先進首脳会談(G7サミット)に参加した首脳たちは19日、広島市の平和記念資料館(原爆資料館)を訪問し、芳名録に記帳したが、日本政府の発表によると、バイデン米大統領は、「世界から核兵器を最終的に永久になくせる日に向け、共に進んでいきましょう」と記したという。サミット議長国の岸田文雄首相は、「歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に『核兵器のない世界』を目指すためにここに集う」とつづったという(時事通信)。
バイデン大統領は世界で最初に原爆を投下した国の代表として、岸田首相は世界で唯一の被爆国・日本の代表として、「核兵器のない世界」の実現を願って記帳したわけだ。原爆投下国と被害国の違いはあるが、「核兵器のない世界」という世界万民の願いを改めて掲げたわけで、歴史的な瞬間だったといえるだろう。
第1次冷戦の終了直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を展開したが、第2次冷戦時代に入り、「使用できない武器」といわれてきた核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。
特に、米国と並んで世界最大の核保有国ロシアのプーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「Thisisnotabluff」(これはハッタリではない)と警告を発し、核兵器の使用の可能性を公式の場で初めて示唆している(「プーチン氏『これはブラフではない』」2022年9月23日参考)。
ちなみに、独週刊誌シュピーゲル昨年10月29日号は「ロシアのプーチン大統領がウクライナ戦争で核兵器を投入するか」について特集し、人類の終末を象徴的に表示した終末時計(Doomsday Clock)が「0時まで残り100秒」という見出しを付けている。終末時計は、米国の原子力科学者会報が毎年、発表しているもので、核兵器の使用に伴う人類の終末の時を告げている。
世界の核兵器保有国は現在9カ国だ。米、英、仏、ロシア、中国の国連安保常任理事国の5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮だ。第10番目の核保有候補国はイランと見られている。
ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は2月28日、イランの核関連施設で濃縮ウラン83.7%が発見されたことを確認した。兵器用濃縮ウラン90%に手の届くところまできていることから、IAEAはイランの核開発計画の現状に警鐘を鳴らしたばかりだ。イスラエルは宿敵イランが核兵器を数週間で製造するとみて、「必要ならばいかなる手段を駆使しても阻止する」と警告している。
ところで、「核兵器のない世界」の実現について、核保有国の“本気度”、真剣度について考えてみたい。
ウィーンには包括的核実験禁止条約機関準備委員会(CTBTO)がある。加盟国の核実験を監視する機関だ。CTBTOは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は今年2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が欠けている。核保有国で批准していない国は米国、中国、イスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮だ。
米国は1996年9月24日にCTBTに署名しているが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。一方、ロシアは米国と同時期に条約に署名、2000年6月30日に批准済みだ。CTBTからいえば、米国は未批准、ロシアは署名・批准済みだ。米国の本気度が揺れる。
明確な点は、米国を含む核保有国は核兵器の安全保持のために臨界前核実験を繰り返す一方、使用可能な戦略核の開発に腐心していることだ。その意味で、核保有国の「核兵器のない世界」実現の本気度、真剣度は大きく揺れる。バイデン氏が原爆資料館での芳名録に、「核兵器を最終的に永久になくせる日に向け、共に進んでいきましょう」と記帳した内容は、「核兵器の廃絶を進める」といった明確な政治宣言ではなく、あくまでも目標に留めていることを明らかにしているわけだ。
ロシアのウクライナ侵攻以来、核兵器はもはや「使用できない兵器」ではなく、「必要ならば使用する兵器」に変わってきた。特に、プーチン大統領は核兵器の使用を示唆することで、ウクライナばかりか、欧米社会を威嚇している。また、中国共産党政権の軍事大国化、台湾海峡の危機、北朝鮮の核開発などに直面し、核を保有しない日本や韓国では、核の抑止力、核共有論(ニュークリア・シェアリング)が囁かれ出している。
「核兵器のない世界」は人類の願いだが、その「願い」と「現実」の間の乖離はこれまでにないほど大きくなってきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。