パワーポリティクス時代の到来:「第一列島線連携」で「台湾有事」に備えよ

安全保障戦略に関する国会議員の優れた見識を共有したい。それは参議院外交防衛委員会(5月9日)において林外務大臣等に対して表明された次のような「G7を活用した外交政策」の提言である。

「外交防衛政策の課題として『第一列島線連携』を考慮せよ」

その提言を行ったのは、松川るい議員である。一部に、例えば「松川議員は親韓」という誤ったイメージ(先入観)を抱く人がいるが、それは実像と著しく乖離した認識である。どちらかというとそれは「時間軸も視野も狭すぎる」という、我々受け手側の認知傾向の問題でもあると感じている。

今回の質疑における論理の流れを見れば、松川議員が、

  1. 時空間共に、俯瞰して国際情勢を認識していること
  2. 東アジアからオセアニア地域に渡る領域の安全保障を模索していること
  3. 「台湾有事」を安全保障戦略上最大かつ喫緊の課題と認識していること
  4. 安全保障戦略上の喫緊の課題の一つとして「日韓関係の改善」を図っていること

これらが理解できるだろう。

松川議員が前提としている環境認識と自己認識は的確であると考える。それらを出発点とした演繹(:論理展開)もクリアで合理的なので、帰結は妥当である。ところが戦後78年にわたり極度の軍事忌避をこじらせてきた日本のマスメディアはまったく理解できていないようで報道価値を見逃している。

そのためもあって、日本国民にはなおさら伝わらない。そこで当該質疑を精読して理解を深めたい。以下質疑から要旨を抜粋して行く。

Dimitrios Karamitros/iStock

時代と環境の認識

【時間軸】

日本という国は、本当の危機に直面した時に自己変革をしてきた。1番最初は663年の白村江の戦い。2番目は明治維新。その後国の形を大きく変えたのは、(1945年の)敗戦で占領期の政策。しかしそれは自分で選んだわけじゃない。仕方なくそうなった。

(当該質疑より要旨を抜粋、以下同じ)

⇒ 冒頭から時間軸の定義域は少なくとも1400年はあるが、領域はまだ日本とその周辺である。また明確に言語化こそしていないが、「今再び国の形が大きく変わるほどの危機に直面している」という時代認識を読み取ることができるだろう。問題意識の開陳は続く。

【自己認識】

今回の国家安保戦略は、日本が「自分の足で立つ」、「自分の国は自分で守る」国になって行くための非常に大きな一歩として意義を感じている。

⇒ 言外に「今は自律的とは言えない」という認識が伝わってくる。

【時代・環境認識】

ウクライナ侵略と米中対立によって、「危機の時代」に変わった。「リベラルインターナショナルオーダー(国際秩序)」は後退していて、「パワーポリティクスの時代」になっている。この現実に直面しなければならない。

⇒ ここで視野は一気に世界全体に広がった。日本を繞る時代と環境が急速に変化(激化)しており、現代は「危機の時代」「パワーポリティクスの時代」という認識である。

【地政学的環境認識】

(前述の時代・環境認識下)九州から「ヘリで3時間しか離れていない韓国」と、「第一列島線の日本のすぐ隣に位置している台湾」、この両国が地政学的に極めて大切である。

⇒ ここで世界全体を俯瞰する視野の中で、再び東アジア地域に焦点が合わせられる。

【日韓関係は日米韓連携に連動】

連休中ワシントンDCを訪問し外交・防衛・議員と会談した際、「北朝鮮問題・台湾海峡問題のプレッシャーが高まる中で、仲の悪かった日本と韓国が正常化したおかげで、日米韓連携を良好にやっていける。その変化を歓迎する(主旨)。」ということをこちらが聞く前に異口同音に言われた。

⇒ ここで日韓関係は、二国間関係に留まらず、実は日米韓三か国の共通問題であったことがわかる。

【台湾有事と韓国】

台湾海峡有事は日本より韓国の方が困る。なぜかというと、エネルギーであれ物資であれ、日本には西太平洋を迂回すれば到達するが、韓国には対馬海峡と台湾海峡を通らないことには到達しないからである。そういう意味でG7サミットで「台湾有事の抑止」「台湾海峡の平和と安定」への韓国のコミットメントをもう少し高めて頂きたい。

