田も、この機を捉えて、安倍外交の強かな先例を踏襲するところから積み上げてゆくべきだ。