シュレーダー元独首相夫妻の「蹉跌」

ベルリンの駐独ロシア大使館で9日、第73回対独戦勝利記念日を祝うレセプションが挙行されたが、同イベントに夫のドイツのゲアハルト・シュレーダー元首相(79)と共に参加したキム夫人(52)が勤務先の州当局から即日、解雇されたことがこのほど明らかになった。

シュレーダー元首相とソヨン・シュレーダー=キム夫人(ドイツ民間ニュース専門局ntvサイトから、写真ドイツ通信)

ソヨン・シュレーダー=キム夫人はノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW)の貿易エージェント「NRW.グローバル・ビジネス」(NRW州貿易投資振興公社)で韓国代表部の代表として勤務してきた。勤務先の「NRW.グローバル・ビジネス」関係者は、「ロシアによるウクライナ侵略戦争に関して、公務員は政治的にデリケートな話題について公の場で発言すべきではないが、キム夫人はそれに違反した」と指摘している。その結果、同州のモナ・ノイバウアー経済相報道官によると、「雇用関係を即終了する」ということになったわけだ。

ロシア大使館内の祝賀会には。シュレーダー元首相夫妻の他、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)代表ティノ・チュルパラ氏、左翼政治家のクラウス・エルンスト氏、元「ドイツ社会主義統一党=共産党(SED)書記長のエゴン・クレンツ氏らが参加したが、ショルツ連立政権関係者は、ロシアのウクライナ侵略戦争に抗議してこのイベントに参加しなかった。

ところで、シュレーダー元首相のロシア大使館主催のイベント参加には強い批判の声が上がっている。現キーウ市長のビタリ・クリチコ氏の弟、元ボクシング世界チャンピオンのウラジミール・クリチコ氏はビルト紙とのインタビューで、「シュレーダー氏のロシア大使館での式典への訪問は、彼がウクライナに対する戦争犯罪を個人的に支持していることを示している。ドイツと西側諸国が支持するすべての価値観に違反している。ドイツの元首相がどうしてここまで落ちぶれて、私たちウクライナ人を殺し、私たちのインフラを破壊し、私たちを一掃しようとしているロシア人たちと一緒に祝うことができるのか」と激しく非難した。

一方、ヨアヒム・ガウク元ドイツ大統領は独週刊誌シュピーゲルに対し、「シュレーダー氏は民主主義において素晴らしいキャリアを積んだ人物だ。その彼が自分の政治的遺産を賭けてロシアのプーチン大統領を支援するということは、人間的に見てもまったく残念なことだ」と語ったという。

シュレーダー氏とロシアのプーチン大統領の関係は良く知られている、旧友関係だ。シュレーダー氏は首相退任後、プーチン大統領から国営企業ロスネフチの監査役会の仕事を得て、年間60万ユーロを受け取り、それに加え、独ロ間の天然ガスパイプラインの「ノード・ストリーム2」の株主委員会メンバーとしての報酬25万ユーロ、ほぼ同額の報酬がガスプロムの新しい監査役会のポジションに対しても支払われてきた。シュレーダー氏はプーチン氏から年間100万ユーロ以上(約1億3000万円)のお金を受け取ってきたことになる。

シュレーダー氏はそのほか、元首相として手厚い保護と資金を受け取ってきた。シュレーダー氏(首相在任1998年10月~2005年11月、社会民主党=SPD党首1999年~2004年))はドイツの国庫から月8000ユーロの年金を得、連邦議会内には事務所が与えられ、スタッフ、公用車などの経費年間56万ユーロが拠出されてきた。ウクライナ戦争勃発後、プーチン大統領との関係を断たないことから、シュレーダー氏はSPD内からも厳しく批判されてきた。

以上、「シュレーダー独元首相の懐具合」(2022年2月12日参考)で書いた内容だが、プーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、欧米諸国からシュレーダー氏にプーチン大統領との関係を断つべきだという声が上がった。シュレーダー氏はしばらくはその声に抵抗したが、最終的にはロシアからの特別報酬、そしてドイツ政府からの元首相としての恩恵を一つ一つ失っていった。後者の場合、シュレーダー氏は元首相の特権を失いたくないため、訴訟を起こしたが、ベルリン行政裁判所は5月4日、「シュレーダー元首相には権利はない」として連邦議会の予算委員会の決定に対する訴えを却下している。

シュレーダー氏とキム夫人との出会いについて少し説明する。シュレーダー氏はキム夫人と結婚するまで4回の離婚歴がある。そのシュレーダー氏の自伝の韓国語訳を担当したのがキム夫人だった。著者と翻訳者の間で愛が芽生え、シュレーダー氏はキム女史と5回目の結婚をした。その辺の事情は「シュレーダー独前首相と韓国女性」(2017年10月4日参考)のコラムの中で書いたので関心がある読者は再読してほしい。

キム夫人(So Yeon Kim)は当時48歳で1度結婚歴がある女性だ。シュレーダー氏は過去、何度も訪韓し、行く先々でその反日発言で韓国国民の歓迎を受けてきた。ちなみに、シュレーダー夫妻はドイツのベルリン市に設置された「平和の少女像」の撤去反対運動を支援したことでも知られている(「訪韓した前独首相の『反日』発言」(2017年9月14日参考)

シュレーダー氏は旧友プーチン氏との関係から巨額の経済的恩恵を受けてきたが、ウクライナ戦争後、それらを失い、自身とSPDの名声を傷つけてきた。一方、キム夫人は雇用先を失う結果となった。シュレーダー夫妻の「蹉跌」物語だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。