⇒ ここでは「韓国にとっての台湾有事の意味」が説かれている。

【政府への提案「第一列島線連携」】

第一列島線連携を作って頂きたい。自分の国は自分で守るという意識は大事だが、結局一国では守れないので、やはり同志国の連携が必要である。中でも特に台湾有事のことを考えた場合には、韓国・日本・台湾・フィリピン・ベトナムそしてインドネシア、また豪州という、このシーレーンを守る立場にある第一列島線国の連携というのは極めて大事だと思っている。その時にミッシングリンクは台湾である。安全保障に関し台湾とアメリカは対話しているが、日本と台湾はあまり連携がなく、フィリピンと台湾もまたないだろう。

⇒ ここに至って、「第一列島線連携」という松川議員の構想が表明される。日韓関係が急速に改善に向かう中、休む間もなく「このモメンタム(勢い)を一気に多国間連携につなげよ」という提案である。このような創造的な国際関係構築を提言する国会議員は希少である。これは極めて重要な方針の提案である。

【政府への提案「拡大抑止の机上演習」】

今回拡大抑止が、米韓首脳会談でもとりあげられてワシントン宣言が出された。「ニュークリアコンサルテティブグループ(NCG:核協議グループ)」は日米でもやっている拡大抑止協議とたいして違いはないと思うが、2月にやった「テーブルトップエクササイズ(机上演習)」を日本の拡大抑止についても踏み込んでやって頂きたい。

⇒ ここは、具体的に、「拡大(核)抑止」について、「核配備」や「原潜寄港」よりも現実的で必須の具体的行動が提言されている。

【ポジティブリストからネガティブリストへ】

国家安保戦略で「防衛産業の維持強化は、国が前面に立って官民連携で守っていかなければならない重要分野だ」と示されたことを高く評価する。また防衛装備移転ができるということは、日本および装備移転先の国との防衛協力の深化を通じて、日本の安全保障にとっても大変有益である。しかし防衛装備移転三原則の制約が大きすぎる。事実上、ほぼ禁輸状態と言える。

「我が国と安全保障協力関係にある国、つまりその国と連携が深まった方が日本の安全にとって資する国であっても、そこに出していい装備品というのは、救難・輸送・警戒・監視・掃海というこの5分類にあたるものだけ」となっている。

この「ポジリス(Positive List:ポジティブリスト)思考」を変えるべきである。改正する際には、「日本の安全保障に本当に資するかどうか」それだけを基準にするべきである。あらゆる鎧を三重四重に着ているのが今の日本である。今回を機に一気に変えなければ、日本がこの厳しい安全保障環境の中で本当に自分の独立と平和と繁栄を守ってやっていけないのではないかと、強い危機感を持っている。

⇒ ここでも強い危機感と具体的な課題が指摘されている。

【G7サミットの活用】

G7サミットには、インド・韓国・島嶼国等、日本が大事だと思う国が招待されている。G7サミットの場において、ウクライナとともにこの台湾海峡の平和と安定というのを、改めてもう一歩具体的な形で、多くの国のコミットメントをするものとして確立をしていただきたい。

⇒ 最後にここまでの提案をまとめて政府に念を押した。

※ 以上は全て参議院外交防衛委員会から筆者が文字起こしの上要約した。

参議院外交防衛委員会 松川るい委員 (文字起こし)|田村和広 (note.com)

まとめ

松川議員の時代・環境認識と、政府への要望は次の通りとなる。

  • 今や「国際秩序の時代」から「パワーポリティクスの時代」に変わり、日本は、「白村江の戦い(663年)」以来4度目の、国柄が大きく変わる時を迎えている。
  • 台湾有事に対し、「第一列島線」の連携には現状、要石となる台湾と米以外の隣接国との連携がミッシングリンクになっている。(リスクの所在)
  • 台湾有事に備え、日本の安全保障のために「第一列島線連携(日・米・韓・台・比・越・インドネシア・豪)」を確立せよ。
  • G7広島サミットをその戦略的な多国間連携の場として活用せよ。

この中でベトナムは社会主義国なので、共通の価値観でくくることは難しいかもしれないが、経済的な共栄と日本とベトナムの外交の歴史を考慮すればそのハードルも乗り越え可能な高さであろう。

今回の「第一列島線連携」は「中国のA2/AD戦略」に現実的に対抗できる良策であると考える。もちろん今回のG7だけで達成できるものではないと思うので、細部を詰めて現実的な構想に昇華されることを願う。

これまで筆者の観察では、松川議員の言動は「水先案内人」的である。例えばウクライナ侵略の開始前にそれが不可避なことに言及していたが、それに至っては”予言”にさえ感じたものであった。果たして今後、この「第一列島線連携」は実現するのだろうか。

この連携策が実現し、台湾有事の抑制に機能した場合、政府にはぜひ「松川ドクトリン」と命名して頂きたい。